第35話 割とけっこう痛いものです

「体は痛いが、勉強はできる」




医者に行った結果、そこらじゅうの打撲と、痣が大量に出来たが、骨は全く異常なし。




事情が事情だったので、今回ばかりはアルバイトも休ませてもらい、ちょっとだけ親に甘えて、医療費と生活費を援助してもらった。




というわけで、俺の怪我のあった週末は、布団の中で勉強中である。




「しかし、美味いこと全身が痛くなったもんだな」




肩やら、腕やら足やら腹やら背中やら、大体のところは痛いのだが、全部ほどよく? 痛い。




どっか一箇所だとしても、そこが折れてるとかだったら、ここまで気楽にいられないだろう。




優希先輩を追ってジャンプしたときは、正直頭から階段の下に突っ込む勢いだったので、正直死ぬかと思ったくらいだったのだが、頭にいたっては無傷である。




優希先輩を抱えたときの勢いで、いい意味でバランスが崩れてこうなったようだが、不幸中の幸いとはまさにこのことをいうのであろう。




全身にシップを貼っているので部屋がものすごくシップ臭いし、体中がスースーするのはやや問題だが。




「優希先輩、大丈夫かな……」




誰もいないがついつぶやいてしまう。




弱気になったり、ちょっとうかつなところも見せる人だったけど、あそこまで弱って泣く優希先輩は見たことがなかった。




もちろん助けたことは後悔していない。だが、責任感の強い優希先輩に、俺の怪我のことで気負わせてしまうことが、申し訳なく感じていた。




話を他の人に聞かれたくなくて、でも生徒会室まで行くのはちょっと面倒で、階段の踊り場という中途半端な場所を選んだのは俺だ。たとえば優希先輩がふと倒れても、廊下や教室なら何の問題も無かったわけだから、この怪我は俺の自業自得でもある。




「プルルル……」




「ん? 電話? あ、優希先輩か……」




悩んでいたところに、優希先輩からのお電話。もちろん出ないわけにはいかない。




「はい、もしもし」




「あ、翔君? 起きてたかな?」




「はい、完全に起きてますよ」




「じゃあ、今からお邪魔してもいい? 家の前にいるんだけど、寝てたら悪いかと思って、電話したの」




「あ、はい! すいません、すぐにカギ開けますから」




そして、電話が切れる。今はちょっと優希先輩と顔を合わせ辛い。俺が好きなほがらかな優希先輩ではなく、悲痛な表情をした優希先輩は見たくなかった。




「ごめんね。急に来ちゃって」




だが、そう言って入ってきた優希先輩は、笑顔を浮かべていた。簡単に言うと、最近の余裕の無かった表情より幾分いい感じだ。




「あ、いえ。大丈夫ですけど」




「体は大丈夫かな? 私にできることなら何でもするから遠慮しないで言ってね」




「あのー。優希先輩、女の子が何でもするとか言うのは良くないと思いますよ。とんでもないこと言ったらどうするんですか?」




「とんでもないことを言うの?」




「い、いえ言いませんけど?」




「ふふ、なら大丈夫だよ」




何だろう。優希先輩ずいぶん余裕あるな。こういうちょっとしたからかいも久々だ。




「翔君、ごめんね。それにありがと」




優希先輩はちょっとだけ真面目な顔になって、謝罪とお礼を言ってくる。




「翔君……、それに皆の言うとおりだった。私は無理をしてた。みんなの力になりたくて、頑張りすぎちゃった。悪い言い方をすれば、はしゃいでたって言ってもいいくらい」




「いえ、そんなことは……」




「ううん。それで、一瞬ふらっとなって、翔君を怪我させちゃった……。私の無理がまねいた失敗だったと思う」




「優希先輩……」




「すごく悪いことをしたって思ってる。反省もしてるし、後悔もしてる。でも、それは私の自己満足で何にもならないし、余計に翔君たちに心配をかけるだけだから、私は考えました」




その優希先輩の表情には、迷いもない、素敵な表情だった。




「だから、皆と一緒に頑張ることにしたよ。大変なことは当たり前だけど、辛いと思ったら、皆言い合って、お互いフォローできるようにしよう? 確かに去年までよりは大変だけど、今年は5人居るんだから、皆で頑張れば、きっと大丈夫だよね♪」




その優希先輩を見て、俺は安心すると同時に、改めてこの人を尊敬した。




責任のと取り方を本当によく分かっている。目的を見失わずに頑張れる人。これが俺の好きな優希先輩なのである。




「はい。俺も軽症ですし、肉体労働以外なら、すぐに手伝えます。任せてください」




「うん、じゃあとりあえず、皆はテストを頑張る。私も勉強を頑張るから、ちゃんと終わったら、皆で生徒会活動頑張ろう!」




「はい!」




優希先輩が思ったより元気で俺も元気になってきた。




今なら立ち上がれそうだ!




「あっ……」




気のせいだった。痛いもんは痛く、布団に倒れこんでしまった。




「大丈夫!?」




「あ、はいすいません」




いかんいかん。優希先輩がせっかく元気なのに、目の前で俺がこんなことをしていたら、不安にさせてしまう。




立ってられんにしても、座ってよう。




「無理しないでね。ダンスの練習もしなくちゃいけないんだから」




「ああ、そうでしたね……。俺ダンスレベル0なのに」




「ちゃんと私が教えてあげるから。はじめから出来る人なんていないよ。教えるからには、ちゃんとやってもらうからね。それに、勉強を頑張る分、夏休みは頑張らなくちゃいけないから、昨日は翔君が帰った後に、私が中心になって、予定表を立てたから参考にしてね」




そう言って優希先輩に紙を渡される。




そこには、過程を完全に組み込んだまるで時間割のような予定表ができあがっていた。




「これは、俺以外のメンバーで作ったんですか?」




「うん、誰かに負担をかけすぎないように、誰かが無理をしないように、皆で話してね」




「ここまで完璧だと、俺要らないみたいですね……」




「そんなことないよ。肉体労働系は、翔君がいないと森君しかいないんだから」




幸助はやっぱりカウントされないんだな。仕方ないが。




「だから、皆でちゃんとやって成功させよう? 誰かが無理って言わない限りはやるからね。やらない話はないから」




優希先輩は反省した結果、いい意味で開き直ってしまった。




甘くとも締めるところは完璧に締める。カリスマ生徒会長の本領というわけか。






そんなこんなで、期末テストが終わり(結果はまた俺が1位、真理亜が2位だったのでまた波乱ありだった)、本格的に準備に追われることになる。




俺はアルバイトやボランティア、真理亜は家の付き合い、孝之は道場、幸助は家の手伝い、優希先輩は受験と、生徒会活動以外も忙しく、生徒会活動には、文化祭以外にも、本来の活動というものもある。本来のんびりできる夏休みは大忙しだった。




タフネスさには自信があった俺だが、家に戻って何もせずに寝るということもあるほど、なかなかせかせかする毎日を過ごしていた。




ピンポーン。




「はーい?」




「おはよう、翔君」




そんな日々の中、優希先輩が時々俺を迎えに来てくれることがあった。




「優希先輩、迎えに来てくれるのはすごく嬉しいんですけど、無理はしないでくださいね」




「無理は本当にしてないよ。無理をしなくても大丈夫だってことは分かったからね」




「それならいいんですけど」




「全部一度にやるのは無理だもん。今はやれることをしっかりやって、出来ないことがあったら、それはいったん我慢して、やるべきことが終わったら、それをやる。それでいいんだよ」




怪我はほとんど治ってはいたが、俺を気遣ってなのか優希先輩の歩みはゆっくりしていて、学校に行くまでの時間もかかるのだが、焦ることは無い。頼れるメンバーが立てた予定通りに進行すれば、間違いなく成功するに決まっているのだから。










「いかん、本当に死ぬ……」




「会長がそんなこと言ってていいのか? まぁ俺も同じ意見だが」




「お茶です……、甘いものは脳が活性化しますよ……」




「皆だらしないわよ……、ふぅ~」




生徒会室ではその日の作業を終えて全員へばっていた。




基本的に手際のいい真理亜や、いつもマイペースな幸助ですらへろへろである。




「うん、しっかり予定通りだね」




そんな中、さすがのタフネスぶりを見せるのは、優希先輩。受験勉強の兼ね合いで参加がやや少ないとは言え、こなしている仕事量が少ないわけではないはずだが。




「思いのほか、予定がきついですね……」




最近やったのは、火元を確実にチェックする呼びかけ、参加してくれる商店街やボランティアのリストアップ、ある程度まとまったはずの予算に、追加の申請があり、その承認や却下の手続き、学外での受付のメンバー決め、机や椅子などを違う場所に持ち出す場合の書類の提出要請と管理、規模が大きくなったことで、ものの移動や管理の幅も広がり、その手順。




これをここ1週間でまとめて、なんとか今日までに完成した。




しかし、予算の追加申請があることまで予測して予定を立てるとは、優希先輩恐るべし。そこらへんも予測してるから、俺達より心構えある分、余裕もあるのだろうか。




「皆ちゃんとやってるもん。心配はしてないよ」




そう笑顔で言われては、俺達は誰一人文句を言うことはできなかった。








「よし、これで完了だ」




優希先輩のスパルタ予定を耐え切って、ついに全工程を完成させることに成功した。




これで俺達の生徒会活動は終わり。あとは、後期のメンバーに引き継いで、文化祭当日も、フォローするだけなので、主に動く仕事は無くなる。




俺は最後の書類に判子をついて一息つく。




今日は優希先輩は模擬試験のため参加せず、真理亜、孝之、幸助はさきほどまで、予定があるのにも関わらず、ギリギリまで手伝ってくれていた。




俺は書類に判子をつく仕事だけを残して、他の3人の作業を手伝い、先に3人を帰した。




悪そうな顔をしていたが、実際判子をつくだけなら、書類が多いとはいえ楽な作業で、1時間もあれば終わるということで、納得して帰ってもらった。




全ての作業が終わったことで、俺の中で達成感が広がった。




もちろん、これで終わりではない。肝心の当日の成功なくしては意味が無い。




だが、一部の生徒から聞こえていた、不安の声や不満の声はなくなり、今はとてもいい空気になっている。




立ち上がって、窓から外を眺めると、グラウンドには特設ステージや屋台、フリーマーケットスペース。




そして、出し物や、最後のダンスの練習をしている人もいる。




それを見ていると、本当に自分達の頑張りが誇りに思えた。




「お疲れ様、生徒会長さん」




「ひゃっ?」




「何? その声?」




急に頬につめたい感触があって、変な声を上げてしまった。




振り返ると、優希先輩が後ろにジュースを2本持って立っていた。

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