第34話 倒れそうになるなら支えます
本格的に夏休みに近づいてきて、文化祭に関する生徒会の仕事も忙しくなる。
「スケジュールはこれでいいかしら?」
「これでOKだ。はぁ~、今日はこれで終わりだな」
時刻は18時。スケジュールがなかなか決まらず、土曜日の午後に生徒会に顔出しをして、まさかの5時間かかるというもの。
だが、スケジュールが間違うと、全てが狂う。特に今回のような新しい挑戦には時間がかかるものだ。
タイミングとしては、期末テストも近い。テストのない3年生以外はそれにも追われる。
そのせいか、優希先輩の仕事量が非常に増えてしまっていた。
俺も真理亜も、もちろん他の2人も、夏休みに頑張ることを優希先輩に言って、仕事を止めようとしているのだが、そこは強情な優希先輩。夏休みに俺達に無理をさせすぎないように、必死に手伝ってくれている。
俺達が全員少しづつできない仕事を、優希先輩が全部引き受けてやっているのだから、その忙しさは俺でも根を上げそうであった。
「優希先輩大丈夫かな」
「ああ、ちょっと無理してると思う」
「心配ですよね」
「お姉さまはああ見えてすごくたくましいけど……、それでもやっぱり」
そんな日々が続く中、3年生の進路指導で優希先輩が顔を出せない日に、4人で軽く集まって話した。
全員が優希先輩のことを心配していた。
特に俺は、自分で提案したことであり、しかもそれ以外のことでも優希先輩に甘えてしまっていて、他の3人以上に申し訳なさがたつ。
「きっとお姉さまも聞いているのよ。今年の文化祭への不安の話を」
そう、ここ最近噂になっているのは、文化祭への不安だ。
今回俺が取ったアンケートでは、全てのクラスで賛成多数をもらってはいるが、それは賛成が100%というわけではない。
ある程度安定感のあった文化祭を、一新することへの不安の声はもちろんあり、それはじわじわと全校に広まっていった。
それは俺達が全員噂話で聞いている。優希先輩だけが知りません。なんて都合のいいことはありえないだろう。
明らかに最近の優希先輩は、頑張りすぎである。いつものほがらかな雰囲気や、どこか見せている余裕が感じられず、どこか必死であった。
「俺は、あんまいい噂じゃないんだが、翔と九十九パイセンが、こんな忙しい状況なのに、いちゃついているって聞いてる。それがすごく不満を感じさせているみたいだ」
「なによそれ! 誤解もいいところだわ! そもそもいちゃついてないし、仮に一千万歩ゆずってそうだとしても、ちゃんと仕事をしている人を悪く言うなんて最低だわ! そんな人がこの学校にいたなんて」
真理亜が本気で怒っている。そして、優希先輩のことだけではなく、俺のことも含めてかばってくれていた。
「真理亜、ありがとな。でもこれは俺が悪い。俺が提案して、俺が1番頑張らなきゃいけないのに、俺が優希先輩に1番甘えて、俺が学校全体を1番不安にしてしまっている。これは、俺の責任だ。そのせいで、真理亜、孝之、幸助、それにもちろん優希先輩にも迷惑をかけてる。だから、俺が優希先輩に、本気で話して、無理しないように言う」
「大丈夫ですか? 僕が言うのもなんですけど、元会長先輩が何かをしはじめて、それを止めれたことって、ないと思うんですけど」
「胸は柔らかそうなのに、頭は固いんだよな」
「ええ、私も……、って何言ってるの! 真面目な話に急に変な話を盛り込まないで頂戴! 私もそうだし。って言いそうだったじゃない!」
いや、今言ったし。と思ったが、今回は真理亜は比較的まとも側だ。余計な突っ込みは野暮だな。
「今言いましたね」
幸助~。
「そんなことはいいのよ! お姉さまにそんなことを言って大丈夫なの?」
「最悪嫌われるかもしれないしな。俺が言ってやってもいいぞ。俺は九十九パイセンに嫌われても、そんなに困らないからな」
「いいんだ、これは俺が言わないと駄目だ。俺はなんとしてでも優希先輩に、もう少し休んでもらう。優希先輩は俺達以上に大事な時期なんだ。これ以上は駄目だ」
もちろん気は重い。俺が本当の意味で優希先輩に逆らうのは今回が初めてであり、孝之の言うとおりに、嫌われるかもしれない。
だが、俺は優希先輩に仮に嫌われても、無理はして欲しくなかった。
「翔君、急にどうしたの?」
俺は携帯を使い、優希先輩を昼の休み時間に、優希先輩を呼び出した。
場所は生徒会室に上がる途中の階段の踊り場。この時間なら人気はほぼない。
「ああ、はい。優希先輩、最近のことなんですど。優希先輩がちょっと頑張りすぎだと思うんですよ」
いざ言わねばならないと思うと、意外とすんなりといえた。
「もう、皆そればっかりだね。大丈夫だよ。私は自分のできないことはやらないよ」
もちろん今日俺以外のメンバーも、優希先輩にこれを言っている。おそらく耳にたこが出来ているに違いない。
「そうですかね?」
「どこかミスでもあって迷惑をかけちゃったかな?」
「いえ、全く何もしてないです」
そう、大量の案件を抱えながら、優希先輩の仕事には何一つミスが無かった。
せめて、まだしてない。とでもいいたかったが、それは真面目にやっている先輩に帰って失礼だろうと思い、寸前で飲み込んだ。
「じゃあ問題ないんじゃないかな?」
「でも今のままじゃ、優希先輩に悪いです。もっと自分のことをしていただいても」
「……、いけないのかな?」
その瞬間、優希先輩の瞳が曇ったのが一瞬で分かった。
「私はみんなのために頑張りたいだけなのに……」
「はい、それは知ってます。そして、優希先輩がやりたくてそうしたいのも知ってます」
「だったら……」
「でも、明らかに最近の優希先輩は疲れてます。優希先輩が言ったんですよ。俺が倒れたときに、無理しすぎちゃいけない。周りを頼っていいって」
俺はずっと優希先輩を見てきた。
優希先輩は確かに、そういったところを見せないのがうまい。
俺の感じている違和感は、ちょっとした顔色の変化とか、仕草の変化、声がわずかにかすれているというくらい。
ある程度付き合いがなければ、気のせいで済まされるほどのほんのわずかの違和感ではある。
優希先輩がそれを見せたことは今回のことになるまで1度も無い。
「皆そんなに気にしてくれてるんだね。でも大丈夫だよ。皆ちょっと位の疲れは押してるものでしょ?」
「それは自分のためにやることだからです。優希先輩は生徒会の補佐がメインで、本来はここまで動くことはないはずです」
「なんでそんなことをいうの?」
優希先輩の瞳が潤む。それを見てひるみそうになるが、俺も引き下がるわけには行かない。
「私が生徒会として、動けるのは本当にこれが最後。だから、今まで以上に頑張って、皆をフォローしていきたいの。翔君が面白いアイディアを考えてくれたのに、不安に思ってる子もいて、だからこそ、成功させなきゃいけないでしょ……」
「優希先輩……」
「私は皆と……、翔君と一緒に思い出を作りたいよ。楽しい思い出を……、翔君は違うの?」
そうです。一緒にいたいです。残り少ない時間を少しでも共有したいです。
もちろん本音はそれだ。だが、今の優希先輩には、明らかに余裕が無い。普段の優希先輩が言うようなことではない。
やはり進路も含めて、肉体的なものだけでなく、精神的な疲れもあるのだろう。
「……うぅ……」
返事を躊躇してしまった俺が気づいたときには、優希先輩は涙を流していた。
しまったと思ったがもう遅かった。
普段の優希先輩は、まず足元がお留守になることはない。転ぶどころか、躓きそうになるところすら見たことはない。しゃんとしている証だろう。
だが、今の優希先輩は冷静ではない。おまけに、疲れも溜まっている。
その相乗効果で、優希先輩は階段をほんのわずか踏み外した。
「えっ?」
そして重力が導くままに、後ろ向きに優希先輩が倒れていく。そのままだったらどうなるか。そんなことを考える前に俺の体は反射的に動いていた。
「優希先輩!」
何の躊躇もなく、ジャンプして、優希先輩を抱きしめて、俺が下側になる。
果たしてどうやってやったのかは分からない、明らかに物理的にできないことをやった気もするが、本当に頭の中は何も考えていなかった。ただ、ものすごく痛かった。
気絶など無縁だった俺の人生は、この1年間で2回目を数えることとなった。
俺が気がつくと、目に入ってきたのは白い天井と、わずかな薬品の香り。これは保健室のようだ。
「翔君? 先生! 目を覚ましました!」
突然の声に驚くと、俺の右側には優希先輩が椅子に座っていた。
「おお、会長さん大丈夫かい? どこか痛むか?」
やたらとフレンドリーな保健の先生に話しかけられる。
「まぁ、そこらじゅう痛いっちゃ痛いですけど、めちゃくちゃ痛いってことはないです」
感覚ではあるが、折れてるというわけではないだろう。ひ弱かと思っていたが、割と頑丈だった。
「一応軽く見た感じじゃ、折れてはないと思うけど、一応今日は早退して病院に行きな。誰か付き添ってくれそうなやつはいるか?」
「あ、はい。じゃあ同じクラスの森孝之に頼めますか?」
「ああ、分かった。私は担任に話してきて、森にも話をしてくるから、少し待っててくれ」
そう言って、保健医は外に出て行き、俺と優希先輩は2人になった。
「翔君!」
そのとたん、優希先輩は俺に抱きついてきた。
「え? あの、優希先輩?」
ちょっとぎゅっとされると痛いのだが、それ以上に柔らかさといい香りで中和されて、結果的にはプラスである。
「良かった……、良かったよぅ……」
その短い言葉に優希先輩の思いが全てこもっていた。
いつもはなんだかんだで頼れて、大きな存在であった、優希先輩が、このときだけは少し小さく見えて、それがとても愛おしかった。
「優希先輩。優希先輩はお怪我はなかったですか?」
「うん。大丈夫だよぉ……。翔君が……、かばってくれて……、すごい音がして……、目を閉じたまま動かなくなって……、死んじゃったかと思った……」
言葉を少しづつ紡いでくる。そうか、優希先輩に怪我が無かったなら、俺が怪我をした甲斐があるというものだ。
そのまま、保健の先生が、孝之を連れてくるまで、俺は優希先輩の頭を抱いて、ゆっくりと撫で続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます