第71話 勇者際よ

 俺より若干背が高くなったコハルと肩を並べ、焼いた肉の匂いと共に風を切って歩く。

 満足そうな笑みで彼女は盛大にかぶり付き、肉の油が滴う口元を舌でウィンカーのように舐めていった。


「フフーン、勝利の後に食べる肉串はおいしい! イットも一口食べる?」

「敗北の味を噛みしめろってことか……」


 俺は郊外の林から城内へと戻り、屋台で適当に食事をする。

 あれから五年の月日が流れたが、街並みは相変わらず賑わっている。

 いや、前よりも賑わっている。

 連日お祭りのような活気が溢れている。


「それにしても、今年のは凄いよね。一週間以上ずっとやってるよね」


 勇者際なるお祭りが、この王都シバ・ネバカアで一年に一回開催されている。

 何でもこの世界に現れた勇者を祝すものとして開催しているそうだ。

 アンジュ曰く、この国に勇者ロイスが産まれたということが認知されてからは更に盛大なものとなったらしい。

 だが、それにしても今年はとにかく盛り上がりが凄い。

 理由はすでに分かっている。


「今年でロイスが成人になる。この国の法律上国外へ行き来する自由と身分証の発行。そして冒険者ギルドへ正式な登録が出来るようになったからな」


 敗北肉を飲み込んだ俺はコハルに説明がてら、懐から5年前にもらったギルドカードを取り出す。

 昨日二人で登録を済ませ、正式に俺達は冒険者となった。

 冒険者ギルドに登録を済ませなくても旅には出られるのだが、これが身分証明書になり各国の施設で優遇されることが多いそうだ。

 それともう一つ理由がある。


「そう言えば今日が、が届く日か。だから祭りも盛り上がっているんだな」

「ん? なにそれ?」

「お、おいおい……昨日話しただろ? この国で勇者が魔王退治に赴く際に選抜して同行許可書を冒険者に送る行事が新たに出来たんだ。皆、自分が選ばれるかもってソワソワしているんだよ?」

「んー……ん?」

「えっと……簡単に言うと、ロイスから仲間になりませんかって誘いが来る日なんだよ」

「あー! なんかそんなこと言ってた気がする!」

「だから……昨日話しただろ」


 俺が溜め息を漏らす。

 すると彼女は舌をペロリと見せ、あざとく謝る。


「ゴメンゴメン! 何か難しい話はよく分からなくて覚えられないからさ! 私全部イットに任せてたんだ!」

「お前なあ、俺を録音機器か何かと思ってるんだろ」

「そんなことないよ! イットがしっかり考えて、私が身体を張る。イットが頭で私が身体ってこと! 二人で最強ってことだよイット!」


 ガッツポーズで裏表の無い笑みを浮かべるコハル。

 なんだかんだで、彼女とは10年程の付き合いか。

 こうして二人で特訓を重ね、昔よりも確実に強くなっているとは実感できる。

 お互いの長所を高め合ってきた。


「二人で最強か……悪くないな」


 一心同体。

 生前では考えられない関係だ。

 と、俺が呟くとコハルは目を細め、ニヤニヤとこちらの顔を覗いてくる。


「な、何だよ?」

「べっつにー! もしかしてイット、照れちゃったのかなーって!」

「……は?」

「ま、当然だよね! 私みたいな美人で強い魔物とコンビ組んでるんだから、もっと誇っていいんだよ!」


 茶化すように俺の頬を突っつくコハル。


「それにー」

「それに?」

「何か最近イットの視線がイヤらしいんだよね」

「……はあ!?」


 わざとらしく胸を強調する様な姿勢を見せ、甘い声をだす。


「最近イットって私の胸ばっかり見てない? そんなにこれが気になるの?」


 120と、とんでもないステータスを持つ成長したそれが揺れる。

 スレンダーな体型と相まって俺が視線必死に反らそうとしてもコハルをチラリと見る限り必ず映り込んでくるのだ。


「ねぇねぇ、どうなのイット?」

「ど、どうって……」


 そんな自分の身体をわかっているような顔をして俺をいつものように挑発してくるのだ。最近のコハルは、自分の女の武器を自覚し始めたようで身近な異性である俺をからかうようになってきた。

 いきなり腰を打ち付ける発情期は控えめになってきたが……これはこれで困る。

 この年代になると人間の女の子も反抗期真っ盛りだろうし、そういう年頃なのかもしれない。

 子供なんていたことないけれどな……


「いいから、そういうの止めろって言ってるだろ」

「えー? もしかしてやっぱりイット照れてるの? 可愛い!」


 この小娘相手に言われたい放題言われるのはしゃくだが、正直コハルに取っつきづらくなったのは確かだ。

 身体の成長もあるし、性格も明るいままだが……少し小生意気になったというか。


 これも時間の経過ってやつなのか。


 前は前で大変だったが、こうなると純粋で可愛らしかった彼女が恋しくなってくるものだ。いや……マウンティングをされたくは無いな。


「いいから早くいくぞ」


 俺はコハルの尻尾を軽く撫でる。

 すると彼女は驚き跳び跳ねる。


「きゃ!? ちょっと、尻尾は止めてっていつも言ってるでしょ! しんじられない! イットの変態! 痴漢! 魔物虐待!」 

「あ、そう言えば今日ガンテツさん達が新しい装備品が完成するって話だったな……」

「ちょっと! 無視しないでよイット!」


 小うるさいコハルを引き連れ、俺達は店へ向かった。

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