第45話 街探索よ

 行き交う商人に、冒険者と思わしき風体の人々、亜人。

 立ち並ぶ店に、どこから漂ってくる香ばしい料理の匂い。

 俺達は王国シバの大通りを立っていた。

 馬車とすれ違った所で、また改めてファンタジーの世界へ来たんだと実感出来る。


「凄い人が居るよ! いろいろお店もある! ねぇ見てイット! あっちに武具屋さんあるよ!」


 バンダナを巻いたコハルは、興奮気味にキョロキョロと見渡していた。

 俺もコハルの気持ちが分かる。

 もの凄く冒険心をくすぐる街並みに、俺の奥に沈んでいた少年心が目を覚ましていた。

 俺達はこれから今すぐに冒険をする。

 そんな感覚が勝手に産まれて来るのだ。


「イット! あっちに行ってみようよ! 良い匂いがするよ!」

「え? お、おい、コハル!?」


 無邪気な笑みを見せるコハルは、俺の手を握りいきなり駆けだした。


「……」


 俺は手を引かれながら、楽しそうなコハルの後ろ姿を見る。

 女の子に、こうやって手を引いて貰ったことが生まれて初めてだった。

 そう言えばこんな青春みたいなこと、生前ですらしたことなかった。

 何だか凄く……照れくさいな。


「イット! 何これ美味しそうだよ!」

「ん?」


 コハルが屋台の前に立ち止まる。

 煙と共に肉の焼ける香ばしい匂いが、腹に入ってくる。

 焼き鳥にも似ているが、厚い肉がいくつも刺さった串焼きだった。


「何だ嬢ちゃん達、食いてぇのか?」


 屋台のおじさんが訪ねてくる。

 するとコハルは涎を垂らしながら目を輝かせた。


「食べて良いの!?」

「1串、4Gだ。うまいぞ~」


 滴る肉汁にコハルの心は奪われていた。


「どうしよう! どうしようイット! どうしよう!」


 混乱するコハル。

 欲しかったら買えば良いだろう、と言いたくなったが、そう言えばコハルが自分の金を払うという行為がそもそも初めてなのかもしれない。

 仕方ない。


「いつもお店で、お客さんがやってるようにすれば良いんだよ。おじさん、1串」

「はいよ!」


 俺は袋から4Gを渡し、焼きたての1串を受け取った。


「コハル覚えたか? ほら」


 俺は買った串をコハルに手渡した。

 キョトンとする彼女は問いかけてくる。


「で、でも、これ……イットが買った奴……」

「いいよ。買い物の練習みたいなやつだし、俺はお腹空いてないから……」

「でも……いいよ……私、自分の買うよ」

「良いから食べろって。いつも一生懸命頑張ってるのは見てるからこれくらい奢ってやる。それに……」


 少し格好を付けすぎているかもしれないが、これぐらい彼女にしたってバチは当たらないだろう。

 コハルには、感謝している。


「その……いつも一緒に居てくれて、その、なんだ……ありがとう……」

「イット……」


 もの凄く恥ずかしかった。

 こんな風に、誰かに感謝するなんて今までなかった。

 気持ち悪がられるかもしれないけれど、とりあえず感謝の気持ちを伝える切っ掛けが出来て良かった。

 そうこうしていると、串屋のおじさんが咳払いする。


「店の前でイチャつかれると困るんだ。早く違う所に行ってくんな」

「す、すみません!」


 更に恥ずかしくなり、コハルの手を掴みその場から逃げるように去った。


「こちらこそ、ありがとう! イット!」


 引っ張られるコハルを見ると、幸せそうに肉を頬張る彼女の姿があった。







 いろいろ店や街並みを見回って、雑貨を買いつつ分かったことがある。

 この国で流通している1Gは、日本円で考えると100円ぐらいの価値だと思う。

 食堂の食事が7から10G。

 ナイフは10G。

 服一着が20から50G。

 家具なんかは100G以上。

 宿泊費は安くて一日約40G。


「つまり、俺達の売っているショートソード1本は、8500円なのか……」


 凄く絶妙な値段だ。

 サラリーマンなら難なく買えそうだが、絶妙に高い金額。

 それに防具を揃えていくと、何万円とかさんでいくのだ。

 しかも消耗品に近い、修理費も馬鹿にならないし冒険者達は大変だ。

 この前のクレーマーが値段交渉してきた理由も何となく分かる。

 ガンテツさんが俺達にくれた100Gも1万円と考えると子供にしては確かに大金だ。


「と言うことは、この前のロジャースさんが買っていった1200Gの兜って……」


 単純計算で……12万円。

 そんな物をあのノリと勢いで買っていくなんて……つまり相当稼いでいるということだ。稼げる人は稼げるんだな、冒険者って。


「どうしたのイット?」


 先ほど買ったアイスのようなお菓子を頬張るコハルが近づいてくる。


「いや、この前ウチにきたロジャースさんいるだろ?」

「あ! あのおじさんだね!」

「ああ、あの人実は凄い大金持ち何じゃないかなって思ったんだ」

「そうなのか! 確かに高い冑を買ってってくれたもんね!」


 金持ちの財布の紐を緩めたのだから、コハルも十分凄い。


「コハルは、商売の才能あるのかもな」

「え?」

「だって、俺より良く売ってる。怖がらずに初めての人に話しかけられるなんてたいしたもんだ。初日で1200Gを売ったのもあるしな」

「そうかな? えへへ!」


 口元にアイスを付けながら喜ぶコハル。

 先ほど買ったハンカチで口元を拭ってやる。コハルはお礼を言いながら話を続けた。


「でも、アンジュちゃんとイットが側に居るからだよ」

「俺達が居るから?」

「そう! 二人が居るから安心してお客さんとお話しできるんだよ! アンジュちゃんとイットのお陰だよ!」


 そう言ってくれると、俺も嬉しいよ。

 たとえお世辞だったとしても、自分が役に立てているのかもしれないと思えると、ほんの少し心が締め付けられるような感覚が産まれる。

 悪くない感覚だ。

 自分がここに居て良いと肯定されたような、そんな感覚だった。

 ありがとうコハル。

 優しい子に育ってくれて、俺は嬉しいよ。

 この子はちゃんと幸せに生きて欲しいと心から思う。

 ちゃんと俺が育てなければな。


「……イット」


 それは突然だった。

 先程まで笑顔だったコハルが急にクンクンと宙の匂いを嗅ぎ始めたのだ。


「どうしたんだコハル?」

「……何か変な匂いがする」

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