第164話 魔王の再来よ

「……」


 シャルが頭を下げる姿を見ていると、ルドが続けた。


「お願いですわ。今、貴方しか頼れる人はいないのよ。ロイスと対等に戦える人物が貴方しか」

「ウチからもお願いだよ、イット君!」


 三人の女性が頭を下げてくる。

 俺は悟られないように息を整え尋ねる。


「皆、頭を上げてくれ。もっと詳しく話を聞かせてほしい」


 彼女たちから話を聞く。

 二年前、俺とコハルがアサバスカ山に到着した辺りの話。

 そこではすでにロイスと魔王の決戦が始まっていた。

 相手は青年の男性の姿だったがおぞましい魔神の姿へと変貌し、魔物達を引き連れ接戦を繰り広げたそうだ。

 仲間達が倒れていく中、ロイスと魔王の一騎打ちの末討伐することに成功したらしいのだが……

 その先を間近で見ていたルドが語る。


「魔王は死に際で、ロイス様に攻撃をしましたわ」

「攻撃?」

「ええ、黒い霧のような物をまき散らし最後は消えていきましたわ。でも、それを間近で浴びたロイスは突然絶叫してその場にうずくまってしまって……それで」


 ルドも事の詳細を伝えようと思い出すように話す。

 黒い霧を浴びたロイスは、戦いが終わった後も情緒が不安定となり魔王討伐の後、王都ネバには戻らず、近くの街で療養をしていた。しばらく皆は、彼との療養生活で仲良く生活していたそうだが、ロイスの症状は数年間で回復の兆しを見せていたらしい。だがここ最近になり、事件を起こしてしまう。


「ロイスが……突然、罪の無い魔法使いを襲うようになりましたわ」

「ロイスが!? どうして?」

「わからないわ……まるで取り付かれたように魔法使いを闇討ちしていますわ」


 ルドに続きソマリが話す。


「今はまだ死人が出ていないけど重傷者が沢山出ているんだ。奇跡を使っても魔法が使えなくなるぐらいの後遺症が残る程……」


 理解が追いつかなかった。

 ロイスが何故、突然そんな奇行を?

 話を聞く限りだと、魔王最後の攻撃で何かをされたようにしか考えられない。

 何かの洗脳術だろうか。

 だが、数年は療養していて回復に向かっていたのならどうしてだ?

 ソマリが続ける。


「イット君が紹介してくれた武闘家の子や、旅の中で知り合った人達に協力してもらって、今ロイス君を世界中で捜索中なんだ」

「ちょっと待て、ロイスの居場所を知らないってことなのか?」


 そう聞くとソマリは頷いた。

 とんでもない話だ。

 歴代最強と言われた勇者の彼が暴走し、しかも所在不明。

 そんなのいつ誰が襲われるのかわからない状況では無いか。


「そんな大事になっているのに、俺達一般人は何も聞いてないぞ。まあ、こんな話が世界中に広まったら大混乱だと思うけど……」

「それは、ロイス様がフリュート家の長男であるからです」


 俺の言葉に今度はメイドのシャルが話す。


「フリュート家の当主様が情報の制限をかけているのです。次期主となるロイス様が無実の人間達に斬り掛かるなど家紋に傷が付きます。そして当主様はロイス様に溺愛しているのです」


 そうだ、ロイスは王都ネバの王族護衛の貴族だった。

 その人間が魔王化するなんて世界に知られることは避けなければならない。

 シャルがまた頭を下げる。


「どうかお願いします。ロイス様の力に対抗出来るのはイット様、貴方しかおりません。どうかお願いします」



・醜く汚らわしい貴方はシャルのロイス様に支障をもたらす存在。



 ふと、シャルが昔俺に言い放った言葉を思い出す。俺は視線を外し、ルドを見る。彼女を見ると俺の目を一点に見つめ、口を閉じ、まるで睨み付けてくるかの様な圧だった



・誰も、アナタを認める人はいないのよ



 彼女達を見るとどうしても昔の言葉がフラッシュバックする。


「俺は……」


 言いかけるが言葉が詰まる。

 もう忘れたと思っていたのに、あの時の気持ちが吐き気と共に押し寄せてくる。

 コイツらはどの面を下げてここに来たんだ。ここに連れてきて正解だったかも知れない。コイツらの前で正気でいられる自信がない。

 すでにロイスの事よりもコイツらに対するどうしようもない憎悪が沸き上がっていた。

 正常ではいられない。

 しかしダメだ。

 ロイスが今危険な状態なんだ。

 冷静に……冷静にならなくては……

 その時だった。


「何くよくよしてんのよ! イット!」


 彼女等の更に後ろから声がある。

 皆でそちらを振り向くと、いつの間にかそこにアンジュの姿あった。

 彼女は続ける。


「イット! 迷うことないでしょ! 

その話、さっさと断りなさい!」


 アンジュのいつもの目だ。

 歴戦の冒険者も、政権者にも屈しない強い意志が籠もっている商人の目。

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