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第1話 さよならクソゲーよ
・それじゃあこれでお別れだけど、ちゃんとおばさんの言うこと聞くのよ。
◇やだ! お母さん! もうわがまま言わないから行かないでよ!
・コイツの親、どっちともいないんだってよ!
・捨て子だ捨て子! キャハハハ!
◇関係ないだろ……
・やーい捨て子捨て子! アッハハハ!
・お前はいらない子なんだよ!
・ッチ、また汚れてきたのかよ……金もらったはいいけど、これだから子供は預かりたくなかったんだ。
◇ごめんなさい……
・自分で汚れ落とせよ。あと、洗濯するの面倒なんだからこれから家で遊びな。ほら、これやるから一生大人しくしてろ。いいな?
◇これは……パズル?
・そう、大事にしろよ。あとそうだ、コハルに餌やっといて。
◇うん……
◇ほらコハル、召し上がれ……
・ワン!
◇……コハル。
・?
◇……
◇……お前は、もし
◇オレが死んだら、悲しんでくれるかい?
・……ワン!
カチッ――
30年前からの嫌な記憶を封じる。
臭いものに蓋をした。
これが20秒で終わる俺の日課である。
音を立てルイビック……いや、六面立体パズルが完成した。しかし、辺りからは歓声は上がってくる訳ではない。
「……」
聞こえてくるのは、イヤフォンから流れる懐メロと通り過ぎた一台のバイク音に自身の吐息。そして、響く革靴の音。
感じるのはダルい身体を引き締めたがる冷たい風。申し訳程度に地平線から顔を出した日の出は、夜空を群青色に替えていった。
「今日の……始まりだ」
俺は何度も完成させてきたキューブを鞄の中へとしまい、何度も見てきた通勤路へ顔を向ける。
「今日も……寒いな」
マフラーを巻き直し、あくび混じりに白い息を吐きながら俺は呟く。
今年の東京は記録的に寒い日のようで、東北では雪が降っているようだ。
こんなに寒いのに、仕事は休めない……寒かろうが、温かろうが、台風だろうが、大雪になろうが、仕事に行かなくてはならない。
それがこの世界のお決まり。
変えることの出来ない社会の流れ。
それが現実なんだ。
「今日も……仕事だ」
俺は俯き、薄汚れた自分の黒い革靴を見つめる。残業続きの小売業。日々売り場の上司やお客様、誰かに怒られる毎日。
「今日も……明日も……明後日も仕事だ……」
塞がりそうな目蓋を何とか開き、歩みを進める。
「……」
……今日も、俺にとって何もない一日が始まるのだ。
たまに思う。
俺は何の為に生きているのか。
「この先、何も変わらないのかもな……俺」
この世に産まれてからもう35年が経ち、いろいろ悟ってくる。
良いことなんて何もなかった俺の人生に何か価値があるのか?
生きてる意味ってあるのか?
そんなネガティブな考えは良くないとは思ってはいる。
けれど、自分は変わることが出来ない。
大富豪、冒険家、宇宙飛行士、発明家、アーティスト、漫画家……
子供の頃は沢山のなりたいものがあった気がする。
いつか必ず、そのなりたいものになって、絶対幸せになってやると夢見ていた。
俺は誰からも存在価値がないと言われ続けてきた。
それでも俺は信じてた。
自分の進む未来がきっと光り瞬いている。
何者かになれる。
子供なりにも、そう思わないと生きては行けなかったのかもしない。
結局大人になって、現実をまざまざと見せつけられてしまった。
今の自分は何者にも変わることが出来ないと心の中に満ちている。
周りの奴らの言っていた通りだったのかもしない。
俺はただの凡人って訳さ。
唯一昔から好きなパズルを解いてる時が、一番この乾いた俺の人生を忘れさせてくれる。だが、そろそろ自分を誤魔化すのも限界かもしれない。
せめて一度でも恋人が出来た事があれば、こんなことを考えずに済んだのかなと、いつものありえない妄想に耽る。
その恋人……この年なら妻や……もしかしたら自分の子供の為に頑張れたのかもしれないな。
そんな自分の存在価値も見出だせたかもしれない。
「何のために……生きているんだろうな……俺は」
俺はもう一度白い息を吐き、下を向きながら重く感じる道を進む。
思い出したくない過去。
ただ、やりたくもない仕事をし……無意味が続く未来がまた――
「わんわんわん!」
「こ、こら! ま、待ちなさい!」
前方から甲高い犬の鳴き声と女性の声が響く。何事かと顔を上げると、向かい側からリード引きずって走ってくる楽しそうな子犬。そして、飼い主であろう血相をかいて追い掛けるジャージ姿でセミロングの女性だった。
「……あれは」
日常のハプニング風景に目を向けていると俺と子犬達の中間に十字路があった。
十字路に備わったカーブミラーに、トラックが近づいてくるのが見える。横からトラックが近づいているという事だ。
カチッ――
俺の頭の中にあるパズルが噛み合ってしまった。
予想される映像が脳内を過る。
このままでは、あの子犬がトラックに轢かれる数秒後の未来が想像できてしまった。
「……くそ!」
俺は駆けだした。
考えるよりも早かった。
ほんの数十秒先の悲劇が想像出来てしまったのだ。犬が轢かれ、ジャージの女の子の悲しみが。トラックの運転手の辛い心情までもが、頭の中で完成する。
「間に合わない!」
日頃の運動不足が祟ったのだろう。足が思っている以上に上がらない。
鞄を投げ捨て、マフラーを解き、全てを投げうって前へ飛び込んだ。
「とどけえええええええええ!!」
地面から靴が離れたと同時に、時間がゆっくりと流れるような感覚に襲われる。
死ぬかもしれない。
人間は死に際になるとドーパミンやら何やらが過剰分泌し幸福になれるらしい。俺は幸福感なんて感じていないが、先ほどまでの喪失感とは異なり酷く落ち着いていることだけ自覚する。
前を向けば、俺の姿に驚いているジャージの女の子。
横を向けば、トラックの中から目を丸くしてこちらを凝視する作業服をきた白髭のおっさん。
そして、俺の手の先には舌を垂らして楽しそうな表情を浮かべる子犬。
まったく、楽しそうな顔しやがって……誰のせいでこんなことなったと思ってるんだ。
俺は子犬の首根っこを掴み抱え込む。この子犬をトラックの車線から追いやる余裕はなかった。せめて俺の身体をクッションにして助けてやる方法しか見つからなからない。
「ああ……今日で終わりか」
俺の人生が今日で終わる。
まだ助かる可能性はあるかもしれないが、何故か全身に死という感覚がを満たしていた……いや、本当は俺、死にたかったのかもしれない。
自分の存在意義を失くしたこの現実から、早く逃げたかったんだ。
しかし、死ぬことが怖かったから逃げられなかった。
痛そうだからな。
こうして死ぬ機会に巡り会えてラッキーだったのかもしれない。
それに命を救って死ぬなんてカッコいいはずだ。
この子犬の命を助ける為の35年間だったと考えれば悪くない。
俺にも生きていた意味があったんだよ。
「さようなら……我が
最後に我が人生を吐き捨ててやった。
そして、視界が暗くなっていく。
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