第7話 牢獄暮らしよ

 歩く度ジャラジャラと音がなる。

 水の入ったバケツとモップやブラシやらを持ち、石床の暗い通路をランタンで照らしながら歩いて行く。日の光はここに来てからしばらく見ていない。空気の通りは良いらしく、息苦しいと感じたことは無い。


「はぁ……社畜から奴隷にジョブチェンか……そういう性分なのかな、俺は……」


 深い溜め息を漏らしながら、トボトボと歩いて行く。


『ウウ……アア……』


 歩いていると、奥からこの世の物とは思えない唸り声が聞こえてくる。

 しかし、正体を知っているので、俺は恐怖心を抱いてはいない。


『あら~……また美味しそう子羊君が来たこと……』


 壁に面した牢屋の奥から舌舐めずりする妖艶でいて響かせるような声を出しながら、シュルシュルと近づいてくる。


『可愛いわ~……こんなに可愛いボウヤは、頭から丸呑みしたくなってくるわ~』

「丸呑み出来なかったんでしょマチルダさん。だからオレは生きてて……」


 監修から受け取った鍵を使い、警戒をせず中に入る。

 牢の中には長い髪の女性がいた。

 この人の名は、マチルダと言う。瞳が赤く整った顔立ちにぼろ布を纏った女性。

 隠すところは隠してあるが、しなやかで引き締まった腰回りに似付かわしくない上部に突く大きな二つのそれが、布の隙間からチラチラと見える。


「……」


 俺は下を向く。

 マチルダの上半身は、目のやり場が非常に困る。だが、彼女の下半身を見れば掻き立てられるエロスも走って逃げる。

 彼女の下半身には人の足が無く。代わりに緑色のへびの尾となっているのだ。

 そう、この人はファンタジーな創作物などに出てくる[ラミア]という怪物に瓜二つなのだ。

 いや、この世界でもラミアという名称であっているらしい。

 彼女が勢い良くこちらへ近づく。


「もう、生意気なこと言って! 誰がここまで育ててあげたと思っているの! 寂しくて脱皮も出来ないわ!」

「うぐ!?」


 マチルダは、オレを自らの豊満な胸に抱き寄せる。

 顔に張り付く抱擁感に幸福感と眠気が襲ってくる。

 あー人肌……幸せだ……下半身は人じゃないのはさておいても美人だし、最高だよマチルダさん。


「おーよちよち! 私のイットは良い子でちゅねー! よちよちー!」


 頭や頬を撫で回されながら、馬鹿にしているのではないかと思える猫なで声を発しながら、マチルダの可愛がりが止まらない。

 ああ……自我が35歳のままで良かったと思える瞬間だ。

 体は3、4歳の中身がおじさん。

 構図はただの変態おじさんかもしれないが、こうやって美人のお姉さんに可愛がられて正直俺は幸せです。

 生前より絶対幸せです!

 異世界に転生出来て良かったと思えます。

 ありがとう神様! 仏様! サナエル様!


「あああ!! もうお姉さん我慢出来ない!! ちょっとだけ味見させてね!! ガブッ」

「ぎゃあああああああ!?」


 因みにラミアという生態は、人間の血を吸う生理現象を持っているようで、たまにマチルダに致死量吸われて死にかけたことがある。血を吸われる感覚はあまり良い物では無い。そんなことをやっていると、他の檻からまたも声が上がる。


「ちょっとマチルダ! イットちゃんが死んじゃうでしょ! 私達の生きがいが死んだらどうするの!」


 向かいの檻に入っている腕に羽の生えた……ハーピーのような女の子やら、更にその隣には下半身が馬になった……ケンタウロスの女性。そうこの地下牢に閉じ込められているのはおとぎ話に出てくるような魔物達の雌個体だった。

 この地下牢の持ち主のコレクションというのはこの子達なのである。

 俺は、そこの雑用となったのだ。


「あ! 吸い過ぎちゃったわ。イット大丈夫? 死んでない?」

「し……死んじゃ……う」


 もう一度天国に行くところだった。

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