第23話 心からの感謝よ
唖然とする中で先ほどとは別の魔物、他の魔物の子より体格の良いミノタウロスの娘がベノムの胸ぐらを掴む。
「てめぇ……それは取り引きとは言わねぇ。アタシ等に選択肢がないじゃねぇか。それは脅迫だろ!」
『そうだね。でも、それを提案したのは張本人のこの子だよ。殺してくれって懇願したのもね』
「はぁ!?」
一斉に俺へ視線が向く。
「イットが!?」
『それだけ、あのラミアを助けたいって気持ちがあるんでしょ?』
「だ、だが、失敗したら殺されても良いってなんだよ!」
『それだけ、本気ってことじゃない?』
「違えよ! 何でお前も承諾したんだよ! 言ってるのはまだ尻の青いガキだろ! アンタは何で同じ人族の子供を殺すことを受け入れてんだ! 人間って奴はやっぱり正気じゃねぇのかよ!」
『ははは、魔物に正気じゃないと言われるとはね。面白いよ本当。けど、コイツを殺す事にメリットがあるから受け入れた。もちろん君達にもあるんだよ、メリットがね』
「どういう意味だ?」
胸ぐらを掴んだ手を引き、ベノムは話す。
『イット……コイツは、この世界の女神であるガブリエルの配下だった新世代女神サナエル。その従者なんだよ』
ベノム言葉にキョトンとする者や唖然として固まる者と様々。
彼女は更に続ける。
『こう言った方が簡単か。君達魔物側でも魔王を倒しに来る勇者の逸話は聞いたことないかな? もう何世代も同じ事が続いている話だからね。異世界からの転生者、魔王を倒しにきた勇者って言われてるやつだ。つまりこの子は君達の敵ってことだよ』
皆が完全に固まってしまった。
更に困惑させてしまうかもしれないが、俺からも言う。
「ベノムの話していることは本当なんだ。オレは……信じてもらえないかもしれないけど、こことは別の世界から来た。魔王を倒してくれって使命をもらって……皆を騙していたんだ。その……ごめん……」
言っても信じてもらえないと思っていたのもある。だが、薄々感じていた。
俺は……魔王を倒さなきゃいけない使命を持っている。
その上で、その配下の魔物達とも対立することは避けられないのだ。
と言うことは、いずれこの子達とも戦わなくてはならない日が来るのかもしれないと……その真実を聞いた魔物達は混乱した。
「そんな……イット君が……」
「し、信じられん……勇者だったなんて……」
「う、嘘だ! 証拠は! 証拠はあるの!?」
慌てふためく魔物達に被せるようにベノムが答える。
『その証明はこちらで確認しているよ。勇者でなきゃ知らない情報を一発で答えてくれた。それに君達にも目に見えて分かるのは魔法適正の高いこと。あまりにも高すぎる。勇者の気質の最低条件に魔法適正の高さは歴代の勇者にあったが、コイツの魔法展開速度はそれに匹敵していた。本来の人間は、この年齢で魔法なんて使えない。魔物でもこの幼さでは難しいだろ?』
本当にベノムは何者なんだと思う程、強気で言い切る。
勢いに押されたのか、皆は納得したように感じた。
それにベノムは頷き話を続ける。
『それじゃあ改めて君達に答えを聞くよ。あのラミアを救うのか? それともリスクを回避し、それでいて君達の宿命の敵である勇者も殺すのか? 時間が無いから多数決で決めようか』
皆を危険に巻き込む訳にはいけないし、マチルダを救うのは俺とベノムだけの力では難しいかもしれない。
今の俺が思い付く最善策だ。
しかし、逃げ道も作った。
死ぬかもしれないリスクを背負いたくない者だっているはずだ。それは攻めることの出来ない当然の感情。
だから俺の素性を晒し、勇者の命を断ち切るという大義名分を出した。
魔物として、勇者の命を奪うのは当然のことだ。
だから、俺は……自分のわがままへの責任を持ちたかった。
大切な人の命と、大切な人達の命をかける天秤に、俺も逃げずに乗っかる為に……
「私はマチルダもイットちゃんも助けたい!」
ベノムの言葉の後、一瞬で一人手が上がった。マチルダの向かいの牢屋にいたハーピーの子だった。
「マチルダには沢山お世話になったし励ましてくれた。私は本当に感謝してるよ! それに!」
ハーピーは俺に近づき柔らかい両手の位置にある羽毛の生えた羽で抱きしめる。
「イットちゃんも私に勇気をくれたんだよ」
「え……俺が?」
「うん! どんなに辛くて心が潰されそうになっても、私に話しかけてくれた。励ましてもくれたし、傷つけても許してくれたでしょ!」
「い、いや……オレは大したことなんてしてない。皆が可愛そうな境遇だから、少しでもと思ってただけで……」
「それだけ……何かじゃないんだよ」
俺の瞳を覗き込むようにハーピーは真っ直ぐ見つめる。
「私の好きな歌と同じだよ。心を込めた声は、誰かの心に届くの。イットの励ましてくれた気持ちは、ちゃんと私にと届いているんだよ。君にとっては些細なことだったとしても、凄く嬉しかったんだからね!」
ハーピーは振り返り魔物達に伝える。
「イットちゃんが勇者で魔王の敵だとかどうでも良いよ! 私は私の命を……心を支えてくれた二人を助けたい!」
その言葉を追うように一つ、また一つと手が上がっていく。
「私も二人を助けたい」
「助けたい!」
「そもそも、選択にすらなってないだろ」
そして、全ての魔物達の手が上がった。
俺は正直焦った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ皆! 協力してくれるのは嬉しい。でも、自分の命を危険に晒すことになるんだ! もう少し慎重になって……」
「グジグジうるせえぞイット! チ○コ付いてんだろうが! ゴラァ!」
ミノタウロスの娘が言葉を遮った。
「ここの手を上げた全員、お前等に命を賭けても良いって思った奴らだ! アタシ等にとってマチルダも、そしてイット! お前のことも、その……好きだからだよゴラァ!」
彼女に続いて、魔物達は賛同する。
そして、横に居たコハルが突然俺の手を握った。
「え?」
コハルは俺の手を無理矢理持ち上げ、自分も一緒に手を上げた。
「さんせーい! 私もイットと、あの蛇のお姉さんのこと助けたい! 一緒に助けに行こ!」
ご機嫌なのか下から飛び出した尻尾を振るコハル。そして、ベノムはポンと俺の頭に手を置いた。
『満場一致だ。良かったね』
「……」
正直、俺は皆のことを見くびっていたのかもしれない。
誰だって、死ぬのは怖いはずだ。
誰かの為に命をかけようなんて普通は思わない。
大切な人では無い限り。
「皆……バカだ……こんなオレなんかのことを……」
◇俺は、ここの皆が好きみたいだ。置いてなんか……行けないよな
「オレも……オレも大バカだった。皆……」
怖かった。
皆が本当は何を考えているのか怖かった。
理屈で考えても、他人の心なんて分からないのは当然だった。
だからこんな試すようなことをしたんだ。
本当に臆病者だ……俺は……
こんな気持ち……本当に初めてだ。
誰かと気持ちが繋がっているような、同じ気持ちを共有しているような――
……ダメだ。全然上手く言えない。
だから今思い付く限り俺が言えるのは……
「ありがとう……本当に……本当にありがとう、みんな! ありがと……」
語彙力の無さに笑える。
これが俺の精一杯。
俺は胸の中にある息苦しいけど、嫌じゃないものを抑え必死に思いを伝えた。
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