戦場で聖女は微笑む3



もう魔物の大群は結構な距離まで迫ってきた。

俺達は脱出経路であるアムネスへと続く道を背に迎え撃つ。

いざとなったら逃げるよう伝えてある。


でも、目の前で鼻息荒く血走った眼で迫りくる軍勢を睨む信者と化してしまった人達の士気はこちらが震えそうなほど高い。

彼らに少し前までの守られるだけの存在ではなくなり、今や幾千もの戦場を駆け抜ける戦鬼の風格すらある。

かけっこを楽しんでた子供は大きめの鉈を担ぎ、腰を痛そうにしていた薬屋のお婆ちゃんは青やら紫やらと謎の液体が入ったいくつもの瓶を指で挟んでニヤリと笑う。

折角、腰を治療したのにまた痛めるよ、お婆ちゃん。


衛兵や護衛達以上に頼もしく見えるのは気のせいでありたい。




もう間もなく開戦。

布陣は俺を後方で守るような形で狂信者と衛兵・護衛達の混合。


数では魔物がやや優位、戦力的にも上位が混じる魔物陣営が有利なはず。

だけど、なんかなぁ。何とかなりそうな雰囲気だよね。

そもそも俺と護衛達だけでやっちゃおうって思ってたのに流されるままにこうなってしまった。


おかげで今一番気がかりなのは、俺は戦わせて貰えるのだろうか?



「ねぇ、ノートン。私も戦えますよね?」


「………」


「ね、聞いてる?ちょっと聞いてる?」


「魔物が来たぞ!いいか、お前達死にに行くな!後ろで聖女様が見守ってくださる、哀しませるようなことはいたすなよ!」


「あの、ねえ…。」


「「「うおおおおお、アリス様聖女様女神様!!!」」」



何その掛け声。

急に難聴になりやがったノートンは周りへ檄を飛ばし俺の側に護衛を一人付けて魔物達へと邂逅しに行く。

この人、俺の監視役じゃないよね?




ノートン視点


私は周りで戦う一般市民の方々の士気の高さに驚いている。

偶に他国との小競り合いや魔物の群れにこういった形で町の住民に募ることはある。

しかし、大抵は望まぬ戦。表情は明日が拝めるか不安と絶望ではっきり言えばやる気が無い。

如何にこの場を逃げれるか凌げるかしか考えない。


なのに、今この戦場で魔物共と戦っている者達は何処までも諦めの悪い負けん気を持っている。

後ろで不満げにしているだろう誰かにそっくりだ。


誰もが逃げるという選択を投げ捨て戦うを選んだ、たった一人の少女のために。



ある者は女の敵じゃあと猛りながら家から持ってきた包丁でゴブリンやオークの首を刈り取る。


ある者は肉が尻尾を振って待っとるわと呟き、ウルフ達目掛けて何十本もの鉄串を発射し突き倒す。


ある者は聖職者なのに巨大なロザリオを振るってジャイアントトロールの大木並の首をへし折る。


ある町長は人間の身体能力の何倍もあるオーガ相手に一対一で渡り合っている。


これは、私の知っている戦場では決してない。

少し怪我をしても口をツンと尖らせ拗ねる心優しき聖女様がすぐに気付いて癒やしている。


ゾンビ以上にゾンビな面子。


頼もしすぎてついつい笑ってしまう。

アルフ様達には絶対敵対とかしないよう報告しよう。


全く不安のない前線が功を奏してこの可哀想になってきた魔物達の親玉達が顔を出してきた。

キングゴブリンにキングオーク、キングオーガ。

本来なら高ランクの冒険者が束になって相手をする強敵。


だけれど何故だか不憫。


どうしてこんな化けも…こほん、アリス様を崇拝する信者達の前に現れてしまったのか。

ほら周りを見てごらん、お前達に怯えるどころか全員が獲物を見付けた捕食者の目ですよ。


せめて、一思いにお休みしなさい。


お前達がこんな魔境を襲ってしまったのか私が必ず探し出しますからね。



まぁ、ある程度察しましたがね。





物欲しそうに指を咥えて不機嫌な聖女様は結局楽しみはまたのお預けとなりました。



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