第122話 空飛ぶステッキよ

 俺はスタッフを扇ぎながら、障害物を注意して通路を飛び回る。

 先程より早く塊を辿ることができ、手に届く距離まで近づけた。

 俺は風をコントロールし、抱えたソマリが懐からナイフを取り出す。


「刺すよ!」


 空中でバランスを保ちながら、ソマリは逆手で持ったナイフを塊へと突き立てる。


「そのまま振り下ろせ! ソマリ!」


 突き刺さったナイフを彼女は振り下ろす。

 後ろを振り向きながらでちゃんとは見えないが、塊に傷が付いたのは見える。

 ナイフのなので入りは浅いが、縦一線に傷が付いている。

 その隙間から、獣の鼻先のような物が這い出ようとしているのが見える。


「コハルちゃん!?」


 ソマリの叫びでその正体が分かった。

 身体をくねらせながら隙間を頼りに犬の姿になったコハルが抜け出ようとしている。


「ソマリ! そのままコハルの身体を支えてくれ!」


 俺は叫び、その指示に従いソマリは徐々に出てくるコハルの身体を支える。


「ソマリちゃん! それに……イット……」


 顔と上半身が出た柴犬のコハルが、ようやく俺達を目視する。

 俺は二人に伝える。


「二人とも、これから減速する! その力で引き抜くぞ! コハルも無理はするな! 痛かったら言えよ!」

「う、うん……」


 コハルの身体を掴むソマリを確認し、スタッフの角度を調整して減速を試みる。

 主に上下に動かし蛇行させるだけなのだが、それが上手い具合にコハルのを取り出す役にも立ち、彼女の抜き出しに成功した。

 コハルの重さも掛かり、空中に着陸した俺達は機動力を無くし、また塊に置いて行かれてしまった。





 とりあえず、一人を救出出来たことに……特にコハルを救出できた事に俺は安堵する。コハルも息を整えながら身体を人間の姿に戻していく。


「ソマリちゃん、イット……二人とも助けてくれてありがとう」

「ウチじゃなくてほとんどイット君のお陰。風の魔法がなかったら追いつけなかった」


 ソマリがそう答える。

 そのままコハルの視線は俺に向かうが、目線が合うとまた逸らされてしまう。

 今はもうそんなやりとりはどうでもいい、俺はコハルに尋ねる。


「コハル、怪我は無いか?」


 そう言うと、彼女は自分の身の回りを確認して返答した。


「うん……でも、荷物はあの糸に取られたままだけど」

「そうか……とりあえずコハルが無事で良かった」

「……」

「……」


 気まずい間が開く。

 何を話せば良いか、コハル相手なのに考えてしまう。そうしていると、ソマリが溜め息をもらした。


「二人とも、今は私情を挟んでる暇は無いんじゃないかな? パーティーが半壊した状態。ウチらは敵本拠地内部で袋の鼠。戻るか進むか、決めるべき所だと思うよ」


 その言葉に俺の頭の歯車が動き出す。

 確かにその通りだ。

 身内であるコハルが助かってほしいという気持ちが先行しすぎたせいで安堵しているが、状況はピンチそのもの。


「そうだな……この場の皆で決めなきゃな」


 俺は二人に向き直る。

 たとえコハルが助かったとしても、俺の考えはここに入った時から変わらないことを伝える。


「俺は、ロイス達を助けに行く。仲間を見捨てる訳にはいかない。この先、どんなに不利で危険が待ち構えていたとしても……ロイス一人で何とかなったとしても、見捨てるなんてしたくない」


 もちろん、ルドとシャルもその中に含まれている。

 どれだけ腹立たしくても、仲間であるという情を捨て去ることは俺には出来なかった。甘いと言われればそれまでだが。


「ソマリはどう思う?」

「ウチは賛成!」


 笑顔で答えるソマリ。

 次にコハルを見る。


「……」


 相変わらず、俺からの質問には答えないが今はそんな場合ではないのだ。


「コハルはどう思う」


 名指し問いかける。

 コハルもロイス達が危ない状況なのはわかっているはずだ。もうこれ以上黙りを続ける訳にはいかない。


「……私も行くよ。皆が危ないし」


 俯きながら答えてくれた。

 暗い彼女を見て、何だかとても寂しい気持ちになってしまう。

 思わず、俺は言葉を漏らしてしまった。


「ごめん……コハル」

「……え?」


 俺も彼女のことが見られなくなっていく。

 見慣れた彼女の姿が、どんどん遠退いていくような感覚が押し寄せてくるのだ。


「ごめん……俺なんかと一緒に来てくれて。気持ち悪いだろ?」

「何……言ってるの? イット?」

「……」


 言葉が詰まって出てこなくなった。

 頭を切り替えて話したくても心が切り替えられない。

 本当に……俺はダメな奴だな。

 男として……

 いいや……人間として終わっている。


「お前も……俺のこと嫌いなんだろ」


 本当に……申し訳ないな。

 俺みたいな気持ち悪い存在に我慢してくれて……今まで、本当に悪かったよ。


「だから、ごめん。だから、もう少しだけ俺と付き合ってほしいんだ……嫌いかもしれないけれど」

「……ッ!!」


 俺がそう言った途端。

 パンッ!! っと大きなはたく音が響いた。

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