第100話 どうでもいいよ

 こめかみに血管を浮き上がらせ、男は俺達を指差す。


「どんなイカサマをした! ぜってぇに許さねぇぞ!」


 何かと思えばただのいちゃもんである。

 ロイスは呆れた表情で言葉を返す。


「イカサマじゃなくて、これが僕とアナタの実力差だ」

「ふざけんな! ガキに俺が負けるわけがない! イカサマに違いねぇ!」


 確かに、ロイスのあの力はサナエルからもらった力で全部が実力かと言われるとそうではない。

 だが、自分の身を守る為に使った力だ。

 一方的な条件を突き付け、正々堂々なんてドブに捨てた様な勝負にいちゃもんを付けられてもな……

 どうするのかロイスの表情を窺っていると、男が言う。


「次はお前が勝負しろ!」


 男が俺を指していた。


「……は? 俺が?」

「ああ、そうだよ! 俺は真剣勝負したいんだ! 今度はお前とやりてぇんだよ!」

「何でだよ。アンタはこっちのロイスに負けただろ。これで終わりだ。アンタらの負けなんだよ」

「誰が一回勝負って言った? それで今度はお前と戦いたいんだよ! 今度こそ真剣勝負でな!」


 何が真剣勝負だ。

 小学生みたいな理由を並べやがって。


「皆、行こう」

「おい、まさか逃げるのか? 俺に勝てないからってビビってんのか? お前は負けを認めたってことになるぞ?」

「そうかい。別にどうでもいい、お前等にかかわらないなら負けでもいいよ」

「ほほう、そうか……」


 頭が痛くなる会話に溜め息を漏らしながら答える。だが、その時だった。


「その巨乳娘を押さえろ!」

「え? ちょ、ちょっと!」


 すると取り巻き達がコハルに掴みかかる。


「コハル!?」


 助けに行こうとするが、男達に阻まれる。男等はコハルの腕を掴むがすぐ振り払い、掴むが振り払う。


「コハルちゃん! 皆、彼女を囲って!」


 ロイスの掛け声で女性陣は彼と共にコハルを庇うように男達の前へ立ち塞がる。

 武器を抜くわけにもいかないが、ソマリ以外なら人間相手に問題ないはずだ。

 皆とは孤立する俺だが、突然襲い掛かって来たことに怒りは収まらない。


「ふざけるな!! 何のつもりだ!!」

「お前、あの巨乳娘に惚れてるだろ?」

「はぁ?」

「わかるぜぇ、アイツに俺の仲間が手を出そうとする時だけ反応が早いからな。俺はそういう動きが良くわかるんだよ」


 ……

 男は俺の目を見つめ口に笑みを浮かべる。


「さあ! お前は俺に負けた以上、あの女は俺の物だ! 今夜はあの胸をたっぷり楽しんでから返してやるよ! はっははは!」

「……」

「どうした坊主? 怖いか? 良いんだぜぇ、ビビって逃げちまってもよ。強い奴から逃げるの賢い選択だからな!」

「耳を傾けるなイット君! 挑発だ!」


 コハルを庇いながらロイスが叫ぶ。


「もう一度勝負したいなら僕がもう一度やる。僕がこのパーティーの代表だ!」

「兄ちゃんはもう良いんだよ。興味がなくなった」

「クソ! 何て横柄な奴なんだ!」


 侮蔑の視線を浴びせるが、男は嬉しそうに笑い俺を見つめ直した。


「何が目的なんだ。俺等に何の恨みがある」

「目的? 冒険者として新米をしごきにきただけに決まってるだろ?」

「……」

「世の中の厳しさを教えてやるつもりだったが、とんだ恥を搔かされちまったぜ。先輩を立てることも出来ない青二才共にはしっかり教育してやるよ」

「……因みにどんな風に」

「あ? ははは、そうだな。まずはお前を潰したら、あの巨乳を酔い潰してこの場で脱がして、たっぷりむしゃぶりついたら犯してやるよ! そうすれば明日にはお前等に返せると思うぜ? どうだ、良い案だろ坊主?」

「ははは……」


 そうかい。

 そうかいそうかいそうかい。

 良く分かったよ。

 コイツはあの幼い頃に殺した城主と同じクソ野郎だ。

 人を人と思わず。

 自分の立場にあぐらをかいて、いたぶって自分の力を保持したがるクズ。

 どうしても、こういう奴は現れる。

 いくら倒しても、コイツみたいな存在が出てくるんだな……

 心底ウンザリするよ。




「待って!!」




 俺達を静止するように声が響く。

 注目が集まる中声の主であるコハルが、俺と男の間に割り込んできた。


「私が相手になるよ!」


 そう言うと、勇ましく腕を机の上に突く。


「私の事だから、私が片を付けるよ!」

「コ、コハル!? 止めろ下がれ!」

「大丈夫任せて! 私の方がイットより強いでしょ!」

「……そうだが、でも!」


 言いかけるが、コハルは真剣な眼差しを俺に向ける。


「私のことを信じてイット。前にイットのことは私が守るって言ったでしょ。それが私の出来る役目だから」


 そう言うと、ウィンクして前の巨漢男へ向き直る。


「さあ、かかってこい変態男!」


 意気揚々と腕を出すコハルに、俺を含め一同は唖然とするがやがて……


「私が守るだあ? だっはっはははー! こりゃ傑作だあ!」


 酒場が笑いで湧き上がる。


「お姫様は兄ちゃんの方だったか! 気に入ったぜ! 良いぜ、お嬢ちゃんと相手してやるよ!」

「お姫様? よくわからないけど、自分の身は自分で守るし、私が出来ることをするだけだよ!」

「気に入ったぜ! なあお前、俺の女にしてやるぜ!」

「え? 嫌なんだけど!?」


 男はコハルに詰め寄り始める。

 場は「やれ! やれ!」と男とコハルの戦いに盛り上がり男の取り巻きも彼等に注目。

 ロイスはというと「相手をするなコハルちゃん!」と静止する。

 ……

 俺は、蚊帳の外になった。

 怒りの気持ちは抱えたまま、その発散する機会を失った。

 確かに俺よりもコハルの方が勝率が高い。

 俺がやるより確実に勝てる。

 そうだ……冷静になれよ俺。

 コハルが俺の前に出たのは正しい。

 俺は後衛だ。

 ここは……俺の出る番では無い。

 そう、俺の役割は付加魔法使いエンチャンター

 仲間の支援をするのが仕事で……


「……ダサ」

「え?」


 声がする方を向くと、先程コハルを庇っていたメイドのシャルだった。

 彼女から声をかけてくることは今まで一度も無かったが、今俺のことを冷たい目を向けていた。


「コハル様……女性に守られて、恥ずかしくないんですか?」

「い、いや……俺は……」

「何ですか? ロイス様は自分から身を挺して守って下さりました。アナタは女性一人に自分の身を守らせて黙っているんですね? 本当にロイス様と同じ勇者なんですか?」

「……」

「……その態度、本当に気持ち悪いですね」


 何でコイツは、俺を責めるんだ?

 確かに男として情けないと言われても仕方ないのは分かる。

 だが、あの男に勝つ勝算は……確か――


「あらシャル、本当のことを言ってはいけませんわ」


 シャルの横に居たルドが笑いながら話す。


「この方は、ただロイス様と仲良くしていただけで、勇者パーティーに入れてもらっただけの役立たずなのだから。本当のことを言っては可愛そうですわ」

「ルド……お前……」


 彼女は完全に俺へ悪意を向けている。

 こんな娘の戯言、気にする必要ない。

 二人は馬鹿にした目で俺を見る。


「申し訳ございませんルドラー様。この方の態度が殿方としてあまりにも不甲斐ないと思ってしまったものでつい」

「仕方が無いですわ。ロイス様と比べてしまえば、器量も何もかも格下。それどころか、世の殿方よりもナヨナヨとしていて……正直ワタクシもこの方は生理的に無理ですわ」

「そう、ロイス様に気に入られているのが不思議でなりませんね。こんなに目障りで邪魔なのに」




・コイツの親、どっちもいなんだってよ!

・捨て子だ捨て子! キャハハハ!


 ……今、関係ないだろ。その記憶は――


・やーい捨て子だ捨て子! アッハハハ!

・お前はいらない子なんだよ!


 うるさい黙れ。

 こんな声を再生させるな。

 止めろ。


・それじゃあこれでお別れだけど、ちゃんとおばさんの言うこと聞くのよ。

・ほんと……いなくなって清々した。


 どうでもいい。

 こんな奴等今はどうでもいい。


・本当に君は使えないな

・存在価値のない無能が何を言ってますの?


 ……カチッ


 ああ……もうどうでもいいか。





「二人とも、それはちょっと言いすぎなんじゃない?」


 俺は顔を上げると、二人の女の横からソマリが口出しする。


「何なのですの? ソマリさんには関係なくって?」

「今のをロイス君に聞かれたら、確実に絶交されちゃうよ。間違いなく」

「ッ!?」

「ね~、シャルちゃんもそう思うよね?」

「……」


 女達はソマリの言葉で黙る。

 笑みを浮かべながら彼女はこちらを見る。


「イット君の判断は正しいよ。力仕事は前衛の人達に任せよう。ウチら後衛はあんなことしなくて良いんだよ。男が女がとか今は関係ないと思うよ」

「ソマリ……」


 ありがとうなソマリ。

 気を遣ってくれて……

 でも、悪いな。


「ありがとう、でも、もうどうでもいいよ……」

「え?」

「そんなに俺を役立たずだって……存在価値が無いって言うなら、お望み通り役に立ってやるよ!」


 俺は誰も立っていない壁へ向き自分の胸に手を当て魔法を展開する。


身体解析魔法ステータス・オープン!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る