第158話 意義の喪失よ
コハルの言葉に俺は照れくさくなった。
何か言おうとしたが言葉に詰まる。
嬉しい。
俺が言う立場ではないと思うが、コハルの為になれたのだと実感した。
とても満たされた高揚感。
何故だろうか。
今までに感じたことのない感情が一気に押し寄せてくる。
その思いがのどから上に向かってくるのを感じた。
「ああ……」
思わず夜空を見上げてしまう。
霞みながらも綺麗な星々がいっそ瞬いて見えた。
「イット、泣いてるの?」
「泣いてない」
「でも、涙が……」
「違う……違うんだ」
悲しい気持ちではない。
「俺は……ちゃんとやり遂げたんだなって、今実感したんだ。コハルを……ここに連れてくることが出来て……本当に良かった」
コハルの言葉で、俺はようやく実感と納得が出来た。
今更かもしれない。
俺の意識が生まれてから、自分の目的を真っ当に達成したこと、それが大きな一歩を踏めたという実感だった。
魔王だって倒していない。
強くなんてない。
だが、そんな人が決めた目的でなく、自分が指し示した目的に到達したのだ。
誰かが決めていたことしか出来ない自分。
そのまま大人になって死んだ自分。
そして、この世界に生まれ直しても変わらなかった自分。
それではダメだと思い、この世界で変わろうともがいていた。
そして……今、ここに立っている。
「コハルと初めて出会い。不安そうな君を見て、逃がしてあげたい、故郷に帰りたいのかもしれないと思っていた」
「……イット」
「ずっと心の内に秘めていた。そして今、思っているだけの自分から抜け出したんだって思えた。嘘で誤魔化さず、やり遂げた自分がいたんだって……ようやく実感できたんだ」
ただ、ここに辿り着いただけかもしれない。だが、それでも俺にとって、50年程経った意識の中でようやく殻を破った大きな一歩だった。
人間の半生をかけて出来た一歩。
本当に……遅すぎる一歩だ。
自分の未熟さに思わず苦笑してしまう。
「……イットいつも沢山やってるよ」
コハルがゆっくりと俺の手を握る。
「私や魔物達を逃がしてくれたし、お店だって建て直した。私やロイス君達を助ける為に命を削ってまで何とかしてくれた」
彼女を見ると優しい笑みを浮かべ、
「イットは十分沢山のことをして、沢山の人に感謝されてきた。沢山の凄いことをやり遂げてるんだよ」
と、言ってくれた。
……そうなのか。
そうなのかもしれない。
今まで何とかするので必死すぎて気がついていなかったのか?
コハルに言われて、いまいち自覚が持てない。だが、コハルが言った言葉だ。
それを俺は信じたい。
「そうか……そう言ってくれてありがとうコハル」
「こちらこそ……ありがとう、イット」
俺達は月明かりに照らされ見つめ合う。
「明日から魔王のいる本拠地へ向かう。コハルも……着いてきてくれるか?」
「もちろんだよ!」
自分で聞いておいて不安になってくる。
「……本当に良いのか? ここから離れることになる。もっと過酷な戦いがこれから待っているんだぞ」
「何言ってるの? 私は最後までイットの隣に居るって決めたんだよ!」
強く決意を示したまなざしで、コハルは俺を見る。
「私はずっと、イットの側にいる!」
こうして見つめ合うこと何てほとんどなかった。しばらくすると、俺は思わず口元が緩んでしまう。
「ありがとう、コハル」
月明かりに銀世界は反射し、俺達は紺色の海の先を見る。
ここから先、俺がこの世界に来た、存在価値を示す時となった。
この世界に誕生した17年の集大成だ。
「明日ここから出発する。それで大丈夫かコハル?」
「うん! 私は大丈夫! お母さんもきっと見守ってくれてるよ!」
俺達は互いに頷き合い決意を固めた。
――ドサッ!!
俺達の後ろで何かが雪の上に落ちる音が聞こえた。
すかさず俺とコハルが振り向くと、雪に人が埋もれていた。
ワーウルフの風貌では無く、マントを羽織った人物だった。
「冷たっ!! 寒っ!!」
聞き覚えのある女性の声。
その人物は飛び起き肩を震わせていた。
フードを被っていたが、隙間から見える顔と声で誰だか判断できた。
「ベ、ベノム!?」
「ベノムさん!?」
王都シバ・ネバカア、スカウトギルドの長ベノムが目の前に現れた。
マントの下は以前地下牢に閉じ込められていた時と同じ軽装で、明らかに寒そうにしている。
いきなりの登場に俺達が呆気に取られていると、彼女は自身の摩擦で身体を温めながら白い息を漏らしながら話しかけてくる。
「やあ、イットにコハルっち、ご無沙汰だったね。相変わらず仲が良さそうで良かった。お姉さんは嬉しいよ」
「ベノム! アンタこそどうしてここに!? というか、どうしてそんな軽装で来てるんだ! 凍えるだろ!」
いろいろ聞きたいが、明らかに寒がっているベノムの方が大変だと思い上着と水筒に入れておいたお湯を渡す。
ベノムに一通り渡すと彼女は遠慮無く受け取りお湯を一口飲んだ。
「あ~、生き返った~」
「それでベノム、何でアンタがここにいるんだ?」
「あーそうだったそうだった……というか君達も何でこんな所に居るんだい? 魔王討伐はどうした?」
「そ、それは……」
質問を質問で返されるが、遠回りしている後ろめたさから口ごもってしまう。フッとベノムは笑うとお湯をもう一口飲む。
「まあ別に良いさ。もう事は済んだし」
「すみません……ん? 事が済んだ?」
「ああうん、さっきまで魔王とロイスの戦いがあってね。見事彼が魔王の首を討ち取ったんだよ」
「え……」
「その時、いろいろ巻き添えを食らいそうだったもんで逃げたんだけど、何やかんやこんな場所に飛ばされてね! 君達が居なかったら凍えてた所だよ! あっはははは!」
笑うベノム、俺達は唖然とする。コハルも俺と同じ口を開けて放心していた。
「ベ、ベノム! 今なんて言った!?」
何とか動揺を振り払い彼女に尋ねる。
「ん? 逃げたって所かい? その方法はね……」
「ち、違う! もっと前の――」
「あははは、冗談冗談!」
笑いながらベノムは俺を見て、悪戯な笑みを浮かべ答える。
「ついさっきロイスが魔王を倒した。後に国中へその情報が伝わるだろうね」
「……」
「この世界の脅威は、勇者ロイスの力で去ったであろう。彼はこの世界を救った新たな救世主となったのだ……って明日の見出しはそんな感じかな?」
俺はベノムの話を黙って聞く。
コハルがおもむろに俺の肩を掴み。
「イット! あの、その……私の……私のせいで!」
「違う!!」
涙目のコハルが何を言おうとしたのかわかったので止めた。
「これは俺の選んだ道だ。コハルは何にも悪くない」
俺はいろいろな感情を抑えながら続ける。
「とにかく、この世界が平和になって良かった。さすが俺達のロイスだ。アイツならきっとやってくれると信じてた」
「イット……」
「何でそんな顔をしているんだコハル。俺達の友達が偉業を成しとけたんだ。喜ばしいことだろ……」
何とか言葉を上塗りしていくが、ドンドンその言葉が自分にのし掛かってくる。
誰もそんなことを思っていないのわかる。
きっと……そのはず。
だが、誰よりも先にそのことに気付いてしまったのは俺だ。
その無機質な現実に、俺は思わず言葉を漏らしてしまう。
「俺は……やっぱり必要なかったんだ」
俺の使命は無くなった。
俺が
そうしたら当然の疑問が生まれてくる。
俺は……
このイットと言う転生者は、
いったい何の為に、この異世界に来たのだろうか?
「それでは転生者イット」
笑みを崩さずベノムは俺を見る。
口調を変えずに俺に現実を教えてくれる。
「ここで、君の冒険は終了だ」
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