批評されたんだ

renovo

批評された



 ふざけて笑いあっていた。僕はふざけて笑うことしかできなくなった。君がいなくても僕の心は痛まない。悲しいね。

 窓の外には青い朝が来た。眠れなかったのだ。君がひどく心を痛ませて、自ら死んだと知った時、僕は笑うことしかできなかった。だって僕はそういう奴だから。

 午前中、仕事に出勤するまでの間、たくさんの隠れた天才たちを眺めては、僕は凡庸だと再確認する作業に追われた。

 会社に着いて、僕は真っ先に上司に昨日作成した資料を渡した。

「この間任せた資料?」

「はい。昨日作り終わりました」

「君は仕事が早いね」

「そうですか?」

 女の上司はぺらぺらと資料をめくる。赤でチェックが入る。

「こことこことここを直しておいて」

 そんな話を永遠とされる。僕にはそれが永遠と続くページのように思えた。もちろん深い意味はない。

「わかりました!」

「君は仕事できるから自信もって」

 女の上司はそう言って笑う。僕は学習塾を運営する会社で働いていた。三十ページ以上ある資料を昨日一人で作っていたのだ。

 完璧な資料を作ろうとしていても、僕は君と過ごした時間を思い出す。こんな資料作ったところで何の役にも立ちはしないと思うけれど。

 僕は君と出会った時を思い出す。大学生の頃だった。あの頃の僕は手ごろに付き合えそうな女を探していた。そして親和性を持った君に、寛容そうな君に近づいた。それで知り合いになった僕らは小説の話題で盛り上がった。僕は文学賞に通過したことがあるといい、君は本を編集したことがあると言った。

「こんど批評してくれよ」と僕は言った。

「いいよ」と穏やかな君は頷いた。

 あの頃の僕は小説を一日中書いていた。ある日、居酒屋で待ち合わせしたとき、僕の作品を読ませる相手を君は二人連れてきた。二人とも男だった。そして皆の前でさんざんに僕の小説を酷評した。周りの連中も同じように僕の書いた小説を馬鹿にした。

 あの頃、世界で一番優れた作品だと思っていた自分の小説が酷評されたと感じた僕は怒りから君に「どうして二人も連れてきた?」と聞いた。正直二人きりがよかった。

「お前のために連れてきたんだよ」

 相変わらず君は怒っていた。

 だから僕は怒って「僕は君に頼んだんだ。君が編集に関わったことがあると聞いたから。でもこの二人は素人だ。帰ってほしい」と言った。

 君は当然のように「お前なんかいなくなれ」と言った。

 それで僕は君にまるで当然のように縁を切られて、大学ですれ違っても無視されるようになった。

 僕はその時、自分の価値を量った。おそらく僕は君にそして他人にその程度の価値しかないと。それを確認するまでにずいぶんと時間がかかった気がする。自分の価値というのがまるで見当がつかないのだ。

 それから一年間僕らは話すことなく四年生の時、偶然同じゼミに所属した。何を話したかは覚えていない。ただ君はいつもよりひどく明るかった。

 それで僕は「ねえ、俺たち付き合わない?」と言った。

「別にいいけど」と君は言った。

 付き合って手をつないで、それでホテルに行った。

「正直君のことなんかどうでもよかったのに。でも少し好きになった。それは興味があるという意味で」君は言った。

「へえー」

「君がひどい自己愛を抱えていることも知っていたの。君の小説を読んでそう思った。だからあの日君にそうした。そう言った。君の下心もね、見え透いていたわ」

「ふーん」

 瞬間、僕は体にこびりついた嘘をはがそうと躍起になっていた。君は明らかにその時、あきらかに理性を失っていた。

 だけど、僕はどうもしなかった。

 そんな数か月が過ぎた時、君は電車に飛び込んで死んだ。だから僕は笑った。君はふざけて飛んだんだと思った。君のことだから、自分で死ぬ選択をしたんだと。だって君は理性的な人だから。

 昼休み、僕は上司と近くのカフェでランチを食べた。

「どう? 資料は?」

「直し終わりました。チェックありがとうございます」

 

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