少年期編

ボーナスステージ:休息と勉学の教会

第31話 マウンティングよ

 俺達はあの脱出劇の後、ベノムによってとある教会へと連れて行かれた。

 そこは身寄りのない子供達を引き取り、独り立ちさせる孤児院施設のような所だった。


 ベノム曰く「とりあえず、ここでいろいろ勉強させろ」と、教会に押しつけたそうだ。

 教会の神父さんやシスターさん達も、またかといった表情で溜め息を吐いていたのを覚えている。

 後から聞いた話だが、ここの子供達の半分程がベノム率いるネバ王国スカウトギルドの人達が助け出した子供達らしい。


 だが、ぞんざいには扱われなかった。

 しっかりと衣食住が提供され、魔物の子であるコハルも神父様達は受け入れてくれた。それどころか、この世界の文化や成り立ち、そして文字の読み書き、更に勉学への興味がある子供は教会の書庫を使用して良いという至れり尽くせりだった。

 ここは天国か?

 いや、教会だ。


 そんなこんなで俺とコハルは今までの地下牢とは一転、小さな問題は多々あるが、昔と比べれば恵まれた環境にいる。

 ああ……普通は素晴らしい。

 最高だ!


 そんなこんなで、もう10歳ぐらいか?

 ぬくぬくと身体は育っていきあれから6年が経つ――











「……」


 教会の二階。

 書庫である。

 窓際で俺は頬杖を突きながら、穴が開くほど目を通した「魔法学の基礎」と書かれた厚い本を読んでいた。何かこう見ると頭が良さそうに見えるだろ?

 でも実際は、そんな小難しいことは書いていないんだよな……

 例えるならそう、ゲームの攻略本を眺めている気分だった。

 あ、簡単そうな魔法があるから今度試してみよ。

 みたいな軽いノリで魔法を覚えていった。

 文字を覚えるのは一苦労だったのだが、この世界の魔法に関してはスラスラと覚えていける。本当にゲーム感覚だ。これも勇者の魔法適正とやらのお陰だろうか?

 右から左に文字を追い一頻り目を通し本を閉じた。


「はぁ……さすがに、同じ物を読むのは飽きるな」


 そう、些細な問題の一つはこの書庫にある本の数が少ないのだ。

 いや、少ないと言っても小学校の図書室ぐらいには大きさがある為本も多いのだ。だが、本の入れ替えもほとんど無い、更に魔法に関する本で絞ると流石に見る物がなくなってくる。


「イットオオオオオオ! 遊ぼおおおおおお!」


 窓の外からコハルの声がする。見るとワンピース姿のコハルが、木の上から手を振っていた。本も飽きたし魔王対峙の体力作りをしよう。

 俺は席を立った。







 1階に降り教会前広場へ出ると、子供達がゴム玉を蹴り合いながら待っていた。


「イットが来た! 一緒にサッカーやろうよ!」


 この世界にもサッカーという名称のスポーツがある事実は当初驚いたが、ひとまず置いておこう。

 地下牢から出た後、人間姿のコハルも随分大きくなった。

 いろいろと……

 身長は俺よりも少し高いかもしれない。

 女の子はやはり成長が早い。

 尖った犬の耳も大きくなり、更に大きく見える。俺は胸元を見て、成長具合に満足してしまう大きさだ。

 まだ発展途上だが、こちらもこれから大きくなりそうな兆候を感じる。

 俺は嬉しいよ。

 そうこうしていると孤児の子供達が俺を見ながら「えー」と不機嫌そうな顔を見せた。


「イットかよ、いらね。お前等のチームな」

「はあ? こっちもいらねぇよ! ざけんじゃねえ! ならコハルちゃんを俺と同じチームに――」

「やったー! イットと同じチームだー! 頑張ろうねイット!」

「……ッチ!!」


 もう一つの問題はこれ。

 コハル以外の小僧達は、俺のことを邪険に扱う。俺は元気で生意気な子供達に嫌われている。

 その理由は簡単だった。

 この教会で教わる勉強は、ほとんど成績優秀。問題の内容が小学生レベルである。

 なんたって中身はオッサンだからな。

 運動もそれなりに出来る。

 やはり、知識的に身体の動かし方や概念を分かっているせいだろうが、一番は生前の自分と比べて身体が軽い。身体が思い通りに動くことが何より楽しい。

 やはりこの言葉に限る。


「ああ……若いって、やっぱり良いな」


 身に染みて分かる。

 何よりも、この動ける肉体と健康な身体は宝だ。そして、嫌われている極めつけの原因は――


「イーット! ウフフー呼んでみただけだよー!」


 俺の周りを楽しそうに纏わり付いてくるコハル。彼女は、あれからずっと俺と共に育っていき地下牢に居たときよりもずっと長く一緒だった。

 地下牢で助けてもらった恩を感じて、このように好いてくれている。

 そう、この成長盛りで顔も可愛いい犬耳少女からデレデレとされる慕われっぷりが、周りのから反感を受けているのだ。

 正直に言おう。

 気分が良い!

 生前の鬱屈した小学生時代と比較にならない優越感!

 この優越感に比べれば、子供からの嫉妬なんて対した問題では無い!

 まあ……人間関係を築けないのは後々問題になりそうだが……


「イット……はぁはぁ……なんか、急に変な気持ちになってきちゃったよ……」

「……はっ!? コハル、またお前まさか!?」

「イットオオオオオオ!」


 突然、コハルが顔を赤くし息を乱れてきたと思いきや、いきなり俺を押し倒した。

 うつ伏せになった俺に、覆い被さるようにコハルが乗りかかる。

 そして、あろうことか健全な子供達の前で腰をガクガクと振り始めた。


「イットオオオ! 腰が、腰が止まらないよおおお! わおおおおおおん!」


 調べたのだが、ワーウルフは短命な種族らしい、一般的に今のコハルぐらいの年齢で成人として扱われるそうだ。

 最近彼女にも発情期が来てしまったようで、突発的にスイッチが入ったように醜態を晒してしまう。

 これが、最近増えた問題の一つだ。

 光景を見た少年達は股間を押さえて……


「お、俺……便所行ってくる!」

「お俺も!」

「く、クソ! 覚えてろよクソイット!」


 耳まで顔を赤くして立ち去っていく。

 遠くでは少女達が、俺達を見てヒソヒソとあらぬ事を噂しあっている。

 誰も助けに来ない。


「おいコハル! いい加減どけって! またシスターが来て説教されるだろうが!」

「はぁはぁ……うおおおおおおん! イットオオオオオオ! おかしくなるうううううう! こんなことイットにしたくないのに!! おほほおおおおおお!」

「おい誰か! 誰か助けてくれええええ!」


 ただ腰を打ち付けられているだけで痛くはないが、コハルの押さえ込む力が引き剥がせない。

 ワーウルフの力は強い。

 コハルの年でも中の筋力を持っており、今の俺に逃れるすべはなかった。

 これはコハルが収まるまで待つか、シスターが助けに来るのを待って、また女神の元で下品な真似は止めなさいと俺も一緒に説教を受けることとなるのだ。

 ああ……こういう所がなければな……


「おい君達! 公然で発情しあってるんじゃないよ!」

「きゃん!」


 コハルの尻を軽く蹴り飛ばす女性がいた。

 ラフな格好のエルフの女性。

 あの時の姿とは打って変わって農婦のような姿をしたベノムが立っていた。


「ベノム」

「あ、ベノムさんだ! こんにちは!」

「シッ! だからここでその名を呼ぶな。今はキャシーだよ」

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