第101話 怒りよ
俺は湧き上がる机の前向かう。
「さあ、お嬢ちゃん! 覚悟は出来たか?」
「それはおじさんの方だよ! また負けることになるんだから!」
巨漢男とコハルは手を取り合い試合を始めようとしていた。
「コハル……どけ」
「え? イット?」
手を取る寸前で静止した。
俺の再登場に、皆がブーイングを始める。
男はせせら笑う。
「何だ? お姫様は後ろで隠れて――」
「コハル、早くそこを代われ」
「で、でも……」
「いいから」
「う、うん」
「おい、無視してんじゃねぇぞ!」
席を代わり俺が腕を出した所で、机をバンと叩き、男は間近で睨みを利かせている。
「兄ちゃんよう。テメェが魔法使いであることはわかってるんだよ。ちょっとからかってやってわざわざ見逃してやったのに調子乗ってんじゃねぇぞ」
「元々勝てそうな相手を狙ったんだよな」
「ああそうさ! しかもなよなよなお前等が、上玉の女を連れて仲良くお食事しているから丁度良いと思ったんだよ。そうだ! 決めたぜ!」
巨漢と向かい合わせに座り、俺は手を出すと逃がすまいと強く手を握りしめてくる。
「お前より威勢の良かったそこの巨乳娘、お前の目の前で犯してやる。特等席でな!」
そう言うと、俺の腕に男の全体重が押し寄せてくる。瞬殺を狙ったように身体を傾け男だったが……
「……え?」
間抜けな表情をこちらに向ける。
ギャラリー共も口を開けたまま何も発しない。ロイスもコハルも、後ろの女達も同じ。
「な、なんで……」
巨漢男は叫ぶ。
「何でビクともしねぇんだよおおおおお!」
必死に俺の腕を倒そうとする男。
俺は手に綿毛が付いている程の圧力しか感じない。
俺は何となく、今まで握っていなかった男の手を握る。
――グシャ!!
飴細工の様に握られた手が潰され血が四方に飛び散った。
「いぎゃあああああああ!?」
先ほどまでの巨漢の男から想像できない子供のような奇声を上げる。
「手が!? 俺の手がああああああ!?」
「……悪いな痛かったか?」
「て、てて、てめぇええ! な、なにを……」
「痛かったか?」
もう一度軽く握りしめると、まだ痛覚があるそうで叫びを上げた。
「これはいったい……イ、イット君止めろ! 止めるんだ!」
「さわるな!」
慌てるロイスが止めに入ろうとするが、俺はすかさず静止させる。
「今の俺に触れたら怪我をする。だから近づくな」
「それって……いや、まさか!?」
彼は察したようだが無視して泣きじゃくる巨漢男に顔を向ける。
「本当に悪いな……これは、正義の鉄槌じゃない。モンスターを嬲り殺しにする八つ当たりと一緒なんだ」
夜襲に遭った時のルドを思い出す。
まさにあの時の彼女と今の俺がやっていることは一緒だ。アイツと同じ事をしている自分に反吐が出る。
「ずっと俺もイライラしてたんだ。せっかく頑張って準備してきたのに、役立たずで、何も出来なくて、仲間に気を遣って着いていく日々に……」
「なにいってんだああ!! さっさとはなせよおおお!! おれの……おれの負けでいいから!! ああああああ!!」
「気を遣ってきたけど俺は俺のことがよく分かってきたんだ。少なくとも俺は人格者じゃ無い。ロイスみたいに優しくて自信を持って誰かに接することはできないんだ」
「ひぃ! なにいってんだ! たのむ、たのむよおぉぉ! 悪かったからあああぁぁぁ」
泣きながら許しを請う。
別にコイツの事が特段気にくわない訳では無い。今まで出会ったクソ野郎達より比較的マシだと思う。
たまたま俺が沸点にたどり着いてしまった時にコイツが居ただけだ。
どうなろうと、俺の良心が痛まなそうな手頃なクズが。
俺は口元が釣り上がっていく。
憎悪が心を満たし、くすぐってくる。
人を陥れるのって、こんなに心が掻き立てられるんだな。
更に力を込めていく。
「お前を地獄に……」
「ひぃ!?」
「叩き落とす!!」
男の腕をねじ切る勢いで叩きつけようとした時だった。
バチンッ!!
と、俺の腕から何かが弾ける音と共に皮膚が裂け出血し始める。
「う、あああああああああ!?」
突然襲い来る激痛に思わず手を放してしまった。俺と男は腕を押さえながら二人して床に倒れ伏す。
「イ、イット!?」
呆然とする一同の中で、最初にコハルが声を掛け近づいてくる。
まずい……
「コハル来るな!」
「え!? で、でも!」
「大丈夫……俺は良いから」
傷口を押さえ無理矢理立ち上がり、男のわめき声を背に酒場の外へと向かう。
「イット待って!」
「着いて来るな!」
「!?」
「今は……来るな……」
触れようとしてくるコハルを思わず怒鳴ってしまう。
理由を説明したくても、今俺の身体に触れたらまずいことを伝えたくても痛みに耐えるて外に出ないと、出血しすぎて意識を失うかもしれない。
「ソマリ」
「イット君、その怪我!」
「一緒に来てくれ……傷を塞いで欲しい」
「わ、わかった! それよりも肩貸そうか?」
「俺の身体に今は触るな」
そう言って、俺とソマリは外へ出た。
「――……」
出て行く直後、後ろからコハルの声が聞こえた。
人気の無い近くの路地裏まで来て俺は
「
魔法を発動している間に着いてきてもらったソマリに奇跡で傷口を塞いでもらう。
「イット君、さっきのって……魔法なの?」
「……」
「ねえ、イット君? あんなことする人じゃないと思ってたのに……どうしちゃったのさ……」
「……俺だって、怒る時ぐらいある」
自分でも、あんなに怒りをあらわにしたのは生前でもなかった。
何故あんな奴等の挑発に乗ってしまったのかも今でわからない。
頭がクラクラする。
血が出すぎたのか、それとも疲れたのか。
意識も……もう……
「ソマリ、ごめん……寝る……」
「え? えええ!? ちょっとイット君?」
急激な眠気に勝てず、目を閉じた。
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