第121話 追跡よ
糸は石の外壁に当たりながら奥へと進んでいく。雑にぶつかっていく塊によって埃が舞い上がる。
口を布で塞ぎながら、俺とソマリは追い掛けていく。
「はぁ……はあぁぁ……はへぇぁ……イ、イット君、待ってぇ~」
全速力で走り続ける俺の後方から、いつもの落ち着いた口調のソマリがへこたれた声で追ってくる。
「早く来いソマリ!」
俺は少し立ち止まって彼女の手を引き、塊の後を追う。
塊は徐々に地下へと向かって行っている。
恐らく例の反応が強かった場所へと向かっているのだろう。と、言うことは、この糸はやはり吸血鬼の攻撃。しかし、何なんだこの蜘蛛の糸の様な攻撃は?
吸血鬼と言うから、コウモリに変身し牙で血を吸ってくる怪人男の様な現世のイメージを持っていたが、こんな攻撃法は俺の世界童話には出てこなかった。
当然だが、全てが俺等転生者が想像する通りの存在ではないのだろう。
こんなことになるなら、崖を切り崩すソマリの案を採用しておけば良かった。
「イット君、危ない!」
手を引かれるソマリが反応する。
視界で何とか捕らえている白い糸の塊から人型の物体が吹き飛ばされる。
「うわ!?」
飛んできた物体を避けると、それは落下しグチャッとトマトが潰れるような音が聞こえた。気にする間もなく糸の塊を追跡していくと、通路の壁や床に裸の人間達が倒れており、皆全裸で身体が欠損や半壊した女性達だった。
「なんだよこれ……」
「ここに来た人達の成れの果て? 生きては……いないと思うけど……」
俺の疑問にソマリは返してくれる。
俺達は吐き気と腐臭で口を押さえながら先に進む。
女性の死体達は下へ降りる毎に増えていくが、違和感が浮かんでくる。
「男の死体が無い……」
先程から視界に入ってくるのは乳房や顔の原型でようやくわかる女性の死体だけなのだが、男性の死体らしき面影は見ていない。
異様さを感じながらもちゃんと調べられないもどかしさを感じながら追い続けていると――
「……え?」
前方に、全裸で佇む女性がユラユラと歩いているのが見えた。
糸の塊にはぶつからずに、俺達が側まで行くと突然全裸の女が口を開けて襲い掛かってきた。
「ああああああ」
「うわあ!?」
言葉にならない雄叫びを上げる女は、俺達に覆い被さろうとしてきた。
ソマリの手を引きながら回避し、俺達はその場から離れていく。
「な、なんだ!? なんだったんだアイツ!?」
「わ、わからない……生存者? でも、あきらかに様子が普通じゃなかったよね?」
俺もソマリも混乱しながら止まらず走り続ける。
生存者よりロイス達との合流を今は優先したい。そして、それを考える余裕もなくなっていく。
「ソマリ! さっきの奴等がドンドン増えてきてるぞ!」
前を見ると、生気の無い全裸の女性達が襲ってくる。
性的興奮なんか全く感じ無い。
それよりもパニックホラーのような恐怖を掻き立てられる。
魔法を撃つ暇はない。
ソマリも攻撃する手段に乏しい。
彼女を置いていけば、どう考えても八つ裂きにされて奴等の仲間入りだ。
腰に差していたスタッフを引き抜き、狂った女達を叩き、薙ぎ払っていく。脂肪や筋肉、骨が当たった振動が手に伝わってくるがそんなもの気にする余裕なんてない。
武器を振るう一瞬、視界にソマリが映る。
聖印を胸元で握りしめ、ブツブツと何かを祈っている。
尋ねる言葉を出すには肺活量が足りない。
せめて
一回で良い。
数秒で良い。
足を止めて、魔法を使わせてくれ!
「イット君、手を放すよ!」
「え!?」
ソマリが聖印を掲げる。
『偉大なる祖よ! 歪みの理を示したまえ!』
聖堂にいるように彼女の声が空間に響く。
これはソマリの……聖者が使う奇跡か。
彼女の聖印が瞬くと、女の大群一人一人に1本ずつどこからか現れた光の十字架が突き刺さり、釘を刺されたようにその場に動けなくなった様子。
そう言えば、彼女の奇跡をちゃんと見たのはこれが初めてかもしれない。攻撃手段が乏しいって思っていたけれど、そんなことなかった。
さすがだソマリ。
「
俺は取り出した
「
貰った一瞬の隙で、武器に風の渦を纏わせる。この女の人達が生きているのか死んでいるのか分からない以上傷つけたくは無い。
それを見越して殺傷力が低い風の魔法を付加した。
だが、気をつけなくてはならない。
徐に俺はソマリの腰に手を回した。
「うわ! なに、イット君!?」
「すまないソマリ! ちょっと俺に捕まっていてくれ!」
そう言うと、彼女は理由を尋ねず適当に俺の衣服を掴んでくれた。
それを確認した俺はスタッフを空振りだが横へ思いっきり薙ぎ払う。
「ッ!?」
すると、目の前で凄まじい風圧が爆発するように巻き起こる。
辺りにいた狂人女達は、ソマリの奇跡が解けたと同時に後方へ吹き飛ばされていき壁や天井に激突する。
この風圧は女達だけで無く、発信源である俺達も後方へ吹っ飛ばす。
思いのほか勢いよく俺達は後ろ向きへ飛び、丁度糸の塊のルートを先程より早く進んでいく。
壁に衝突しそうになるも、進行方向に向けてスタッフを払うと風がクッションのよう勢いを相殺し減速して止まった。
「凄いじゃんイット君! こんな便利な魔法があったんだね!」
「ああ、とっさに思い付いたけど、これは意外と使えるぞ」
風の魔法は、それ単体では物体を押し退ける効果がほとんど。戦闘にもあまり不向きであり、ちょっと空中浮遊とかして遊べる程度の魔法だと思っていた。
だが、今この窮地を打開できる代物なのかもしれない。
「ソマリ! このまま行くぞ!」
「了解!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます