第3話 P夏打者

 第3章 ぴーなつばたー



      1


 クウが勤めてる店の金庫がやられた。オーナは保険がどーたらこーたら喚くが。

 妙だ。

 なんとなく。

「あんたの勘はピカイチだからヤなのよねえ」というオーナのぼやきを拡大解釈して駆けつけてみたはいいが。

 タイミングがよろしくなかった。現場検証というやつか。

 ケーサツが散ったのをカーテンの陰から目視する。こそこそしてるみたいで癪だが、こそこそしているのだ実際問題。あんな制服ごときどうってことはない。とも思うのだが。念には念を入れて。るからモロギリにチキンと言われるのかもしれない。なるほど。

 カーテンを開け放つ。まだ真昼間だ。

 店は日が落ちてから始まる。

 従業員は誰もいない。フロアはやけに広い。

「行ったわよ。て、見てたようね」オーナが戻ってくる。うねうねする髪を払って気だるそうに壁に寄りかかる。

 眼ん玉よりでっかいもんを耳にぶら下げて。相変わらず眼に毒なド派手なドレス。一度たりともおんなじもんを着たことない、とか豪語してるが、んなもんいちいち憶えてねえわけで。おおかた洗濯がめんどくせえだけだろうと。

「何人要る?一週間でいいか」兵隊の数。

「あんたのとこの躾のいいのなんか番犬よろしく吠えられちゃあ営業妨害よ。ケチって防犯してなかったこっちの落ち度よ。ご迷惑はおかけしませんことよ」

「大丈夫なのか」

「ボスが心配なのはあの子でしょ?あたしのお店じゃなくってね」

 そんなつもりじゃなかったが。

 言われてみれば。

「うるさくないのを付ける」心配だ。クウも。

「のーさんきうよ。そんなのより、早いとこ見てちょうだいな」

 金庫は、オーナの部屋にはない。金庫を金庫らしく見せないために、フロアにどん、と置いてある。とても金庫には見えない。

 どう見てもソファだ。まさかどう見てもソファにしか見えないそんなものの中に店の売り上げがごっそり詰まってるとは。

 知ってるのは、三人。

 オーナと、俺と。

 もう一人。

「来てもいい頃合いよね」オーナはケータイを開く。「あらまあ」

「どうした?」

「ううん。こっちの話。弱ったわねえ。こっちも立て込んでるのに」と言いつつ、オーナは電話を掛けに行ってしまった。ここで掛けない、ということは。

 俺に聞かれちゃまずい内容。

 俺に知られちゃまずい事情?んなもんあってたまるか。誰のおかげでここで店が構えられてると思ってるのだ。とは言いすぎだが、大体そんなもん。

 電話が終わったら聞いてみよう。あることないこと。

 時間潰しにソファでも。

 ソファは持ってかなかった。ソファの中身だけごっそり綺麗に。ソファをソファに戻してったところが気になる。発見を遅らせるため?次の日オーナが見ればわかる。毎朝チェックしているらしいので。

 昨日の閉店後までは確かにあったということだ。

 今日の朝来たらなくなっていた。つまりは、

 昨日の閉店後から、

 今日オーナが店に来るまでの間に。

 ソファがソファでないと知ってた奴が、ソファから金庫の役割を剥奪してった。ソファですらなくなった。綿もなんにも詰まってない。ソファとは呼べない。

 指紋とか。ダメだ。

 ソファかつ金庫だったときは、入れ替わり立ち代わり従業員と客がべたべたと。俺のもついてるはずだ。オーナのだって、営業成績ナンバワンのだって。

 開店にはだいぶ早いが、関係者を招集している。営業成績ナンバワンを。

 クウを。

 疑ってるわけじゃないが。灰色の可能性をなぎ払って真っ白にしたい。それなのに、

 なんで。来ない。

 客のとこにいるのか?俺以外の。

 来たくても来れないのか。来たくなくて来ないのか。

 まだ寝てるのか。

 それだ。

 そう思いたいだけか。

 金庫だったソファと。ソファでしかないソファとの。違い。

 違わない。

 色も形もまったく同型の。

 違いがあるとすれば置いてある位置。それだけだ。

 どうしてこれがソファでないとわかったのか。

 わからない。俺だって、言われるまでまさかこんなとこに。

 言われるまでは。

 言われたのか?誰に。

 俺じゃない。オーナのわけがない。

 だから、さっさと真っ白に塗りたくらせてほしい。クウに。

 連絡したいが、仕事以外は呼ぶなと。

 仕事だ。これも立派な。しかし、

 ポケットに入れといたはずのケータイがない。ので連絡しようにも。

 オーナが戻ってきた。「来れないそうよ」

「なんで」

 来ない。

「生理がヒドイらしいわ。頭痛と腹痛と吐き気でのた打ち回ってるそうよ」

「来んのかよ」

「ひっどいわね」オーナは、金庫番を勤めきれなかったソファに腰掛ける。「さあて、どうしようかしらね」尻の下のそれに言い聞かせてるみたいな口調だった。

 お前の処遇をどうするのか。

 クビか。それともクビか。

「どこにいる?」クウは。

「そっとしといてあげなさいよ。それが男にできる最善よ」

「どう思う?」窃盗犯は。「どいつだ」

「フランスじゃない?怪盗でしょ」

「冗談はいい」

「そんなんでも言わないとやるせなくてやってらんないわよ」オーナはケータイをちらちら見遣る。開いたり閉じたり。「あんたって、口にチャック付いてたかしら?南京錠?セキュリティの度合いを聞いてるんだけど」

 クビの辞令待ちのソファの背もたれに座る。

 オーナとは背中合わせに。

「パスワードが要る。でもそのパスは俺も知らない」

「ダメね。ダメだめよ」肩が震えてる。笑われてる。「じゃあ忘れなさいよ。言った端から」

 昨日、オーナが帰ってから。

 今日、オーナがやって来るまでに。ここに、

 店に。

 いた人間が一人だけいる。

「行くとこないってゆうから泊めてあげちゃったのよ。でもこれが」ソファが。「言った覚えないのよ。変よね。どうしてわかったのかしら」

 そいつは、

 昨日店で働いていた。今日も、

 むしろ今日から本格的に働くことになっていた。

「なんにも食べてないってゆうからご飯買いに行かせたんだけど」迷った。「ねえ、捜しにいってくれない?おねがあい。それはもうでっかいのを迎えにやるってゆっちゃったのよ」

「そのために呼んだろ」金庫破りの現場を見にこいとかじゃなくて。

 断るのが面倒だったので。

 その新入りはここから歩いて一番近いコンビニにいるとのことだった。

 裏路地は縦横無尽に入り組んでおり、歩き続けていれば独力で何とかなると思って不用意にうろうろしないほうがいい。

 道に迷うならまだいい。

 迷い込んだ挙句、変なのに絡まれる。ここいら界隈は、変なのの巣窟。

 コンビニだって例外じゃない。

 嫌な予感がして気持ち急いでよかった。

「そんちょーサン?」その如何わしい呼び名で。

 誰なのか。

 どいつが。「なんで」

 間違いなくあの学ランの。


      2


 ちょっと座っただけで見抜かれるだなんて。どんなお尻してんの?

 絶対にわかんないはずなのに。

 座り心地だってクッションの感触だって。

 まったく同じにしてある。あたしのお尻尺度だけど。

 やっぱなんか特殊なお尻だとしか。見たいじゃない。

「ねえ、もしあたしがぜえんぶ肩代わりしてあげるってゆったら」借金。

「無理やな。オーナはん、タマごと売らへんと」

「失礼しちゃうわ。誰にタマ付いてるって?こんな美人に」

 なによこの中坊?高坊かしらね。見た目はどっちでもおかしくないんだけど。

 妙に、肝が据わってるってゆうか。その年代にしては落ち着いてるってゆうか。

 世の中のことはもうぜんぶ見通してつまんなくなっちゃってる状態ってゆうか。

「タマはタマでも魂のタマやわ」

「ちょっと、初めからそう言いなさいよ。紛らわしいわね」

「なんじょう怒ってはるの?」

「関係なくってよ」平常心。平常心。タマとか言われたくらいで何よ。

 もっとヒドイ目みてきてるじゃない。あたしは、

 こんなとこでぐらぐら揺らいでるわけにいかないのよ。

「で?どうするって?そんなの知られたくらいでどうってことないわ」

「タマが?」

「金庫よ金庫。タマはもういいの」玉だか股だかわかんなくなってきた。

 その子は、勢いをつけてソファにその敏感なお尻を落とす。落下というより墜落。

 ダイジョブかしらね。

 あたしのだいじなおカネちゃんは。「あげないわよ。そっからいろいろ配って歩かなきゃなんないんだから」借りた分とか納める分とか。「脱税しようってんじゃないのよ。配って歩くとほとんどなくなっちゃうんだから」

「悔しないの?」

「悔しいに決まってんでしょ?当たり前のこときかないでよ」

 あー腹立つ。

 なんでこんなお子様に。すっぱ抜かれなきゃなんないのよ。

「あげないんだからね」

「きょーりょくしてくれへん?そしたらぜんぶ」あげる。

「ゆってる意味わかってんの?それはあたしのなのよ?なんであんたにそんなことゆう権利が」

「せやからね。きょーりょくしてくれはったら」お子様が座面を叩く。

 高価な音がした。気のせいだけど。

「これ、ぜんぶオーナはんとこ返ってくるようにしたるゆうとるの。でやろ?返事はひととーりしか浮かばれへんけど」

 なんかのサギじゃないかと思ったってわけ。

 だってそうでしょ?

 こんなうまい話が。「どうすればいいわけ?」聞くだけなら。


      3


 なんでこんな所にいるだとか。お前なんかがうろうろしていい場所じゃないだとか。

 まさか、昨晩オーナが泊めてやったというのはお前じゃないだろうなとか。

 そうゆう重要な事柄はごっそり抜け落ちて。

 頭に真っ先に浮かんだのは。

 ケータイ。「悪い。弁償してねえ」

 彼は、店を出ようという目線を寄越す。手には買い物袋。弁当が入ってるにしては小さい。ペットボトルの茶が透けて見えた。

 駐車場に屯している輩を目線で一蹴する。までもなく俺の姿をいち早く察知してばらばらと現地解散する。

 彼から息が漏れた音がした。

「なんだ?」言いたいことがあるなら。

「そんちょーサン、恐ろしヒトやなあ、て」彼はストラップを指にかけてケータイをくるくると回す。「もうええよ。ほら、このとーり」

「何やってやがった」ようやく思い出す。真っ先に尋ねるべきだったことを。

「迎えにきぃはったのと違うん?美人のオーナはんに頼まれて」

 やっぱり、

 そうゆう展開なのか。「どういうことだ。なんでお前が」あの店は。

 未成年お断りだ。

 客としても、従業員なんかもってのほか。

 そうゆう奴なのか。

「俺が言えた義理じゃねえが、んなとこほっつき歩いてねえで家に帰ったほうが」

「家なん、とうにのうなったよ」

 裏路地は、明け方だろうが真昼間だろうが黄昏時だろうが、いつ来ても薄暗い。後ろ暗い奴らが身を潜めるにはちょうどいい闇黒さ。

 ただ、真夜中に限っては、眩しく煌びやかに光りだす。

 彼は、その薄暗さに埋もれることなく、かといってとびきりに眼を惹くこともなく。うまいことその薄暗さに馴染んでいた。

 真夜中の彼は、眩しさと煌びやかさの中でどう映えるのだろう。

 オーナは見ている。見たからこそ、

 雇おうと思ったのではないか。

 それか単に。「死んだのか」てめえひとり残して。

「いろいろあってな。あんま思い出させんといて」彼は足を速める。どっちに行ったらいいかわかっている。

 どうゆうことだ。「なんで来させた。道くれえ」

「ぼでぃがーど?してくれはるのやろ」振り返る。「そらもうでっかいそんちょーサン」

 まんまとオーナに謀られた。

 とゆうことか?「カネが要んのか」そのためにこんなとこで。

 働かざるを得ない。と思いたい自分がいる。

「オーナはんに訊いてな」

 彼が別室でだいぶ遅い朝食だかちょっと早めの昼食だかを採っている間、オーナを問い詰めたが従業員の個人情報がどうとかつべこべと。お前らに個人情報なんかない。

「直接本人に聞けないからってあたしに怒鳴らないでよ。それにね、別に法に触れることはやらせてないわよ?いまんとこ」

「なんだその付け加えたみてえな」いまんとこ?許されるか。あんなガキに、

 クウと同じことをさせる?

「じょーだんじゃねえぞ。営業停止にされてえのか」

「なにをそんなにムキになってるか知らないけど」オーナはボトルの整理を始めた。手持ち無沙汰なので仕方なくといった気のない手つきで。「そんなに心配ならお世話したげればど?あたしのとこ置いとくより健全じゃない?」

「だから、あいつにどうゆう事情があんだって」

「やけに突っかかるじゃない。なによ、顔見知り?」

 それは。

 言いたくない。

「わーった。あいつは俺が預かる。いいな?」

「いいもなにも。あたしが決めることじゃないわ。況してやボスにもね」

 吸い込み式小型ゾウを引き連れて、彼がフロアに顔を見せた。「いろいろありがとうな。美人なオーナはんのお蔭やさかいに。さっすがに野宿なんきっつうて」

「もう美人だなんて。お役に立てて嬉しいわ。あ、そこホコリ溜まってたからよろしく」

「なにやらせてんだよ」そうじなんざてめえでやれ。てめえの店だろ。

「なにって、見てのとーりよ」

「洗濯と買いもんと、あと」

 なんでそんなパシリみてえな。

「そうねえ、マッサージでも頼もうかしらね」

 駄目だ。こんなとこ置いといたら。

 オーナの奴隷にされる。「連れてく」

 店の外に出て、頃合いのいいところで足を止める。無理矢理腕を摑んだので指の痕が付いてしまった。くっきりと。

 彼はそれをまじまじと見る。

 どうでもよさそうに。「戻ってもええ?」

「なんで」せっかく奴隷から解放してやったってのに。

「大騒ぎ村はイヤなん。やかましさかいに」

「だから、そのオオサワギ村ってのはなんなんだ。村長だとかなんだとか。適当なこと言いやがって」俺は村長じゃない。でも本当のことも言えない。

 オーナが余計なこと吐いてなければだが。とっくにバレバレのような気もするが。

 俺の素性なんか。

 裏路地は抜けた。車通りの多い雑多な街路。すれ違う人もそれなりにまともになってくる。俺なんかは浮きまくってしょうがない。彼も心なしか不似合いで。

 こいつの素性を知りたくてたまらない。

 力づくで割れるんなら。いまここでかち割るのだが。ぱっくりと。

 それじゃ到達できない。

 彼の本心には。

 まったく捉えどころがない。捕まえたと思うとそれは意図した囮。

 なんだろう。

 居心地が悪い。

「とにかく、あすこには置いとけない。カネが要るんなら俺のとこだっていいだろ?」

「せやからね、大騒ぎ村はイヤやゆうて」

「村じゃねえ。オオサワギも」してた。してたから、

 彼に出会えたのだ。

 やかまし、と。それだけのこと。それが、

 なんだって?

 わからない。わからないから、

 わかりたいと思う。知りたいと思う。

「時給は」

「まだもろうてへんよ。どっかのそんちょーサンのせいで」もらい損ねた。

「俺はその十倍出してやる。文句あっか」

「文句て」彼が息を漏らす。軽々しく。「喉からげえげえ手ぇ出してぐっちゃぐっちゃにカネが欲しいんはほんまの話。せやから断る理由なん」口の端が上がる。

 彼がこうゆう独特の笑いをする。ときは、

 どんなときなのか後々わかる。

「学校は」

「そんなん学費滞納でぽいやわ」

 彼を事務所に置いとくなんかテキトーな理由を思いつかなければ。

 こっち側に引き込む。

 つもりなんか更々。俺が、

 そっち側に戻りたい。


      4


 そっち側に戻したい。

 つもりなのを今更。己が、鬼の首でも取ったみたいに鼻息荒げられたって。

 答えようにない。「切ってもいい」不躾回線。

「んなとんでもないことを三代目が画策してるとなれば、考えてもみろ?自殺志願者か破壊願望が強すぎるあっち側の」

「切りたい」己の頂点的な象徴を。

「いいですか三代目」尊大な敬語だった。下から見下ろす。「望みはなんだ?あの黒鬼をヤの道から追放したい。俺の願いは、あの黒鬼に非合法な金融界から足を洗ってもらいたい。どうだ?面白いくらい共通してると思うがな」わざと、

 すり替えた。わたしは、ヤの道から。

 足を洗ってもらいたい。

 自称慈善活動がシュミな不動産会社社長は、非合法な金融界から。

 追放したい。ものは言い様。

 受話器の向こうで獰猛な犬にぴったり張り付かれてたとしても。問題ない。あなたの会社はなんとクリーンな。と言わしめることが可能。

 弁が立つ男は大嫌い。

 嘘しか言わない。

「事実だ。三代目で絶える」

「そっくり返す。慈善活動?未成年略取」借金を肩代わりする代わりに。

 幼い子どもを買って好き勝手やってる。

「綺麗な言葉で飾り立てるな。はっきり言ったらどうだ?お嬢サマ」

「下品」

「下品で結構だ。いい返事を聞ければな。どうなんだ」

 虫唾が走る。

 反吐も出ない。というやつ。

 ボスみたいに素直に口にできれば。

 しちゃいけない。できない。

 くまちゃんが悲しがる。わたしには上品であれと、いっつも。

 いっつも。

 三代目はわたし。なのだと、ゆって。

 重荷だった。

 この血がヤだった。けど、

 ボスを見て。

 たしかにわたしが三代目。なのだと、悟って。

 三代目は、

 わたし。

「潰させない」

「だろう?潰したくない。いい心掛けだ」

「なんでそんな怨んでる?」ボスを。

 あんなに優しい人を。

「意中の相手を殺されています」クマちゃんはわたしからケータイを奪って。切らずにそのまま。「正しくは、自分で借りたカネの始末が付かなくなって勝手に死んだ、の間違いですが」ご無礼を、と頭を下げて返してくれたけど。すでに、

 切れてた。

 あっちもこっちもそっちも。

 修復不能。あとは、

 裂けるだけ。

 順調に。

「相手って?」

「生きています」クマちゃんはわたしのケータイの設定をやり直してる。

 着信拒否。不動産会社関連の。

「?殺されたって」

「死に損ないですが」

「?自殺失敗した?」

 クマちゃんはなんでも知ってる。だから、わたしは。

 三代目になれた。

「生き残り?」

「お嬢様は」わたしを見る。

 澄んだ瞳で。

 歪んだ舌を。「殺せますか。わたくしがもしも、お嬢様を妨げる邪と化した暁には」

「殺してほしい?」

「わたくしの欲望はお嬢様の意志の前に消滅する運命です」

「じゃあヤだ。殺さない」

 お嬢様は、

 クマちゃんが微笑む。「冷たいですね」


      5


 とうとう核心に迫ってきた。狙いもピンポイント。無駄がない。

 悪徳高利貸し取立ての親玉の。

 愛人が勤めている店。

 そんなとこでいったいどうしようと?働くとか言わないよね?

 法が許さなくても番人の俺が許さない。万人だって。

 そこに、

 一夜にして泥棒が入ったという。なんてふてぶてしい。

 僕が見張っていながら、だ。こっそりすぎて抑止力として作用し得なかった。

 言い訳はそれくらいにして。

 窃盗事件として、捜査員が入った。僕じゃない。島が違う。

 その制服が捜査やら聞き込みやらを終えて出てきたところを取り押さえる。どっちが悪かわかりゃしない。そいつも悪だ。単独行動は群れの掟を乱している。自分だけの手柄にしようだなどと言語道断。

 すなわち、悪だ。その悪を捕まえた僕も、

 必然的に悪となる。

 正義を遂行する意志が決定的に欠如している。捜査状況を自白させるため。喉に手を突っ込んで強引に真実をひきずりだすのも厭わない。

「正直に言ったほうがいいよ」

「なにをだ?お前は」誰なのか。

 所属を教えればきっと。平和的にゲロってくれるだろうが。

 それではダメなのだ。パワハラでは。権力を振りかざしては。

 あくまで、

 ちょっと事情を聞く。程度に留めないと。秘密裏に裏を取ってる僕の捜査状況が水の泡だ。

 集団で動けば感づかれる。よっしーはあり得ないくらい聡い。

 単独でやったって多少時間稼ぎになるかなあという希望的観測で。

 制服にかけた手錠の繋ぎ目をいじる。「内部犯だね」

「なんでお前にそんなこと」すっかり反抗的だ。

 ごっそり協力的にしたいのだが。「鍵を抉じ開けられた形跡がない。周辺の目撃情報も皆無。見つからないよ、誰も損してないんだから」

 制服がちら、と目線を。

 ポケット。そこに、

 手帳でもあるのか。「無事だよ。大切な仕事道具だ。触ってもない」

「じゃあなんなんだ?お前」に続く言葉如何で君の処遇を決めよう。

 ①まさか。

 ②私のストーカか。

 ③逮捕してやる。

「二階級特進が希望ならそう言ってね。決断は早いにこしたことない」

 隠し④とか期待したってのに。

 怯えた表情。思考停止の眼差し。

 挙句①②③の連続コンボときたらもう。

 殉職以外に出世はない。「もういいや。なんも考えてないんだもん」銃口。

 フリに決まってる。

 殉職するだけの英雄譚もない。

「首謀者は誰だと思ってるの?」

「誰ですか」

 銃口を強く押し付ける。「自分で考えてよ。出世したいんじゃないの?」

 やっぱ撃とうか。

 時短のために。

 引き換えるには安い。「はい。解答」

「わ、かりま」せん、だとか。よくも言えたものだ。

 馬鹿馬鹿しい。

 巣まで送り届けて家主の顔を拝んでやろう。よくもこんな無能をのさばらせておくものだと。「所属は」ついでに僕のも拝ませてやる。

 眼球飛び出そうなくらいビックリしたようで。

 一秒くらい心臓止まったんじゃなかろうか。

「んで?出世する気は?ある?ない?」

 肯くしかないだろう。

 身元がわからない死体は殉職できない。僕に部下らしい部下がいない理由。

 違うって、パワハラなんかじゃ。

 朝食にも昼食にも間食にも汎用可能な便利な。「あげるよ。お腹すいてんじゃない?」

 今日付けで部下になったそいつは、

 口の周りをべたべたにするくらい喜んだ。そうだろう。

 僕の好物だ。

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