第10話 幼き奴隷よ
「わるものたおす! わるものたおす!」
「ま、待て! ちょっと待てって!」
襲い掛かる茶色い生命体の正体は柴犬だった。俺の身長より小さいし、耳も小さいので子犬だろう。
倒れた俺に子犬が飛び乗り、必死に俺の頭を噛もうとしてくるが、動きが意外とトロく容易に避けられる。先ほど温厚な娘だけ集められると言ったが相手は魔物、たまに油断しているとこんなことになる。
誰か連れてくれば良かったか?
「おーい、イットー、大丈夫ー?」
キャンキャンする鳴き声と俺の叫び声を聞きつけた魔物達がゾロゾロ集まってくる。
アルラウネやミノタウロス、サキュバスと……多種多様な女の子達が集まってくるが、こう見るとコスプレしている女の子達にしか見えこない。子犬に襲われている俺を見た魔物の一人が――
「きゃああああああ!? イットちゃんがああああああ!! イットちゃんが犬にいいきいいいい!!」
と、金切り声を上げる。
その大声に俺達だけでなく、犬っころも飛び跳ねる。
「ひぃやあああ!?」
子犬は牢屋の隅へと逃げ込むも、逃げ道を無くしうずくまってしまう。すると、子犬の身体が徐々に大きくなっていく。
「な、なんだ!?」
俺も含めた皆が身構えると、子犬の毛むくじゃらだった身体が人肌を見せ、一人の人間、少女の姿へと変わる。
少女……と言って良いのか分からない程幼い彼女は、裸のまま蹲り身体を小刻みに震えさせていた。
皆もどうしたら良いか困惑し不安が立ちこめていた。見た目以上に臆病な人達であることを再確認する。
「な、なあ、大丈夫だから。俺達は君に悪いことしないから……」
そう言いながら、ゆっくりと落ちていた毛布をかけてあげる。
小さな嗚咽を漏らしながらも、少女は我々に顔を向ける。小さいながらも頭から尖った獣の耳が生えているのが見える。今は耳をぺったりと後ろにくっつけている。
その様子を見て、
「わかった……ほら見て俺は何も持ってないだろ!」
俺は手を上げ、武器も何も持っていないアピールをする。関心を示したのか、犬耳少女はゆっくり顔を向けた。
俺は続ける。
「俺の名前はイット。よろしく」
「……イット?」
「そう、俺を産んだ奴に付けられた名前だ。"それ"って意味なんだ。酷いだろ? まともな名前じゃない」
自虐ネタしか思い付かないが、それでも続ける。
「俺は親に売られてここに来た。ここの皆の餌になる予定だったんだ」
「餌?」
「うん……でも、助けてもらったんだ。ここの皆に」
後ろで待機している魔物達を指し示す。
急に振られた皆は各々の反応を見せ、一生懸命怖がらせないような素振りを見せる。
皆のギクシャクする様子に俺が笑いそうになるが、女の子から警戒心が薄れているのが分かる。
「ここの人達も、捕まった人達なんだ。だから君と同じで怖がらなくて良い、オレ達は君の仲間だ」
そっと手を伸ばす。
女の子に触れず彼女から触れるのを待つ。
「う……ううぅ……」
すると、徐々に女の子の目元が潤んでいき。
「うわああああああん!」
「うわっ!?」
と、オレに裸のまま抱きつく。
あいにく幼い子に欲望は産まれない性癖なので、欲情はしない。
だがこういうのに馴れていないので、どうしたら良いのか分からない……
とりあえず、落ち着いてもらうため頭を撫でておこう。
「イット! 大丈夫! 怪我はしてない! 油断してたわ! ワーウルフは興奮すると我を忘れて……」
「あ、マチルダ」
遅れながらも魔物達の合間を縫うように、慌てた様子でマチルダが駆けつけてくる。
オレとこの子の様子に最初は戸惑いはするも、周りの魔物達が事情を説明され安心してくれた。
「良かったわ……ごめんなさいイット。今まで貴方は上手くやってこれていたから危険な目に……」
「いいよマチルダ。オレも大丈夫だと思っていたから」
それにこうして上手くいった訳だし。
だが、喜んでいる場合ではなかった。
マチルダが呟く。
「年はイットと同じぐらいかそれよりもってところかしら……こんな小さな子まで手を出そうとしてるのねアイツ。本当に最低だわ」
そういうことだ。
この子も、そういう目的で連れて来られた。涙が止む女の子は皆の様子を窺うが……
「……?」
静まりかえる様子に戸惑っている。
当然だが、誰もこの子が今後どんなことを
されるのかを伝えたりしない。
もしかしたら、伝えても理解できないかもしれない。
「マチルダ……」
オレは、彼女に尋ねる。
「この子を魔法で助けられないかな?」
今までの魔物達にも思った願いだ。
そして、今まで無理だったのも分かっている。マチルダが返す言葉も……
「イット……魔法は万能じゃないのよ。そんなことが出来たら、とっくに私がここの皆を助けているわ」
そう伝えてくる。
魔法で鍵が開けられても、炎や雷を出せても、絶対にここから逃げられる保証はどこにもない。
これが、この世界の現実だった。
しかし、マチルダは続けた。
「もしかして……イットは、その子を本気で助けたいと思っているの?」
「え?」
彼女の質問に俺は戸惑った。
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