第25話 巨体よ

 皆の力、そしてベノムの驚異的な支援によって館の外と中の兵士達を無力化していった。そして、問題の館三階へとたどり着いた所で、ベノムは足を止めた。


「……」

「ベノム?」

「妙に静かで……何か嫌な予感がした」

「兵士達は全員倒したと思うし、城主が身を潜めてるとか?」

「あっちに何の策もなければそうだけど」


 俺とベノムが話していた時だった。



「イヤ……もう……止め……」



 微かに女性の叫び声が響いてきた。

 それにすぐ反応を示したのは、コハルだった。


「あっち! あっちから蛇のお姉さんの声がした!」


 コハルは小さな耳を立てて、音の向きを示した。


「それって……もしかして、マチルダ!?」


 俺はいてもたっても居られず、コハルと共に三階の廊下を走った。


「あ、待ちな! 罠かもしれない!」


 ベノムの一言に我へ返った俺はコハルを制止させる。


「そ、そうだった……ゴメン」

「ったく、止まっただけ良かったよ。此処は天井が高くて吹き抜けだ。さっきまでの天井から奇襲は困難だね」

「なら、屋根を崩壊させれば……」

「そしたら君の大好きなラミアもペシャンコになるかもよ? 状況を見なければ、安易にパワープレイは出来ない」


 ベノムの言うとおり、ここでこそ落ち着くべきだった。

 俺は息を整え頷いた。






 マチルダの声を辿っていく。

 時折、悲痛な叫びが聞こえ胸を締め付ける。冷静でいなければと自分に言い聞かせるが、声が近づくにつれて早く助けたいという気持ちが抑えられない。


「ここだね!」


 コハルの導きに、俺等はとある部屋の前についた。

 部屋の中から更に聞こえてくる。


「……もう、満足したでしょ。ゴホッゴホッ……いっそ殺せば……いいじゃない」

「ククク、何を言っているんだ? この片目の分までたっぷりと時間があるんだ。事切れるまでお前で遊び尽くしてやる。バラバラのガラクタになるまでな!」


 耳を澄ますと城主の声と、そして息絶え絶えのマチルダの声が聞こえてきた。そしてまた、彼女の悲痛な声が響いてくる。


「マチルダ……今助けに行くから……」


 意を決して居ると、魔物達の様子がおかしいことに気付く。


「ここは……」


 魔物達の表情が強張っていた。その内のケンタウロスが言葉を漏らした。

 気になり、小声で話を聞いてみる。


「この部屋ってなに?」

「……ここは、城主の元に連れて行かれ夜伽を……いや、拷問を受ける部屋だ。奇っ怪な拷問器具と……それと……」


 言葉が徐々に淀んでいく。自身の恐怖を抑えるように自分を抱えていた。


「あ、あの……無理して言わなくても……」

「いや、情報を伝えなくてはな……部屋は広いが窓は無い。密室だと思う。そして、魔物が一体いると思う……」

「魔物!?」


 対して今度はミノタウロスも口を挟む。


「あー、アタシもソイツに犯されたことあるよ。ここの城主の召喚獣なのか、アイツの指示に従う身体もアソコもデケェ奴だった」

「そ、そうなのか。その魔物はどんな姿なんだ?」

「さあな、ソイツの相手をする時は目隠しされてたから姿は分からん。だが、アタシみたいな大型の魔物を片手で掴み上げる位の大きさと怪力だ。言葉は通じなさそうだったかな? アタシもソイツから玩具みたいにされたよ。さすがに、ぶち込まれた時は死ぬかと思ったわ」


 飄々ひょうひょうとした態度で語ってくれたが、少しこの子は羞恥心みたいな物が足りていない気がする。

 価値観の違いだろうか。

 ミノタウロスの話を聞いた一同の反応は様々だった。その巨体の魔物を知っている者と知らない者がいた。知っている者の共通点は、人間よりも頑丈な身体の女の子であること位だった。

 たぶん、あの城主が巨体な魔物のそれを受け止められる子を選別していたのかもしれない。彼女達の話を聞き、今度はベノムが話し出す。


「城主がこの部屋の中に居る。あのラミアも絶賛拷問中。巨体な魔物は見当たらない……」

「分かったのか?」

「……下で私達が派手にドンパチして、城主は、ここにこもって遊んでる場合なのかって思うのさ。単にマジで気付いていない馬鹿なのか、それとも兵士達がやられる訳がないという慢心」


 そして、ベノムは考え込むように続ける。


「最悪なのは、この中に侵入されても問題ないと思われているのかだね。つまりその巨体魔物が護衛している可能性さ」


 彼女は、魔物達全員に訪ねた。


「今までは上手く行っていたが、この先の対策が取れない。総力戦になると思う。本当に誰か死ぬ……もしくは全滅する可能性もあるよ。私も守り切れない場面が出てくる。それでも君達は行くのかい?」


 その問いに、皆は緊張の面持ちを見せながら全員頷く。

 そして、俺も頷き皆に感謝した。






 俺達は意を決して扉を開くことにする。

 戦えない子達は部屋へは入れず、後方の見張り役に置いた。

 しかし、あまり離れると助けにもいけない為、部屋の近くに待機してもらった。

 ゆっくり様子を開けるとムワッと籠もる空気が流れてきた。

 部屋は広く、所々に使用方法不明な鉄の道具が設置されていた。

 マチルダの吐息が木霊していた。

 警戒しながらそちらに目を向けると、男と目が合った。


「いやー、君達。換気どうも。この部屋はとても暑くなるんだ」


 そこには煙草を咥え、服を着ていない裸の城主がいた。

 汗と血を垂らしながら中年太りの肉を見せつけられ、片目に火傷をおいながらも清々しい表情で俺達を歓迎する。


「……うぇ」


 城主の姿を見たベノムは咽せる。その様子を見て男はおやおやと訪ねてくる。


「やあ、イット君! 来るのを待っていたよ! 君みたいな勇者は私の元に来てくれると信じていた! おやおや、何やら可愛いエルフのお嬢さんが増えているね? 下がうるさいと思っては居たが、まさか来訪者か」

「そんなことより、マチルダは何処だ!」


 俺の言葉に城主はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


「彼女なら私の後ろさ」


 彼はわざと隠していたのか横にズレて見せた。そこには……


「マ、マチルダ!?」

「……イット」


 そこには、十字架の様な台座に貼り付けられた悲惨な彼女の姿があった。

 右腕が切断され、左手も指が折られたように曲がり、左目は焼けただれていた。

 蛇の尾である下半身には剣が刺され力なく垂れていた。

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