睡眠時間強盗の奴ら

「相沢さん! よくも! よくも謀ってくれましたね!」

「楽しかった?」

「楽しかったです!」


 図書館デートの翌日、彼女に報告会と称して呼びだされ、開口一番がこれだ。

 僕がドタキャンしたことを怒っているようだ。

 まあ実際は二人きりが楽しかったようだから、心中複雑なのだろう。

「せめて先に二人っきりだと教えてくれれば、もっと落ち着いて準備できたのに…」

「いやあごめんごめん。緊張であんまり喋れなかった?」

「いえ、そんなことはなかった…ですけど……」

 彼女は変に言い淀んで、それからコーヒーをじっと見つめて荒くかき回し始めた。よく見れば耳の先が赤らんでいる。


 思わず笑みがこぼれてしまう。さては何かあったな‼ これは‼


 コーヒーを一口飲む。寝不足だ。昨晩は興奮した彼からの電話で、深夜帯まで眠らせてもらえなかった。

 恋は盲目とは言うが、そんな愛詞も「一限の授業? 切れ!」という言葉で実体化させてしまうと、ただただ迷惑な奴だった。

「さてと、それじゃあ次の策を練ろうか」

「次の策ですか…」

「次のデートの企画をしよう。もう二人っきりは慣れたものでしょ?」

 彼女が恨めしそうな目でこちらを睨んできたので、とぼけたようににっこり笑った。ほんと楽しい。

「次のデートですか…。今度は先輩の趣味に合わせたところに行きたいですね」

「お、殊勝な心掛けだね」

「そこで相沢さんにお訊きしたいんですけど、先輩の好きなことって何ですかね?」

「美術鑑賞じゃないの」

「からかわないでください!」

「流石に気が付いてたか」

 寝不足で変なテンションだからか、ついケタケタ笑ってしまう。

「うーん、あいつの趣味と言ったらやっぱり、縁結びならぬ縁破りかなあ」

「できればそれ以外で…」

 これほどまでにデートに適さない趣味もないだろう。

「他には、書店巡り……」

 エロ本収集のためのだけど………。

「本屋さんですか?」

「いや、今のは忘れてくれ……。うーん、まあ、飯にでも誘われたら喜ぶんじゃないかな」

 ランチョン効果というのもあるみたいだし。

「ご飯ですか。お店探さないとですね」

 しまった、致命的なことを忘れていた。

「あー、でも駄目だ。お金ないんだった」

「お金ですか?」

「うん。お金。あいつ今すさまじく金欠なんだよね」

 まあ大部分はエロ本収集のせいなんだけどね。これは流石に秘密にしておいてあげよう。

「きっとあいつのことだから、飯代出そうとするだろうし」

 昨日の電話の途中で、お金のことそれとなく聞いたら、「うーん、まあ大目には払った」みたいなことを言っていた。だけどあいつのことだから、きっとカッコつけて奢ったに違いない。

 すると彼女はしばらく考え込んで、瞳をキラーンと輝かせた。

「わかりました。私が何とかします」

「お、何か腹案が?」

 なんだろう? 何か変なことを考えてないといいけど……。

 まああいつはキャンパスの野草を喜んで食ってたし、彼女が調達したのであれば、トリカブトでもなんでも喜んで食べるだろう。きっと心配する必要は無いな。


★★★


「よお相沢!金貸して!」

 来たな。

 数日後、彼から呼び出された。そして開口一番、これである。予想通り過ぎる。

 そもそも金も無心をする方が相手を呼びつけるという姿勢自体が間違っている気がするが、軽い挨拶のノリで金をせびるの自体もおかしいので、もう気にしないことにする。

「エロ本代なら貸さないよ」

「違うのだ、相沢!飯に誘われたのだ、彼女に!」

「倒置法ばかりで気持ち悪いな。それはよかったじゃないか」

 彼があまりにも嬉しそうにしているので、こちらも思わず笑みがこぼれてしまう。老教授同士の不倫カップルを別れさせた時以上の笑顔だ。

「もうどこに行くのかは決まってるのかい?」

「いいやそれはまだだが、女子大生というのは不必要に間接照明を設置して大きな皿に二口分づつ飯が盛られている、いわゆるオシャンティな店を喜ぶのだろう?」

「偏見がすごいな」

 そしてだいたいガチョウの糞をピンヒールで踏んで伸ばしたソースが添えられている。

「そしてオシャンティというものはえてして高価だと風の噂で聞いたことがある」

「噂じゃなくて経験則から学んでほしかったな、それは」

「そしてやはり彼女にいいところを見せたいという気持ちもあるし、程度はさておき代金は多め以上に払いたいと考えている」

「なるほど」

「つまり、金を貸してくれ」

「部屋のエロ本を売れ」

「この悪魔!」

 あのエロ本の山もゆくゆくはどうにかせねばなるまい。人さまの趣味嗜好にどうこう言うのは野暮だけれど、せめて押し入れに隠せるくらいの量にするといろいろと都合がいいと思われる。

「不安ならばまあ多少なら貸してやらんこともないけど、そこまで心配することはないと思うよ」

 まあ彼女が何か策を練っているようだし、きっと大丈夫だろうが、念には念だ。一応いくらか貸してやるか。

「なんだその含みのある言い方は。気に食わんな。味噌汁ぶっかけるぞ」

「金の無心をしている人間の態度だとは思えないな…」

 これは僕の心からの声だ。


★★★


 彼女から電話が来た。

「お弁当を作ろうと思うんですよ」

「なるほどね。それでお金の問題を回避しようと?」

「はい。なので先輩の好き嫌いとかあったら教えてください」

「嫌いなものはまったく気にしなくていいよ」

 多分トリカブトでも食うよあいつ。

「気にしなくていいんだけど……。多分あいつ、お金のこと気にするだろうなあ……」

 彼のことだ、きっと材料費がどうとかと言って、変な意地を通そうとするに違いない。

「わたしはどうすればいいですかね……?」

「そうだなあ、それじゃあ、あいつの嫌いな言葉を教えておくよ」

「嫌いな言葉ですか?」

「うん。あいつ『野暮』って言われるの嫌がるんだ。もし変な駄々をこね始めたら、これをバシッと言ってやればいい」

「わかりました!

 ……これ言ったらわたし、イヤな女になりませんか?」

 恋する乙女はいつだって不安になるものだと、二番目の姉がそう言っていた。彼女もまたその例に漏れないようだ。

「それなら、そのあとに『代わりに今度どこかに連れて行ってくださいね♡』といって、小悪魔風にウインクしてごらん。これであの唐変木もイチコロだよ」

「相沢さん、真面目に答えてます?」

 まあ彼、だいぶ前に既にイチコロされてるんだけどね。


★★★


 今度は彼から電話が来た。なんなんだこいつら。思考回路がお揃いか?

「相沢、今度のことなのだが、彼女に『ラフな感じで来てください』といわれたのだ」

「なるほど」

 おそらくお弁当を外で食べるのだろう。天気が良ければピクニックかもしれない。

「そこで私は、燕尾服で行こうと思っているのだが」

「いやおかしいやろ」

 おかしいやろ。

 なんでふた台詞目で矛盾するんだよ。もうちょっと頑張れよ、理性。

「いやな、前に服装自由の面接会場に半袖短パンで行ったら、みんなスーツだったという話を聞いたことがあってな」

「おまえが行くのは面接か? 就活か? ノック4回が正式なのか?」

 ピクニックにタキシード。野原に敷いたレジャーシートの上で、正座する正装の男。お嬢様と執事か?

「でもやっぱり、向こうが正装してきたら申し訳ないし……。やっぱり燕尾服が安全策なのかもしれないなって」

 ……幸福請負人の威信にかけて、そんな悪夢のデートを作り上げるわけにはいかない。

「殴るぞ」

「え?」

「お前が、もし、タキシード着たら、あとで殴るぞ」

 論理もへったくれもないが、なんとしても阻止せねば。

「……わかった」

「マジで殴るからな」

「だから分かったって!」

 ここまで言っておけば大丈夫だろう。こいつは馬鹿をやるがアホではない。

「代わりといっちゃなんだけど、彼女の服装褒めなよ。気恥ずかしいかもしれないけど。ポイントは小さめのもの褒めること。イヤリング、ネックレス、靴らへんかな」

「むう……分かった。助言感謝する」

 これで一安心だ。あとは上手く事が運ぶのを祈るしかない。


「……やっぱりせめてスーツ」

「殴るぞ」

 そう吐き捨てて電話を切った。

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