第七話「王女と干物と森の頂点」
あーもーほんとにもー。
どーしてこーも、おもいどーりに、はなしがすすまないかなー。
ええい、現実逃避してる間などない。ないったらないんだ。
ともかく奴が動く前にせめて現況だけでもお復習いしとかにゃ対応も出来ん。
まず私の状態。怪我や不調はあるか? ほぼない。少なくとも戦闘に支障無し。
敢えて言うならまだ左手に毛髪が絡み付いてるのが懸念だが……痛くは無い。
多分、まだ力は残ってるが本体が死んだので締め付けるのを止めたって感じか。
動かすのに支障はないし、特に問題はないものとしよう。
次、現在地。崖の底、川の真ん中、化物の死体の上。意外と安定している。
どうも川底に髪の毛をへばり付かせて身体を固定してたっぽいな。ありがたい。
それが未だ剥がれてないのは左手のと同じ理由かね。何とも不思議な……
となると、この絡み付いてるのが解けない限りは足場として使えそうだ。
両岸に張った綱と命綱だけだと川には落ちないけど、不安定すぎるからね。
これで思う存分、魔剣をぶん回せるってもんよ! まあ、届かないんだけど!
……勝つにはやっぱ相手に攻撃されず、近付かなきゃ駄目よね。出来るかな?
そのためには最後、相手の状況確認。ここまで行動無しだが、どうしてる?
さっきから変化なし! 様子を窺ってて動かない! ……いや、おかしくない?
向こうから見た私は突然現れた怪物っぽく見えてるはずなんだけどなー。
具体的には「小鼠が突然魔王の本性顕した」って感じのはずなんだけどなー。
もっとこう、驚くとか威嚇するとかないの? あるでしょ普通。あるよね?
そんなまるで最初から判ってたから今更驚いてないような面する……とか……?
あれ、ひょっとしてマジでそんな感じか? 最初から気付いてた感じか?
よくよく考えたら羆の嗅覚って鋭いもんな。それこそ人間や犬よりもずっとね。
頭も良いし
あと耳も良いはずだから昨日、私が暴れてた騒ぎも聞こえてておかしくないな?
ってことは最初っから気付いててもおかしくないよな?
「崖向こうから巨大な怪物もぶち殺せる何かが近付きつつある」って事実に。
となるとわざわざ橋の目の前で寝てたのも様子を窺うための罠……なのか?
外敵の待ち伏せついでに気付いてないふりして狸寝入りしてただけ……?
そんなことに私は気付かず、近付いて、馬脚顕したって感じ……?
……前々から薄々気付いてたけど、私ってアホでバカの子なのでは???
イヤイヤイヤ、大丈夫だって! 例えそうでもやったことは無駄じゃないって!
ほら、どうせ戦うことになるんだったら割と有利な結果だったし。いや本当に。
ここはせまい崖底のしかも水場。羆にとっては動きづらく、降りるのも難しい。
対して私は化物の死体という足場で待ち構えており、安定していて動きやすい。
あいつには近付きづらく、私からは迎撃しやすい。そういう場所のはずだ。
つまり……何だかんだでここに居るのが適解じゃないか。やったぜ。
意図せず正しい答えに辿り着く天運も王者の力よ。そうなんだってば。
よっしゃ、自信出て来た! さあ、どっからでも掛かってこい羆野郎!!
―――いや、掛かってこいよ。岩を投げるなよ。
あいつめ……爪の間に岩挟んで放り投げて来やがった。しかも数個同時に。
なんだよー。接近戦しろよー。羆なんだろー? 投擲は人類の専売特許だろー。
上を取った地の利なんて理解するなよー。お前は本当に動物なのかー?
そんな文句言ってる間もないので、大慌てで迫り来る岩をぶった切る。
魔剣に触れた岩は全て粉砕され、私にも足場にも傷をつけることはなかった。
あっぶねー。あっぶねー。直撃コース三個とか危うく切り損ねるところだった。
球打ち返す感覚がなければ即死だった。球技やり込んでて本当よかった。
侍女や兵士達を巻き込んで遊んでたの無駄じゃなかったよ……
執事長が怒った時、近衛騎士が剣の練習にもなるって庇ったの正しかったよ……
ん? おいこら、てめー何を怪訝な顔してんだ。
この距離でも判るんだぞ。同じ哺乳類だからな。表情筋ないが雰囲気で判るわ。
理不尽なのはお互い様だからな! 寧ろそっちの方が断然有利だかんな!!
そこんとこ判ってんのか!? って顔引っ込めやがったよあん畜生。
……おい、なんだこの音。メキメキとかバキバキとか言う感じの嫌な音。
お前、巫山戯んなよ。それは駄目だろ。森の王者としてそれは待て待て待て。
やりやがった! 今度は大木へし折って投げて来やがった!!
そうだよなぁ! さっき岩を丸ごと粉砕できたのは小さかったからだしなあ!!
直径が私の背丈の半分くらいあったけど、固いから砕けやすかったしなあ!!
大木なら真っ二つになった断片ぶつけられるもんなあ! 実証したから判るわ!
野獣のくせに賢く創意工夫してるんじゃねえよ! バーカ! バーカ!!
そっちがそう来るなら、こうだ! 秘技・魔剣大盾!!
説明しよう! "秘技・魔剣大盾"とは!
飛んできた物体に対して魔剣の腹を向けて盾にするだけの技だ! まんまだ!
魔剣はその特性として私に作用・反作用をほぼ伝えない。当然のことだけど。
伝えてたら振り回すなんて無理だからね。一発振るごとに腕千切れて死ぬわ。
魔剣の重量を押し返せる力なら一応伝わるけど、そんな物はこの世にない。
故に掲げれば私の腕力で支えられない物でも弾く、無敵の盾となるのだ!!
だが、この状況……防ぐだけではまだ足りない。それだけではまだ甘い。
何せ破壊しないから大木がそのままそこに残ってしまう。この処理に困るのだ。
相手は連発できるから脇に置いたら周囲が埋まっちゃうし、最悪足場が崩れる。
どうにかして防いだ大木を速やかに遠くにやらねばならない。
そこでこう! 大木が当たった瞬間、こっちも押し返す!!
重い物が軽い物にぶつかると、軽い物は重い物の動きより速く動かされる。
それが例え、元の動きがゆっくりでも驚くほど速い動きで吹っ飛ぶのだ。
これは宮廷魔術師が宙に浮かせた鉛と軽石で実践してたからよく覚えている。
つまりこのクソ重い魔剣で軽く押した物は、概ね超高速で弾き返されるのだ!
それは重い大木でも変わらないし、大木も丈夫だから衝撃で砕けることもない。
さあ、飛んできた以上の速さで跳ね返された己の武器で自滅してしまえ!
……打ち返してんじゃねえよ!?
いや、そりゃ多少は加減したけどさ? そんなあっさり返すとか、それ有り?
お前は熊の癖に球技も得意なのかよ!? 子供のころ曲芸団にでも居たの!?
畜生! 打ち合いで私に挑むとは良い度胸だ……身の程教えてくれる!!
オラァ!!
オラァ!!
オラァ!!
オラァ!!
オラァ!
オラァ!
オラァ!
オラァ。
オラァ。
オラァ……
やってられるか!!!!
互いに何度も大木を打ち返し合ってたが、私の方が先に根を上げた。
当たり前だ。あっちはでっかい野生動物。持久戦で勝てるわけないだろ!
なので途中で相手に大木を返さず対岸に放り捨てた。ああ、無駄に疲れた。
ん? おいこら、てめー何を腑に落ちない顔してんだ。
あんなん最後まで付き合える訳ねえだろ! 中断するのが当たり前だろ!!
そこんとこ判ってんのか!? って尻向けて引っ込みやがったよあんにゃろう。
……尻?
ちょっと待って。凄い嫌な予感しかしない。それはやっちゃ駄目だよ?
お前、巫山戯んなよ。それはいくら何でも反則だと思わ待て待て待て待て待て。
―――あのクソ熊ァ!! 私を埋める気か!!!!
前脚で地面掘って! 股の間通して! 大量の土砂落として来やがった!!
小さい物は砕かれる。大きい物は跳ね返される。じゃあどうすれば良いか?
「はい、細かい物を大量に浴びせれば良いと思います」とかやるなよ!!!
細かいって言っても石とか岩混じってるよ! 私の頭ほどあるの混ざってるよ!
こんなの直撃食らったら死ぬわ!! 秘技・魔剣大盾も連発せざるを得んわ!!
だが、それでも防ぎきれず土砂は私の周り以外に情け容赦なく直撃している。
辺り一面土煙。足下も衝撃でぐらぐら揺れる。これは不味い凄く不味い。
何が不味いって、左手の髪が緩んでるのが不味い。これもうすぐ足場崩れるわ。
どうも死体傷つくと遺った力も消える仕組みだったっぽいね。本当にヤバイ。
足場が崩れたら踏ん張れない。踏ん張れなかったら剣が振れない。詰みだ。
ってか命綱でぶら下がっただけじゃ、くるくる回って岩防ぐのも出来んわ。
この状況が続くと確実に死ぬ。だが、まだ希望が潰えたわけじゃない。
そのためにも秘技・魔剣大盾! 秘技・魔剣大盾! 秘技・魔剣大盾!!
魔剣掲げて土砂を押し返すのを繰り返す! 腕を引いては伸ばすを繰り返す!!
兵士や近衛騎士がこういう鍛錬やってたの思い出すなあ! 懐かしいなあ!
なんてノスタルジックに浸ってる場合じゃない! ともかく土砂を押し返せ!!
例え口に土が入ろうと、例え目が痛くて何も見えずとも、ともかく弾き返せ!!
私の執念が実ったのか、遂に待ちに待った現象が引き起こされた。
弾かれた土石の衝撃による崖の崩壊。即ち、土砂崩れである。
え? 土砂が降り積もって不味いのに更に土砂崩れ起こしてどうすんだって?
良いんだよ、それでも。だって崩したのあの羆が居る辺りだもの。
あいつの足場を崩して崖下に落とす。それが目的だもの。
さっき言ったとおり、この場所に引き寄せた方がまだ分はある。それに賭ける。
こっちの足場が崩れる前に間に合ってよかった! これで迎え撃てる!!
さあ、落ちてこい! このクソ熊畜生! そして今度こそ正々堂々勝負だ!
―――いや、誰が私の真上に落ちろと言ったよ?
……こいつ、足場が崩されると気付いたと同時に自ら跳んでいやがった。
あんなに近付くの嫌がってたのに、自分自身の体重で私を押し潰す気だ。
しかも両腕を前に突き出しているから頭部が遠い。多分斬り付けても殺せない。
腕の一本か二本犠牲になるが、それでも私を潰す。これはそういう攻撃だ。
驚いた。まさか、野生動物にここまで度胸があったとは。
そして自身が持つ最大の戦略兵器を最高のタイミングでぶつけてくるとは。
その判断力と決断力、こりゃ冗談抜きで王の器だよ。あんたは。
最早逃げることは不可能。こちらには魔剣一振りする猶予しかない。
だったこっちもなりふり構わんぞ! 奥の手中の奥の手だ!!
出し惜しみしてたんじゃなくてやりたくなかった技を出してくれるわ!!
ああ、やりたくない! やりたくないなあ!! でもやらんと完璧死ぬわ!!
―――食らえ! 国家公認禁断奥義・魔剣団扇!!
説明しよう! "国家公認禁断奥義・魔剣団扇"とは!
魔剣の刃ではなく"腹"を振って風を起こすだけの技だ! これもまんまだ!!
だが、これだけは本当に"絶対やるな"と王家代々言い含められてきた行為だ!
重い物が軽い物にぶつかると、軽い物は重い物の動きより速く動かされる。
ではそれが大気であれば? 当然、他の物質の比でない動きで暴風となる。
その勢いはあまりに凄まじく、目の前まで迫ってきた巨大羆も吹き飛ばされる。
そりゃそうだ。山脈すら跨ぐ巨人、そいつが動く力のまま起きた風なのだから。
そんなものを崖肌に沿って指向させてぶつければ何だって吹っ飛ぶわ。
そして、同時に私の身体も浮いた。というか吹き飛ばされた。
え? 何でって? そりゃ私の前方の空気を押し出したからだよ。
押し出された空気を補填するために後方から風が吹き付けるのは当然だろう。
実際に垂らした紙切れを後ろに置いて団扇を扇いでみ。紙切れも動くから。
私は魔剣の反動は受けないが、魔剣で起きた風の影響は受ける。
要するに自滅技なんだよこれ! ああ、だからやりたくなかったん……ぐえ!?
腹部に感じた衝撃に、思考が一瞬途切れる。どうも命綱が食い込んだらしい。
私の身体は逆Yの字状に伸びきった綱によって辛うじて繋ぎ止められていた。
つけといてよかった命綱。何がどう役に立つか判らないもんだ。
―――おまえも、そうおもわないか? 森の王様さんよ?
私の目の前には巨大羆が浮いている。重いから高くまで飛ばなかったのだ。
その距離は丁度私の背丈と同じくらい。互いにとって充分攻撃できる距離だ。
だが、羆は"自身の身体が浮く"という訳の判らない状況に対応できていない。
この点は経験済みの私が優位だ! 「岩砕き」よ、蒼い空をありがとう!
私は困惑と恐怖が入り混じったでかい顔に、容赦なく魔剣を投げつけてやった。
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