第136話 叶わぬ願いよ

 サナエルが説明すると、転生した際に願いを一つ叶えてくれるそうだ。


・転生するに辺り、貴方達の願いを一つ叶えてあげましょう!

・願い?

・はい! 願いを増やして欲しいというのと、願いを叶える権限がほしいというもの意外を叶えるのですよ!


 15年前、この場所で話していた内容が蘇る。サナエルとロイスのやりとりを見守り、確かロイスの身体能力を強化したのだった。

 だからこそ、魔法適正に加えてあれだけの剣術の才を持っている。

 そして、俺は願いを言っていなかった。

 いや……確かロイスを元の世界に返せないか話したが本人が拒否したんだった。

 そして、なあなあのまま話が進んでいったのだ。


「願い……」


 俺の願い。

 俺のほしいもの。


「さあイット! お待たせしたのです! ロイスのような身体能力。伝説の武器。イットの時代にあった兵器。それとも異空間につながった鞄? 何はともあれイットの望む物を言うのです!」

「本当に……叶えてくれるのか?」

「はい! 保留にしてしまった分、誠心誠意込めて叶えますよ」


 俺の頭の中にコハル笑顔が過った。

 大切なもの。

 俺にとっての大切な存在。


「なら……俺の願いは!」




……


………



 俺は願いをサナエルに伝えた。


「……え」


 彼女は驚き、


「ちょ、ちょっと待っててほしいのです。それは上の人に聞かないと……」


 そう言って彼女は目の前から消えると物の数秒で現れる。


「ごめんなさいイット……その願いは叶えて上げられないのです」

「……」


 俺は声を発せられなかった。

 サナエルは悲しそうに答える。


「イットが今言ったお願いは、我々天使達の基準として理から外れた事なのです。我々はこの世界の均衡を保つことが今の役割なので、この世界の有るべき姿から外れてしまう行為は、あってはならないと判断しているのです」


 更にサナエルは強く言う。


「本来魔法も理を歪める悪魔や魔神が持ち込んだ力。しかし、悪魔や魔神に対する対抗手段が魔法と奇跡しか無いのでやむを得なずに適正の高い者を選定しているのですよ。イットの今言ったお願いは、その許容範囲を超える話なのです。この世界……生命の理なのですよ」

「……そうか」


 俺は聞きながら思わず奥歯を噛みしめてしまった。

 冷たい感情が一気に押し寄せてくるが冷静に呼吸を整える。


「……そうだよな。すまない、無理難題を言ってしまって」

「そ、そんなことないですよ! 他の! 他のお願いなら――」


 ……しょうがない。

 所詮は叶わぬ願いだった。

 それだけだ。

 そうこうしていると、俺の後方から黄金の光が照り始める。


「あ! イットの意識が戻ったみたいなのです……」


 サナエルの言葉で理解した俺は椅子から立ち上がった。


「待ってイット! 他の、他の願いなら叶えられるかも――」

「いや、いい」

「でも戦闘力とかを底上げしないと、今後も苦しい戦いに……」

「別に今更そんな力必要ない。ロイスが居れば十分だ。世論や……世界の理がそうなってんだろ」

「え!? で、でも!」


 大人げなく感情的に光の方へ向かった。


「……神頼みは出来ないってことか」


 光へと飲む込まれていく。




 ……




 まるで欲しいものが手に入らなかった子供のようにヘソを曲げてしまった。

 どうしてだろうな。

 何でこんな感情的になってしまったのか。

 生前の俺の方がもっと理性的で人に言われた通りの最善手へ向かうはずだ。

 全く恥ずかしい限りだ。

 ……でも、出来ないと言われた時。

 本当に悲しくなった。

 耐えていたが、絶望……したんだと思う。

 可能性を潰され、俺の心に重くのしかかってきた。





 目を開くとベッドの上に横になっていた。

 朝日が差し込み、風が室内に入ってくる。


「……」


 俺は見覚えのある宿舎の天井を見つめる。恐らく無事戻ってこられたのだ。

 イダンセへと。


「……ッ!?」


 起き上がろうとした時、体中に電気のような痛みが走る。

 それでも無理矢理起き上がり自分を見えると全身に包帯が巻かれ、腕と足は固定されていた。

 そして、左手に暖かい感触がある。

 俺の手の平の腕に優しく重ねるように人間の姿をしたコハルが自身の手を置いていた。

 彼女は床に膝を突き俺が横になっていたベッドへ顔を伏せて器用な体制で寝ているのがわかった。

 俺を看病していたのだろうか。

 身体に痛みが走るが、動けないわけでは無く彼女を起こさないようにベッドから降りようとした。


「待って!」


 寝ていたはずのコハルが、突然俺の手を握る。驚いた俺は彼女へ向き直ると、コハルは今にも無き出しそうな表情で起き上がっていた。何かを言い足そうに、しかし言葉がまとまらないように詰まりながら彼女は言う。


「もう、置いていかないでよ」


 そんな彼女を見て、俺は心なしか安堵する。自分が帰るべき場所に戻って来たのだと初めて思えた。

 前世の世界でも、この世界でも、感じとったことのない心からの安堵感で胸の中に満たされた。

 俺は自分の舌が上手く回らない戸惑いを覚えながらゆっくりとコハルの手を握り返す。


「……わかった。どこにもいかない」








 俺の願い。

 本当の願い。

 今まで考えたこともなかった。

 もう誰にも頼らない。

 この世界に生まれ、この世界で生きた俺の願いは――

 俺自身が叶えてみせる。

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