第32話 3年生にご意見を
さて、文化祭にはもちろん3年生も参加する。
この文化祭を最後に、3年生は本格的に受験勉強をすることになる。
8月は受験勉強と文化祭の準備という時間配分が問われる忙しい時期。正直言うと、そんな中で文化祭の方向性を変えるような意見はとおらないのではないかと思っていた。
「はい、では1年生、2年生、3年生、先生方からも賛成をいただいたので、今回の文化祭は、こういう形で進めさせていただきます」
まずは、3学年全てのクラス長に、俺達の出した案をクラスに伝えてもらい、HRで反対意見がないかを探り、それと平行して、教師からの特別な意見がないかも確認した。
基本的に生徒主導で行うことが主目的である文化祭ということもあって、極端に予算がかかるとか、迷惑をかけるとかではなければ、特に反対されることもなかった。ちゃんと報告連絡相談の3つができるなら、問題は無いらしい。アルバイトでもよく言われていたな。
新しい企画は、1、2年生からは全く反対が無く、3年生に至っては、むしろ賛成意見が多かった。
最後の学園祭に、おもいっきりいろいろやってみたいという考えを持っている人も多かったようだ。
むしろ、3年生に至っては経験者も多いことから、意見をくれる生徒もいて、生徒会室や俺のクラスにきて、意見を言ってくれる人もいた。
「もう後9ヶ月もしたら卒業だもんね~。あっという間だった気もするし、長かった気もするよ~」
そして、今日も生徒会室に意見をくれる3年生が先輩が来てくれていた。
「いろんな人から意見をもらってます。クラスごとの出し物については、21時までの活動と、地域の人の協力をもらうことは、許可が下りましたので、そっちもいろいろな意見を出して、提案してくださいね」
「会長さんには頭が下がるね。去年があれだけしっかりしてるとプレッシャーだと思うけど、それで逆にあえて違うことをやろうなんて、おもしろすぎるでしょ」
「ありがとうございます」
「それでね。私はダンスをしてみたいって思うの」
「ダンスは去年もありませんでしたっけ?」
「社交ダンスみたいなおしゃれなのがやってみたいの。制服じゃなくて、ドレスとかタキシードみたいなのを着て。夜までやってるなら、ムードもありそうじゃない?」
「社交ダンスですか」
「フォークダンスだと、次々と踊る相手が代わるけど、社交ダンスはパートナーを選んで踊るでしょ? 何かありそうじゃない?」
「不順異性交遊になりそうなのは、先生方の意見が通るか怪しい気もしますけど」
「でも、恋人同士はいい思い出になるし、一歩踏み出せない人のいいきっかけにもなると思うから。まぁとにかく何でも意見言っていいよって話だったから、言ってみたの。よかったら参考にしてね」
そう言って、その先輩は去っていった。
「ダンスはいいですね。去年のフォークダンスも好評だったはずですし、あ、でも俺ダンス踊れないからな……」
「お姉さま! 是非私と踊りましょう!」
「え、えーと、さっきの話を聞いてる感じだと、男の子と女の子で踊るものじゃないかな?」
「私はお姉さまを女として愛してますから、タキシードでも何でも着ますよ!」
「そういう問題かな~? まだ企画も通ってないし、その話はこれからだね」
「なぁなぁ」
「ん? 何だ?」
優希先輩にたいして、真理亜がかしましく話しかけていると、俺に孝之が話しかけてきた。
「女子同士はいいよな、ああいうこと言ってても、あまり怪しくない」
「ああ、それはあるな」
女子同士が密接に仲良くしているのは、男子のそれよりも、大分健全な感じがある。
「だが、幸助ならいいとも思わないか」
「幸助は悪くないが、あいつは絶対ドレスは着ないだろ。そういうのは嫌がるし」
幸助は可愛らしいが、女装は絶対にしない。
「仮装大会ならなんとかならんかな?」
「それでも無理だと思うぞ。でも、ダンスは採用確定だな」
3年生含め、2年生からも昨年のダンスは好評で、去年のままという人もいたり、さきほどの先輩のように、形を変えたものも言われたが、かなり提案としては多かった。
「ダンスなら、私が教えてあげるよ。もちろん決まったらだけどね」
「あ、なるほど、優希先輩はお嬢様ですから、ダンスは学んでますよね。もし採用になったら、ご教授尾根がいします」
「うん、よろしくね」
それからとんとん拍子で話が進み、提案したことが大体成立するという、順調すぎて俺が逆に怖くなるという展開になった。
「この学校は不良も全然居ない真面目な生徒ばかりで、普段勉強や部活にせいを入れてるからか知らないが、楽しいことには貪欲にはっちゃけるんだよな」
孝之がそう言うと全員が頷く。
そこらへんのメリハリがしっかりしているから、文化祭の盛り上がりも一段とすごいものになるのである。
「夜の社交ダンスパーティー、仮装大会、ミスコンに、ボランティアの融資での規模の大きな模擬店やフリーマーケット。このおかげで、クラスごとの出し物の種類も多くなったから、これからが大変ですね」
「それでも、やると決めたからには気合を入れてやるだけ。企画ができたから、目標に向かっていくぞ」
そして、その日から生徒会は文化祭の活動が中心となった。
「よし、今日は絶好調といって問題ないじゃないか」
その日は文化祭のことで気合が入っていたこともあってか、ワルサンのタイムセールも絶好調。
全ての商品を手にいれて、ホクホク顔で家に帰ろうとした。
「あ、翔君~」
その道中、優希先輩が俺を追いかけて後ろから声をかけてきた。
「はぁ……やっと追いついた」
「優希先輩? どうしたんですか?」
「どうしたじゃないよ~。生徒会室に行ったら、翔君はもう帰ったって聞いて、あわてて追いかけてきたんだよ」
「ああ、すいません、今日はこれの日だったもんで。これだけはどうしても俺のライフラインに必要ですから。それで、何の用事ですか?」
「え?」
「え? じゃないですよ。わざわざ俺を追いかけてきたってことは、何か用事があるんですよね?」
「う、うん、そうだよ。えーと…………」
優希先輩が、手を顔にやりながら、目をキョロキョロさせる。
「優希先輩、忘れましたね」
「ち、違うよ。さっきまで覚えてたんだよ」
「さっきまでってことは、今覚えてないんですよね」
「うう……」
「優希先輩って、意外と弱点多いですよね。怖がりで、調子乗りやすくて、おっちょこちょいで」
「もう~、後輩が先輩にそんないじわるいっちゃいけないんだよ!」
「すいませんすいません」
「反省してなーい!」
ほんとにこの人は可愛いな。こういう仕草は、同じクラスにいれば、よく見られるのかな。もっと見ていたいと思ってしまった。
「それにしても今日は買い物が多いね。私と前行ったときよりも、ずいぶん重そうじゃない?」
「今日のセールはちょっと違うんですよ。数は少ないんですけど、いわゆるつめ放題というか、そういうやつです」
「へー、何を買ったのかな?」
「見てみます?」
「えーと、キャベツが3玉に、もやしが12袋に、カイワレ大根が8つ……、え? これだけ?」
「はい、キャベツが大きいんで多く見えましたかね。しばらくはこの3つで生きてけますよ。今日は贅沢にこれを3つとも使います」
「何をするの?」
「キャベツは一口大に切って、オイスターソースで絡めて、レンジで2、3分加熱して、甘く食べます。もやしはにんにくとしょうがを入れて、オイスターソースとしょうゆで味付けして片栗粉を入れて、中華風にします。カイワレ大根は、もやしと混ぜて鰹節とめんつゆでサラダにしますね」
「な、何かできる主婦みたいな料理だね。冷蔵庫にあるもので作ってるみたい」
「基本的にこの3つはタイムセールじゃなくても安いですから、よく食べるんですけど、味にあきちゃうと良くないですからね。オイスターソースとかめんつゆは、ボランティアをしたときに、おみやげでもらったのでただです。ソースもめんつゆも最悪おかずになりますから」
「え、翔君、ソースでご飯食べるの?」
「ええ、厳しいときはそうですね」
「お肉は食べないの?」
「あの闇鍋の日に、真理亜が持ってきた肉を食ってからは……、コロッケとからあげが2階ずつ位だと思いますよ」
「もー、そんな食生活をしてたら、夏を乗り切れないでしょ! これからもっと忙しくなるのに」
「そこらへんは大丈夫ですよ。アルバイトを夏休みに増やせば、まかないももらえますし」
「でも忙しくなるでしょ!」
「それにですね。このキャベツは甘くて美味しいですし、もやしは餡がかかってるみたいでうまいですし、サラダもヘルシーで健康には……」
「うまくてもまずくても駄目なの! 翔君が次倒れたら大変でしょ! 今晩は私も翔君の晩御飯にお邪魔します!」
「え、でももう俺お金がないんですが……」
「いいの! ちょっと買うだけだから、私がお金を出すわ。それよりも、翔君が不健康なことが問題なの」
そして、優希先輩に率いられて、スーパーに逆戻りした。
だが、俺の食生活を優希先輩に話したのは今日が初めてではない。なのに、今日に限ってなぜこんなに俺にかまってくるのだろう。
夏で、忙しくなって、俺が1回倒れたこともあるからだろうか?
優希先輩におごってもらうのはものすごく申し訳ないが、どれだけ断っても、駄目だったのでお言葉に甘えることにした。
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