第15話 マブイの数
「ちょっと、変な話をするけど」
白男川は、何を見るともなしに視線を上げた。
「私としては、信じるとも信じないとも言えないんだけど、しばらく前に、生まれ変わりの話を聞いたの」
「はい」
いつも通り、司の表情は変わらない。
「私くらいの年代だと、悪いことをしたら地獄に落ちるなんて話、何度も耳にしたものよ。来世は虫に生まれ変わるとか、家畜になってこき使われるとか、そういう話も。まあ、戒めの意味でしょうけど」
「はい」
「だけどね、人は人にしか生まれ変わらないって、話してくれた人がいて。もちろん、その人は輪廻転生を信じているのよ」
「はい」
「人は人として、虫は虫、動物は動物として、魂の種類が違っていて、その枠の中で転生を繰り返しているんだって、その人は言ったわ。なんとなくだけど、納得できる話だった」
「そうだったんですか」
「魂にも質量があるのかしら。一人の人間が持っている魂は一つじゃないとも言うらしいし」
「…猫に九生有りというようなものですか?」
胸の前で交差させた自分の腕をぎゅっとつかんで、司は言った。
「ああ、そんな話もあるわね。人の魂は、そう、七つだとか五つだとかの説があるんですって」
「あ、マブイグミ…」
司は目を見開いた。白男川は、にっこりとうなずく。
「そうそう。あなたに初めてお会いしたとき、マブイグミなんてことを言ったわね、私。マブイ、魂を落としても生きていられるのは、それが複数あるからなんだって教わったわ。現代、落としたことにも気が付かないで、平気で生きている人も多いんだって。でも、欠けた状態には違いないから、あちこちに問題が起きるんだって」
白男川は、離れた窓の方を見やって目を細めた。
「心の中が空っぽになるっていう表現は、当たらずとも遠からずかもね」
「マブイの、魂の状態を、確かめられたらいいんですけど」
司がぽつりとつぶやくと、白男川は彼女をじっと見た。
「誰かを手助けするために? 寺田君とか?」
「いえ、そんな、おこがましいことは。ただ、身近に教えてくれる人がいたらなあと」
「そうね。沖縄のユタさんのように、教えてくれる人がいたらいいのかしら」
「…先生に、今のお話をしてくださった方は?」
「ああ、そういう人ではないの。でも、沖縄の人。私の連れ合いが沖縄出身でね、そのご縁で」
「そうだったんですか。…あ」
何かに気付いたらしい司を、白男川は面白そうに眺めた。
「なあに?」
「先生は、鹿児島のご出身なんですよね? お母様が、鹿児島に」
「ええ、そうよ」
「もしかして、いえ、失礼なことで…」
「構わないわ。おっしゃいな」
「あの、ご結婚のとき、反対されたのではないかと、その」
司は言いよどんだが、白男川は少女のようにくすくす笑った。
「そうなの。夫の方は、親族にほとんど会っていないからわからないけど、母は大反対だったわねえ」
「そうですか」
「大丈夫、そんな顔しないで。昔のことだから」
「…そんな顔、していましたか?」
「聞いているかしら。私、緑川君に、あなたのことを訊いたことがあるの。どんな方って」
白男川は、直接には答えずそう言った。
「はい。他の筋からですが」
「ふふ、本人は言わなかったのね。さすが、忠犬だわ」
「忠犬。緑川さんも犬ですか」
「本人にも言ってるのよ、褒め言葉だって。喜んでしっぽをふりふりしているわ」
軽く体を揺らして見せて、彼女は自ら笑う。
「緑川君は、私の犬。犬と言うと、悪い意味にとらえることが多いけど」
「権力の犬、幕府の犬とかですね」
「そうそう。でも、私のは全幅の信頼を置くという意味よ。彼に関しては、だけど」
司は、大きくうなずいた。
「あの人、私の研究室にも出入りしてるのよ。もちろん、森脇さん公認だけど。一応、大学の研修施設の仕事も、もぎ取っていきましたからね」
「やあやあやあ、先生。いらっしゃってると聞きまして」
「あら、森脇さん。噂をすれば何とやらだわ」
大股で近づいてくる森脇所長に、白男川は満面の笑みで応えた。
「おやおや。どうですか、お時間があれば事務所の方へ」
「時間はあるの。でも、今日はあなたじゃなくて、山田さんとお話したいわ」
「僕じゃなくて? いやあ、まいったなあ」
いかにもなポーズで、所長は後頭部に手をやった。
「山田は、人気があるんですよ。最強の話し相手です」
「また、妙な表現をするものね。わかりますけど」
あきれてみせる白男川もまた、芝居がかったしぐさを見せる。
「ああ、良かったら、新しいコーナーをお使いになりませんか。いえね、山田と話したがるお客様がきっかけで、作ったばっかりなんですよ」
「話したがるって、あなた。まあ、いいわ。告解室みたいなものね?」
「なんですか、それ。まあ、いいや。山田さん、ご案内して。いやあ、先生、使用者第一号ですよ。今、コーヒーをお持ちしますから」
せわしなく一気にしゃべった所長は、またせかせかと事務所の方に歩いて行ってしまった。
「まったく、あの人は。でも、ちょうどいいわ。お願いしましょう」
司に目を向けた白男川は、静かに微笑んだ。
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