第50話 ロイスよ

「イ、イット……」


 俺の隣にぴったりくっついて座るコハル。


「……」


 俺達の側に立つ給仕……いや、東京の秋葉原などで見かける様なメイド姿の女性が沈黙しながら立っていた。

 その重々しい空気に俺は姿勢を整え、コハルも警戒したように耳はたたみ、一応バンダナも頭に任せている。

 もちろん服も着せた。

 ここは、とある館の中にある……謁見の間という奴だろうか?

 ロイスと再開した俺は彼に連れられ、この豪勢なお屋敷に訪れている。

 どうやらこの屋敷は、この異世界においてロイスの実家らしい。

 ベノムからの噂の通り、彼は貴族の家系から産まれたのだろう。

 しばらくソファーに座らせてもらっていた俺達に声が掛かる。


「やあ、待たせてゴメンなさい。イットさんにコハルちゃん!」


 部屋のドアが開き、先ほど教えた俺達の名前を呼ぶロイスの声が響く。

 緊張する空気を払拭するように明るい声色で着替えてきた彼は部屋に入ってきた。

 私服のようだが、ピシッと整えられた姿に育ちの良さが窺える。

 彼が俺達を……いや、主に俺を嬉しそうな顔を見せ、向かいの席に座る。


「イット……このロイスって人、友達なの?」


 因みに、コハルとロイスの互いに紹介をした。首を傾げるコハルに俺は唸ってしまう。


「友達と聞かれれば少し違うな……」

「僕はイットさんと同じ転生してきた勇者なんだ」

「そうなの!?」

「うん、僕も微力ながら魔王を倒すために頑張るよ」

「わー凄いんだね! それに格好いいし王子様みたいだね!」

「あ、ありがとう……貴族ではあるんだけど、流石に王子様では……」


 恥ずかしがるロイスだが、さっそく俺は彼にお礼を言わねばならない。


「ロイス君、さっきは奴隷の子と一緒に俺達も助けてくれてありがとう」

「いいえ、困っている人を助けるのは騎士道として当然のことです! それに、あの雷の柱を作り出したのはイットさんですよね? そのお陰で異変に気づけたんです」

「そうか……それにしてもタイミングが良かったな。あの魔法を撃ってものの数分で駆けつけてくれるとは。憲兵達より早くて助かったけど……」

「はは……城門周辺地域は治安が悪いですからね。人身売買や麻薬の取り引きを行っているという話も聞きますし、スカウトギルドのアジトもあるので荒くれ者が集まり易いみたいなんですよ……あ、スカウトギルドっていうのは、僕らの世界で言うところのマフィア……日本的に言うならヤクザってやつですかね? とにかく人気のない所はイットさん達も気をつけて下さい」

「お、おう……」


 嬉しそうなロイスで何よりだが、そのヤクザと繋がりを持ってしまっている身としては少し微妙だ。

 この事は言わない方が良さそうだ。

 俺は続ける。


「そう言えば、あの奴隷の女の子はどうしたんだ? 大丈夫なのか?」

「はい、彼女は僕の方で一時的に引き取る事にしました」

「憲兵に引き受けて貰わなかったのか?」

「ええ、その……実は――」


 少し難しい話だったから簡潔にまとめる。

 王都ネバ間の法律などのアレコレで、国外に関する人の捜索を行うことはしない。

 郊外にある近隣の村であってもだ。

 それこそ冒険者への依頼であり、故に依頼料の払えない子供が両親の捜索をすることは実質不可能だ。

 ただ、国自体何もしない訳では無く身寄りの無い子供は、俺達の居た僻地のガブリエル教会へ連れてかれるようだ。

 そこで両親が引き取りに来てくれることが希にあるが大半は来ることはない。

 ガブリエル教会で育った子供達はいずれ王都建立の騎士学校へ入学し、将来国を支える騎士や憲兵となるのだ。

 しかし、それら全て運が良ければの話だそうだ。

 教会でも抱えられる子供の数は決まっている。国の支援だけでは賄いきれないこともあり、その枠から溢れた子供は……国外追放される。

 それは語らずとも想像できる。

 のたれ死ぬということだ。


「なので憲兵ではなく、一時的に僕の方で預かるようにしているんです。彼女が落ち着いたら身寄りがいるのかを確認し居なければ教会の枠が開いているかの手配をするんです」

「……偉いな。その年でそこまでのことをしているのか」

「は、はい! まあ、僕だけの力ではありませんが。この世界の両親……いや姉達もいるので家族ですね、家族はその……僕に甘いというか……何というか……」

「甘い?」

「はい……僕が現在この家系のフリュート家の長男で、跡取りというのと……転生してきたことを伝えたのもあって大喜びしてしまって……」


 どうやら長男として産まれたロイスは、この国王直属の騎士家系、そしてそれの跡取りとなり、更にはこの世界を救いに来た転生者であることも打ち明けた。

 いろいろな要素を取り入れすぎた存在になったそうで。

 そうなったら、そりゃあモテはやされない訳がない。


「そ、そうか」

「は、はい……だけど、自惚れしないようにと心がけています。僕はこの世界を救う為に来た勇者なんだ、って日々精進を欠かさないように心がけています!」

「へー……もしかして仮面を被って現れたのも自分が勇者であるという一環なのか?」


 それを聞くとロイスは顔を少し赤くする。


「ま、まあその……そんな感じ……です。治安が悪いと巷で噂となっていましたから。微力ながら、僕も何かをしたかったんです。自分の正体がバレない為の変装なんですけど」

「何恥ずかしがっているんだ? 素晴らしいことじゃないか」

「ありがとうございます! 天使様に頂いたせっかくの力ですから善行に使いたかったのと……生前は、勇者とかに憧れていたのもあるかもしれませんね……」


 照れるロイスに俺も頬が緩む。

 初めて会った時から思っていたが、彼は人格者だと感じていた。

 その予想通り彼はこの世界に来てからも善人として活動していた。

 少なからず、俺の中で彼に対する嫉妬心はあったのは認める。

 だが、それ以上に俺は彼への尊敬の念を生前から持っていた。

 そして、尊敬する彼が善人であったことに、俺は安堵し嬉しい気持ちでもある。


「それにしても、ようやくこの世界で会えましたねイットさん! 10年ですよね?」

「ああ、そうだな。何とか生き延びるのでやっとだったよ」

「そ、そうだったんですか。いったいイットさんは今まで何があったんですか?」

「いきなりそれを聞いてくるとは……」

「え? す、すみません。こうしてまた会えたのが嬉しくてつい……」


 その気持ちは分かる。

 俺達は同じ使命を与えられた仲間だ。


「……まあ、話せば長くなるんだが」

「はい! 是非話を聞かせてください! 積もる話もあるかと思って、だから僕の家に呼んだんです!」

「お、おう!」


 俺達の経緯も話した。

 俺は親に捨てられ地下牢で閉じ込められた経緯。コハルと脱出した経緯。脱出後街外れの教会で過ごしていたことなどをだ。

 ただ、商業ギルドのあの城主の件やベノムとの繋がりは伏せて話した。

 いろいろ面倒くさそうだからな。

 コハルの紹介も住んだ所で、ロイスは真剣な面持ちでこちらを向いた。


「イットさん!」

「な、何だ?」

「助けに行けず、申し訳ございません!」


 勢いよくロイスは頭を下げる。

 少し涙ぐんでいるようにも見えた。


「い、いや! 何でロイス君が謝っているんだよ! 別に君が悪い訳じゃ――」

「そんなことありませんよ! イットさんにコハルちゃん、お二人とも大変な目に遭っていたのに……僕はずっと何不自由なく甘やかされてきて」

「それは運だ。産まれる親を選ばせないあの天使が悪い。確かに俺達も最初はしんどかったが、教会に入って快適に育ててもらった。だからそんなに自分を攻めるなって」


 すみませんと、涙を拭うロイスに俺はもう一つ注意する。


「あと、俺の事はイットって呼び捨てで良いよ」

「え? でも……出会った当初、貴方は大人で僕は子供でしたし……」

「今は同い年ぐらいだろ? 生前のことはもうこの際抜きだ。これから一緒に魔王を倒しに行くかもしれないしな」

「イットさん……」

「だからイットだ」


 すると、俺達の様子をしばらく見ていたコハルが勢いよく手を上げた。


「私も呼び捨てで良いよロイス!」

「コハルちゃんまで……」

「だからコハルだってば!」


 俺は思わず笑ってしまった。

 ようやく事情をちゃんと理解し合える人物に出会えて、ほんの少し安心したのかもしれない。

 俺達の様子を見たロイスも笑顔を作る。


「そしたら二人共、僕もロイスと……呼び捨てて呼んで下さい!」

「ああ、ありがとう。改めてよろしくな、ロイス!」

「よろしくね! ロイス!」


 その後、俺達はいろいろと話し合った。

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