裕福家庭の一般生活

皐月泰汰

第一章 始まりの場所

遠くから鐘の音が聞こえる。耳の奥をくすぐるこの音は洸丞(こうすけ)の感覚を呼び覚まし、覚醒させた。

「天谷社(あまやしゃ)。今日も寝てたのか・・・」

呆れ混じりに男性から声をかけられる。男性は学校の国語教師で俺の担任だ。

「あ、すみません」

申し訳なさそうに謝る。内心、反省は全くしていなかった。反省すべきものだとは思ってはいた。思っていたんだけどなぜか素直にできない。これが反抗期というものなのだろうか?

こんなことを考えつつ四限目の国語が終わり昼食の時間になる。

「いつものとこ行こ・・・」

洸丞は昼食の時間が大好きだ。今日は快晴。中央階段を登り、四階から更に上へつながっている階段を登り屋上に出る。

「風が気持ちいいな」

一人だと思い込んでいる洸丞は独り言をこぼす。

「確かに風が気持ちいいねー」

「?!」

洸丞は驚き、その場で固まる。そして声の主の方へ振り向き、名前を呼ぶ。

「鈴蘭(すずらん)。急に話しかけるなって」

如月(きさらぎ)鈴蘭。名家の生まれで父親は電気やガスなどを売りさばく実業家。

当然面識がある洸丞も名家の生まれ。大企業、天谷社グループの社長の息子で鈴蘭とは許嫁の仲だ。

「こうちゃーん。一緒にお昼食べよ?」

「別にいいけど」

洸丞は表面では納得しつつー内面では納得していないー話を進め、屋上にあるベンチで腰を落ち着かせた。ベンチは日向になっていてとても暖かい。季節は秋。これから寒さが本番になるという季節で暖かいのは心地が良い。

こんなことを思いつつ弁当を広げる。だがその中身を見るや否や叫ばざるを得なかった。

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 外見は普通のお弁当に見えるが中身はカオス。いつもの母親が作るお弁当とは程遠くピンク色の桜でんぶで描かれているハートは綺麗に象られ、ハートの中心部分に海苔で「I LOVE こーちゃん」と書かれている。

「どうしたの?!こうちゃん!」

「どうしたのじゃないよ!なんだこの弁当は!」

「愛が伝わった?」

少し照れ気味に愛を伝えると洸丞は呆れ気味に言い放つ。

「愛は十分伝わったよ。けどさ弁当にまでしなくても。てか」

「てか?」

「俺の母さんが作った弁当は?!」

洸丞にとって弁当がないのは死活問題だ。なんせ食料がない。人間は水だけで三日は生きられるというが洸丞はその自信がない。なんせ洸丞はよく食べる。のに太りはしない。むしろ痩せている。筋肉は程よく付いていて腹筋は割れている。シックスパックまでとはいかないが人並みにはあるだろう。話がだいぶ逸れたので戻すとしよう。

「お弁当?すり替えたよ?」

「すり替えただと?」

洸丞は顔を真っ青にしもう一度同じ発言をする。

「・・・すり替えたのか?」

「うん」

「本物の弁当は何処(いずこ)へ?」

「何処でしょう?」

このセリフを聞きさらに青ざめる洸丞。理由はそのうちわかるでしょう・・・

「くっそ。何処だ!何処なんだ!」

 洸丞は探し物をしていた。探しているものは彼の母親が作った「弁当」。

なぜ探しているかって?彼の許嫁である鈴蘭がすり替えたと言い張るからだ。

しかもそのまま見つかったとして食べなければ意味がない。彼の母親天谷社 秋菜(あきな)は、作ったものに対する敬意を払うべきだという持論を持っていて毎日それに従う。そのため弁当を残す=敬意を払ってないとしてこっぴどく叱られる。例え天谷社家当主の天谷社 聡(さとし)だとしても。

洸助はそれを再確認し、震え上がった。震え上がる際地面に座り込んだがその時に見慣れた箱を見つけた。茶色の渋い箱。それはどっからどう見てもいつも使っているお弁当箱だった。

「よっしゃー!!」

洸丞は叫んだ。とても大きな声で。出したことのないような大声で叫んだ。

「天谷社。静かにしろ!」

大きな声で叫んだ。その代償として職員室から出てきた担任の山本から叱られた。でもそんなことはどうってことはない。見つけた弁当をその場で開き、消化が進み空っぽになっていた胃に栄養分をかけこむ。胃は満足し満タンになってくる。その瞬間洸丞はとてつもない幸福とともに激しい安堵感を覚えていた。

 教室に戻り、ある一人の男子生徒が話しかけてきた。

「今日も大変そうだな」

やれやれという感じで話しかけてきた男子生徒は白夜叉(しらやしゃ) 渉(わたる)。

天谷社とは先祖が同じで天谷社家の次男が先代を引き継いだため渉とは従兄弟であり親友という複雑な構成になっている。

「本当に大変だよ。まぁいつものことなんだけどね」

笑いながら返すとどこか寂しい気持ちが芽生えてくる。なぜ悲しい気持ちになったのかこの時には洸丞以外知る人は居なかった。

「あ、そういや。今日部屋行っていい?」

「ん?急にどうした」

洸丞は戦慄する。渉に「計画」のことを悟られたのではないのかと。それはないと自分に言い聞かせる。この時洸丞はこの後起こる悲劇をまだ知らない。

「まぁ勉強教えて欲しくてさ。ね?いいでしょー」

「まぁソレぐらいなら。。。」

「なら決まりな!」

渉は上機嫌のまま自席に戻り午後の事業の準備を始めた。洸丞も自席に戻る。自席に着くや否や肘を机に置き、碇指令みたいな格好を取る。そのまま考え込む。だがその状態は長くは続か

なかった。なぜか?次の教科の先生が教室に入室したから。

「起立。礼」

「よろしくお願いしまーす」

学級委員が号令をかけ、周りの生徒がそれに従い礼をして挨拶をする。

こうしていつも通りの午後が始まる。

 午後の授業が終わり、帰りのホームルームが始まる。

「明日提出物が多いからちゃんと持ってこいよー」

担任の山本が注意喚起をして教壇の前に立ち今日の反省や明日の授業確認をする。その時間も束の間、すぐに話を打ち切り生徒を立たせる。

「んじゃみんな気をつけて帰れよー。さようなら」

「さようならー」

部活や用事がある生徒から順に教室から出て行くなか洸丞は立ち止まり渉の席の前に立つ。洸丞は渉と共に教室を出るというのが日課なのだ。

「こうちゃーん!」

鈴蘭と会うのも日課なのだ・・・

「ど、どうした?」

「一緒にかーえろっ!」

これも日課なのです。

 三人で帰る家までの道のりはかなり遠かった。電車を乗り継ぎ駅からまた徒歩。そうすると大きな館が見えて来る。渉はこのまま寄っていくので玄関に入り靴を脱ぐ。そこからまた歩き洸丞の部屋を目指す。

「お邪魔しまーす」

渉が大きく挨拶をして部屋に入る。その時の声の大きさはかなり大きく耳が痛いほどだった。

「うるさいって」

あまりのうるささに思わず注意する。

「すまんすまん」

笑いながら注意を受け流し、床に座る。洸丞も渉に続いて自分のベッドに座る。座ったのを確

認すると真っ先に渉が口を開く。

「お前。何を企んでる?」

「え?な、なんのことかなぁ」

あまりに突然だったため動揺が隠しきれない洸丞。動揺を感じ取り渉はさらに追い討ちをかける。

「なんで焦ってる?」

「い、いや?こっちの話だ」

「どうせしょうもないことなんだろ?何企んでる?」

この時渉は事の重大さ、覚悟の大きさを完全に計り間違えていた。

見つめ合いが続く。もう五分、六分経っただろうか。その時に両者に動きが現れた。

「・・・・わかったよ。話すよ」

先に腹を割ったのは洸丞だった。これ以上黙っていても逃げられない事を悟り、話し出す。

「・・・・転校を考えているんだ」

「転校?!」

この時渉は悟った。この案件はあまりに大きすぎ、自分の手に負えないと。でも気づいた時にはもう手遅れ。洸丞は計画の一部始終を語り始めていた。

「俺は決められた人生が嫌だった。だってそうだろ?人間は憲法で自由が認められている。なのに婚約者は決められる。自分で決めたい。私立なんかじゃなく公立の学校に通いたい。普通の暮らしをしてみたい。考えれば考えるほど欲が出てくる。もうこんな暮らしには嫌気がさしてしまったんだ」

ここで一度渉の顔を見る。もう渉の顔にはあきらめの表情が表れていた。また息を吸い込み、洸丞は口を開く。

「俺は一度でいいから恋人を自分で見つけたい。鈴蘭が悪い訳ではないけどそうしてみたい欲望が勝ってしまう。なんでなんだろ。自分でもよくわからないんだ。鈴蘭で満足しているはずなのに・・・」

洸介は一回語るのをやめ、窓から見える公立学校を見る。見るとため息。見るとため息。この繰り返しを五回ほど続け壁に掛けている写真たちを見る。どれも鈴蘭との写真だ。遠足に行った時の写真。修学旅行、移動教室、新年の挨拶。今では数え切れないほどの写真が飾られてい

る。その写真たちは洸丞の軌跡であり、鈴蘭との出会いでもある。それを裏切っても本当にいいのか、ダメなのか。まだ割り切れていなかった。いや、割り切ろうとしていなかった。本当は恐怖しかない。鈴蘭を手放してまでやる程のことなのか?自分の私情に鈴蘭を巻き込んでも良いのか?悩み、悩んだ結果一つの結論が出た。その結論は『鈴蘭をちゃんと愛していない』だった。

「俺は鈴蘭をちゃんと愛していないのかもしれない」

「しれない・・・?」

渉は疑問に思い思わず声にしてしまっていた。

「だってそうだろ?ちゃんと愛しているのなら『自分で恋人を見つけたい』なんて思わないはず。だからちゃんと愛していないんだと思う。鈴蘭には悪いけど・・・」

秋に差し掛かり、風が涼しくなった夕方。玄関の前で帰りの車を待っている彼女に詫びを告げ洸丞は立ち上がる。

「俺は、俺のやりたいことをしたい。もし恋人ができていたとしても多分別れると思う。なんせこれは鈴蘭への愛を再確認するための修行なんだから」

計画の真の趣旨を渉に告げる。洸丞は立ち上がったその足のまま彼女がいる玄関に向かい足を進めていた。

 渉に計画を話し、鈴蘭がいる玄関に向かうべく足を早めた洸丞だったがその行動は早くも妨げられることになる。

「洸丞」

洸丞は聞き馴染んでいるその声に返事をする。

「なーに?父さん」

声の主は天谷社家当主。天谷社 聡の声だった。

「ちょっと話がある。居間まで来なさい」

聡は重い声で洸丞に伝えると進路を逆戻りし、居間に向かって行った。

「話ってもしや・・・」

洸丞は薄々勘付いてはいたがそれはないと割り切り居間に向かうことにした。

 居間に着くとそこには母親である天谷社 秋菜と使用人である佐藤(さとう) 宏(ひろし)が居た。ある意味家族大集合だ。ここに妹がいれば本当の大集合になるのだが案の定まだ学校から帰って来てないらしい。

「それで話って?」

席に着くや否や早々に話題を切り出す。洸丞は早く終わらせたい一心で話を切り出したのだが

裏目に出てもおかしくはない。洸丞の予感の八割は裏目に出ると言っている。

「時間がないんだ。早くしてくれない?」

そんなこと御構い無しにズバズバ聞いて行く。

「じゃあ手短に話そう」

前置きに聡はこう言い、本題に入る。

「何を企んでる?」

「な、なんのことだよ」

あまりに直球すぎて焦りが出てしまう。これが彼の未熟さだろう。

「一応話は一通り知っている。佐藤から聞いたからな」

「・・・聞いていたのかよ」

俯き、佐藤に当たる。

「それで、お前はなんで転校など考えている?そんなもの認めるわけがないだろう」

「聞いていた佐藤さんなら理由がわかるんじゃないんですか?」

「わかりますけど・・・」

急に話を振られ言葉が詰まる佐藤。

「あまり佐藤を困らせるな」

その様子を見た聡が助け舟を出し、なんとか佐藤は難を逃れた。

「自分の口で理由を言いなさい。それができないのなら何も許すことはできません」

これまで黙っていた秋菜が口を開く。発した言葉はとても重く、威厳がこもっていた。

「ッ‼︎」

その威厳に気づき一瞬言葉を失う。しかし長くは続かなかった。

「決められた未来に不安があるんだ」

洸丞が発した言葉に両親は驚き、口を開ける。聡に関しては『まさか・・・』と言葉にして発していた。

「今のままで鈴蘭を幸せにできるかわからない。なぜなら他の世界を知らないから。ずっと裕福な暮らしをして来た俺たちは一般家庭の暮らしを何も知らない。できれば俺は鈴蘭に普通の暮らしをしてほしい俺たちの普通じゃなくて一般家庭のような暮らしを・・・」

ここまで話し、洸丞は一度話を止める。もう玄関から去っているであろう許嫁のことを思い、遠くを見つめ黙り込む。その目には未来が見えているのか否か。そのことがわかるのは神のみだった。

************************************

 私は空を見ていた。日が沈みかけ、夕焼けのオレンジ色が空をいっぱいに占めるこの時期の空はとても綺麗で大好き。うろこ雲がいい白色でまるで一個の絵のようだった。おもむろにスマートフォンを取り出し、写真を一枚撮る。気に入ったため待受を今の写真に変え、スリープ状態にする。暗くなった画面を確認しまたバッグに戻し、座り直す。程よく揺れる車内は乗り馴れ心地が良い。あまりの心地の良さに眠気が一気に押し寄せてくる。その眠気を抑えるためまたスマートフォンを取り出す。アルバムを立ち上げ、許嫁と一緒に写っている写真を眺める。この写真を見るだけでとても幸せを感じられる。『もしや私って超幸せ者?』なんて心の中で思いながらは思わずニヤける。

この表情を彼に見せることはできない。なんでかって?絶対に嫌がられるから。『なんでニヤけてるんだ?怖いな』とか言われそうだし・・・

まあそんなわけであまり彼には変なところを見せられないんだ。嫌がられるのはもう慣れたけど嫌われるのは馴れていない。多分かなり落ち込む自信がある。いらない自信だけどね(笑)

でも私はとっても幸せなんだ!

好きな人と同じ時間を過ごせて、同じ学校に通っていられる。それだけで私はとてつもなく嬉しい気持ちになるんだ。

彼の寝顔を見たときなんか可愛くてキュン死するところだったよ。てな訳で私は彼に恋をしています。嬉しいことに彼とは結ばれる運命でこんな幸せ他の人にも味わってほしいっていうのは勝手かな?でも味わってほしいぐらい幸せなんだ。なんでなら恋する乙女は最強だからね!

「こうちゃん。どこにも行かないで・・・」

寝言をこぼしながら彼女は進んでいく。約束された未来へ・・・

************************************

 遠く描かれた未来を見据え微笑む。その行動はあまりに小さかったため両親には見えていな

かった。

「一般家庭がどんなものかわからない。だからそれを勉強したいんだ。それで公立の高校に転入したい」

勇気を振り絞り『願い』を口にする。その言葉には気迫がこもっていた。今日一番の『思い』が。

「話はわかりました。が公立の高校に転入させることはできません」

「なんで!」

洸丞は声を荒げ反抗する。

「あなたは日本の名家十家の中の天谷社家の長男ですよ。そんな自由を認めるわけにはいきません」

秋菜は完全に言い切りこれ以上の話はないと言い話を打ち切る。聡は『あっ・・・』と手を伸ばし何かを言いかけていたが先に洸丞が退出。発言のタイミングを逃し伸ばした手の居場所を探していた。

 部屋に戻ると渉は居なくなっていた。

「帰るときぐらい声かけろよ・・・」

小さく呟きクローゼットからカーディガンを取り出す。カーディガンを羽織り玄関に向かい階段を降りていく。その途中で佐藤にあった。

「どこかお出かけになるのですか?」

「ちょっと出かけて来ますね」

詳しい場所は言わずに佐藤の横を通り過ぎ玄関で靴を履く。そのまま肌寒くなった木枯らし吹くある場所へ向かった。

 佐藤からその情報を聞いたのは洸丞が出かけた五分後だった。

「洸丞が出かけた?」

「はい。『少し出かけてくる』と言っていました」

「この時間に一体どこへ・・・」

親として心配し始める聡。時計の針はもう6を回っていた。

間も無く夕食。その前にまでには戻るだろうと思い視線をデスクの上にある書類に戻す。

「今日までの書類位は片付けなきゃな・・・」

デスクの脇で山積みになった書類を横目で見ながらポツリと呟いた。

 間も無く夕食の時間いなった。だが夕食の席に洸丞の姿はなく、部屋にもいない。まだ戻っていないようだ。だんだん心配し焦りが見えてくる。手早く夕食をいつも通り済ませるとすぐさま自分のデスクに戻る。だが仕事が手につかない。時計をチラチラ五分間隔ぐらいでみる。

明らかに挙動不審だ。それを感じ取ったのか佐藤が聡に問う。

「何人か捜索に向かわせますか?」

「そ、そうだな。私も一緒に出よう」

親としてここは探す義務があると感じ聡は自ら捜索を始めようとする。だがそれはすぐに阻まれた。

「大丈夫ですよ。ここは私たちにお任せください」

「だが・・・」

納得できずにいた聡をその場に残し佐藤は退出し手が空いている使用人を総動員し捜索に出かけた。

「んー」

まだ納得できずにいた聡は一人こっそり玄関を出て創作に出かけた。思い当たる場所はただ一つ。唯一、一般家庭と同じことをした場所へ歩き出した。

 家を出てから一体何時間経過しただろうか。自販機で暖かい飲み物を買い、昔何度か連れて来たもらった『公園』へ戻る。唯一裕福関係なしに遊んだ場所。公園自体はそこまで大きくはない。外周は300メートルもないだろう。存在する遊具はたった二つ。ブランコと砂場のみだ。

このブランコにはトラウマが存在することを洸丞は覚えていない。だけどこの公園で遊んだことは覚えている。入り口は三つありブランコのある遊び場はベンチがある場所よりかは階段を下がったところにあって階段を登ったところからは砂場とブランコが良く見渡せる。

「懐かしいな。本当」

しんみり呟く。その声は本当に悲しそうでどこか寂しそうだった。

「普通の暮らしをする。ただそれだけがしたいのに」

今日の話し合いで言い放った言葉。『決められた未来に不安がある』

この言葉は本当のことでどうすれば鈴蘭のことを幸せにできるか長年考え続けて来た。その答

えはいまだに出ず、その道しるべとして洸丞は両親に公立の高校に行きたいと願った。その願いは届くことなく呆気なく散ってしまったが何度でもチャレンジをするつもりだ。たとえ婚姻の時が来ようとも。

「どうすればいいんだよ」

吐いた弱音は夜風に乗り近くにいた男性の耳に入って行く。その声を聞いた男性は声をあげる。

「ならやってみるか?」

その声音を聞いた瞬間、洸丞は目を見開き声の放たれた方向へ振り向く。声の正体は予想した通り彼の父親天谷社 聡だった。

「なんでここが!」

ありえないと言った表情で父親にこの場所がわかった理由を聞く。

「そりゃ覚えてるだろ。ここで遊んだことがあったからな。唯一普通の子供らしくさせてやれたところだったからな」

懐かしそうに振り返る。そして聡は意外な一言を言い放つ。

「すまないな。普通の暮らしをさせてやれなくて」

「・・・」

あまりの意外さに洸丞は言葉を失う。

「俺はな、お前と同じことを学生の頃に企ててたよ。お前と同じ理由でやろうとしたよ。でもなそれは実行できなかった」

「え・・・なんで?」

急に自分語りした父親に意外さをさらに膨れ上がらせさらに興味を煽っていった。

「その時に父親。お前でいうおじいちゃんが病に倒れてね。代理の当主として表の舞台に立ち始めたから。代理になってから俺は自由がなくなった。でもねいつか子供が同じ理由で同じことを言い出したら自由にさせてあげようと思っていたんだ。勿論永遠とはいかない。いつかはお前も当主の座を引き継ぐ。その時までは好きなことをやらせてあげようと思った。自由が効かなくなるその時まで」

夜空の星を眺めながら聡は呟く。

「それでも公立の学校に行きたいか?」

「行きたい」

洸丞は即答だった。迷いもせずにお願いする。

「僕を、公立の学校に転入させてください」

その言葉を聞き聡は頷き、目を見て洸丞に言う。

「天谷社家当主として長男洸丞に命ずる。公立の学校に転入し社会勉強をして来なさい」

「わかりました。ご命令とあらば・・・」

こうして洸丞は公立高校での人生をスタートさせたのであった・・・・

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裕福家庭の一般生活 皐月泰汰 @yamadakanata

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