第8話 育ての母よ
モップがけで、檻の中を掃除する。
さらに彼女の体もヘチマを使って洗ってあげるのが俺の仕事。
がしかし、昔から下半身しか洗わせてくれない。下心を押し殺し胸を洗うべく手を伸ばすのだが――
「ダメよイット。悪戯でも、デリケートな所を触れるのはマナー違反だわ」
と、伸ばした手を尻尾で軽く押し退けられる。クソ! 子供の特許でもこの丘の向こうに到達出来ないのか!
マチルダだけでなく他の魔物の娘達も同じである。人間的な肌を見せた部位を触らせてはくれない。見た目は違えど乙女心を持っているのだろう。
だが俺は、子供の……いや、男子であるが故の本能に逆らえず、好奇心をたぎらせてしまう。そんな俺の様子を見て、マチルダは溜め息を漏らす。
「この子ったら……まったく。イット、私やここにいる子達はね、貴方をちゃんと人として素晴らしい男性に育ってほしいのよ」
「人として?」
「そうよ。ここの城主のように、魔物の女の子達を不埒な目的で捕まえてきて監禁する変態にはならないでほしいということよ」
「……」
それを言われてしまうと、何も返せなくなる。確かにこんな環境でセクハラをするなんて不謹慎だった。
この牢屋に連れて来られた雌個体の魔物達は、ここの変態貴族である城主の性欲によって集められたのだ。
ここにいる魔物の子達は、主の気分で自室に連れ込まれる。
目的は言わなくても分かると思うが、主への奉仕……無理矢理そういうことをさせられている訳だ。
この世界がどういう法律制度か知らないが【拉致】【監禁】【強姦】の性犯罪三拍子が、ここに整っている。
たが、俺がここに連れて来られるよりも前から、この監獄は存在した。マチルダも昔から居たらしい。
その期間、一度たりとも取り締まりに着た警察官やら自警団的な奴らは来たことなんてない。
「ふふふ……悪戯はダメだけど、甘えてくれるのは嬉しいわ。今はイット……貴方がちゃんとした大人になってもらうことが、私の……いえ、私達の生きがいなのよ!」
「……」
罪悪感を拭ってくれるように、マチルダが俺の頭を撫でる。
彼女はここの牢獄の中で一番長く居る。
そして、俺に一番優しくしてくれる。
この未来も希望もなく、男の歪んだ欲望によって身体を弄ばれる空間でだ。
理由は分からない。
けれど、幼い俺は、彼女にとって……いや、彼女達にとって我が子のような希望なのかもしれないと察していた。
「ごめんマチルダ……こまらせることをして……」
「良いのよ。別に貴方になら嫌じゃないわ。それよりもイット、ちゃんと魔法の練習はやっている?」
「う、うん、やってるよ。ほら」
俺は手から光る立体パズルを浮かび上がらせる。すぐさま両手で持ち、指が短いので大人の時程上手くはいかないが、十数秒で一面を揃える。
「――
教えてもらった掛け声……呪文名を声に出す。すると、手元から火花が飛び散り小さな花火を打ち上げて消えた。それを見たマチルダは満面の笑みを浮かべる。
「凄いじゃない! その年の人間がここまで魔法を出せるなんて、しかもこの魔法展開速度、どの文献でも見たことがないわ! イット、貴方は天才よ!」
「あ、あ、ありがとう……マチルダ……」
マチルダに誉められ頭を撫でられる。生前にそんなことを言われていなかったせいか、もの凄く恥ずかしい。
こんな感じで彼女と会う少しの時間、ほんの少しずつこの世界の魔法に関して教えてくれる。
俺を送り出したあの天使も言っていたが、この世界の魔法体系は六面立体パズルで構成されている。
元々人並み以上には立体パズルが得意だった俺にとってはちょっとこの仕様は嬉しい。
でも、もっと早く魔法を完成させられる逸材を一人俺は知っているので、この事を見せびらかしたいとは思えない。
……今そのことは忘れよう。
ふと、彼女を見ると何故か天井を見つめていた。
「……これなら、思っていたより早そうね」
「え? 何が?」
マチルダの意味深な呟きに反応する。
すると彼女は、フフフと不敵な笑みを浮かべる。
「ここから脱出する方法よ」
「脱出する方法!?」
思わず声を上げてしまい、シーっとマチルダが静かにするよう促される。
「声が大きいわ。外に響いたら大変よ」
「ご、ごめん」
「良いわ。とりあえずイット、この牢屋の鍵穴に手をかざしてみてちょうだいな」
言われるがまま鍵穴に手をかざしてみる。
「そのまま鍵に意識を集中させるの。いつも魔法元素のキューブを出すときみたいに力を入れてみて」
深く息を吸い力を込める。
すると、いつもは手の平に現れるキューブが、牢屋の鍵穴の前に浮かび上がった。
「え……これって……」
「凄いわイット!
「あ、あならいず?」
俺の質問にマチルダは頷く。
「そう、
「へーすごいねマチルダ。じゃあ今出てる
「ウフフ……この牢屋の鍵を開けたり閉めたり出来るようになるかもしれないわね」
マジかよ!?
え? というとつまり……
「マチルダ……」
「ん?」
「これが出来るってことは……ここから逃げられるんじゃ……」
「ええ……そういうことよ」
彼女は自分にかかった髪を軽くかき上げ、俺の目を見つめた。
「イット……この魔法がちゃんと出来るようになったら、すぐに逃げなさい」
「え……」
「大丈夫、貴方の力ならこの年でも生きていける。
「な、なら、マチルダも一緒に逃げよう! マチルダもこの魔法を使えるんでしょ?」
俺の言葉に彼女は笑みを浮かべる。
「私なら大丈夫、この檻の中の子達を全員逃がしたら考えるわ」
どうやら彼女は、全員で脱出を計っているようだ。
もしかしたらマチルダだけであれば、ここから逃げることは簡単かもしれない。
しかし、檻の中全員となると結構な人数が居る。この牢屋から全員逃げられたとしても、外で何が待ち受けているのか分からない。無事に全員を逃がすとなると、いろいろ準備をしなければならないであろう。
「マチルダ……」
彼女に声を掛けようとした所で、地下牢の出入り口が勢いよく開かれる音が聞こえた。
何人かの靴音と共にこちらへ近づいてくる。俺やマチルダ、檻の中の魔物達は静まり様子を窺う。
看守の奴らだと思うが、こんな時間に来ることはそうそうないのだが、来る理由には心当たりがある。
鎧を着込んだ男達と看守のおっさんが、俺達のいる牢を横切る。男一人の手に大きめのズタ袋を背負っていた。その袋の中ではバタバタと何かが暴れ回っており、中から――
「やーだ! 出して! 出してよー!」
と、少女の声が聞こえてくる。
ここでは見慣れた光景に察しは付く。
また新しい魔物の女の子が連れて来られたのだ。
「また、新しい子が連れて来られたのね」
男達が過ぎ去り、いつの間にか、俺のことを抱き寄せていたマチルダが呟く。
俺も何か気の利いたことは言えなかった。
更に、マチルダは続ける。
「ここから私達が逃げたとしても、また違う子達が連れて来られるだけ。根本的な解決にはならないわ」
彼女は俺を向き直らせ互いの瞳を見合う。
「もし自分の命が、私に生かされた命だと貴方が思うのなら、私の思いの分まで精一杯生きなさい。良いわね?」
「わ、わかったよ……」
俺の思う魔物とは思えない程、彼女は綺麗だと思った。
何だろうか。今までこんな優しい大人に会わなかったからか、正直どう反応したら良いかわからない。
でも、もし願って良いのなら……マチルダのことを本当の母親だと思いたい。
そんな自分がいることに気づき始めた。
しばらくすると、看守のおっさんと男達が戻ってくる。
マチルダの牢の掃除を終えた俺に、おっさんが声をかける。
「イット、新しいチビが増えた。部屋の掃除とソイツの手入れをしておけ」
「チビ?」
「ああ、ワーウルフのガキだ。さっさとやれ」
そう言うと男達は去って行った。
ワーウルフというと俺の認識が正しければ狼男のことだ。
今度は狼男の女の子をどこからかさらってきたのか。
「行って様子を見てきてあげて、イット」
「……わかった」
心配そうなマチルダの為掃除道具を抱え、ワーウルフが捕らえられたであろう奥の牢屋へと向かった。
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