第16話 何も変わってません

「ふぅ、たくさんしゃべると疲れる……」




生徒会室に戻ってきた俺は、会長の椅子にどかっと座る。




「お疲れ様」




今日は優希先輩がお茶をくれた。幸助がいつも生徒会室においているお茶を、優希先輩が入れてくれたようだ。




「あ、すいません、むしろ俺がやらなくちゃいけないくらいなのに」




「ううん、今日は……、違う……、ずっと頑張ってるのは翔君だもん、私がこれくらいするのは当然だよっ」




優希先輩はなんだかご機嫌な様子。お茶を入れるのが好きなのかな? だったら、時々幸助の代わりに、お茶を入れてもらおうかな。




「それにしても、いつの間にあんな話を進めてたの? 私知らなかったんだけどな~」




「他にも孝之しか知りませんよ。あの話は俺の独断で進めてた話ですから」




「えっ? そうなの?」




「はい、少し前に、優希先輩にお菓子同好会に誘われた後も、ときどきお世話になってたんですけど、そのときに、お菓子同好会の人が、料理部とお菓子同好会を分ける意味がない、っていう批判を受けているのを聞きましてね。仕方ないとも思ってんですけど、一応無駄がないかとか、対応できないかを、ちょっと調べて見たんです。そしたら、うまいこと見つかりまして、先生達に相談してみたら、あっさりと認められました。運動部がしっかりやってるのは、伝わってましたから、大量購入や定期契約も問題ありませんでしたし。合同練習は、本当に偶然です。先日のボランティア中に、リサイクルショップのおじさんが、大石高校の教頭先生と知り合いで、その時にちょっと話したら、ちょっと話が進んでおとといくらいにこうなっただけです。俺が勝手にやったことなので、何かあっても俺が責任をとればいいですからね」




「すごいね……、私は去年同好会をたくさん増やして、喜んでもらえたと思ってたけど、今日みたいな話もあったんだね」




優希先輩が少し落ち込んでいる。




「優希先輩は人気がありますからね。表立って批判するようなことをすれば、学校を敵に回すことになるから、できなかったんだと思いますよ」




これを言ってもいいものか少し悩んだが、気を使うことは必ずしも優しいことではないだろう。だから、俺は包み隠さず言った。




「そっか……」




「ですが、優希先輩が間違ったことをしていれば、やっぱり批判はされるでしょう。優希先輩は、同好会を認めるのに、ちゃんと予算の無駄を省いたり、適切な対応をして、教師に認めさせているんですから、全く批判されるいわれはもともと無いんですよ」




「でも、私が去年やったことで、皆が批判されるのは」




「あれは批判じゃないですよ。トップが替わったときというのは、何かしら変化が起こるかもしれないと、みんな不安になるものです。去年同好会が大きく増えたことと、優希先輩が生徒会に残ったことで、その方向性がより強くなるんじゃないかと、心配になったんですよ。俺も、アルバイトの店長が代わったときに、今までとやり方が変わったりして、いろいろ揉めましたから。変化が起こるってことは、そういうもんなんです」




「うん、ありがとね。やっぱり男の子は頼りになるね」




「優希先輩も十分頼りになるじゃないですか。俺はまだまだです」




「ううん、私じゃできなかったことをやってくれてるもん」




「いえいえ、俺のは、ただ単に、アルバイトと両親の人脈のおかげで、ちょっと顔見知りが偶然多いだけですよ。それに、去年の優希先輩の地盤が無かったら、俺もここまではできてませんよ」




「もう、私が褒めてるんだから、素直に受け取ればいいのに」




「褒められるのは嬉しいですよ。でも、俺を褒めるために、優希先輩が自分を自虐するのはやめてください。俺にとって優希先輩は憧れなんですから。あの日からずっとです」




「じゃあ、私は自信を持っていいのかな?」




「もちろんです。優希先輩らしくないですよ。もっと調子に乗って、ドヤ顔をするのが、俺の知ってる優希先輩です」




「そ、そんなにドヤ顔してる?」




「めちゃしてます。ついでに、胸もめっちゃ張ってます」




「は、恥ずかしいな……、そう改めて言われると……」




「いいですって、優希先輩が堂々としててくれるから、俺達も安心できるんです。それは俺も見習わないといけないと思ってますから。トップがぶれないことが、いい組織の常識なんですよ」




「そ、そうだね。えっへん。じゃあ私のやったことを無駄にしないように、精進してね」




「はい、分かりました」




「……くすくす」




「……ははっ」




なんとなく木っ端図かしくなってお互いに笑ってしまった。




「ところで、スリーサイズっていくつなんですか?」




「えーとね……、上からきゅ……、って、翔君! なんてことを聞くの!」




「へ? 俺何も言ってませんけど?」




急に顔を真っ赤にして俺を批判してくる。




「だって、今私にスリーサイズ聞いたでしょ?」




「いや、会話の脈絡が無さ過ぎますよ。大体俺はそんなことに興味は……」




「無いの……?」




「いえ、無いといえば嘘になりますけど……。優希先輩くらいスタイルいいんでしたら、隠さずに堂々としてればいいじゃないですか」




「そ、そう言う問題じゃないの! 女の子にスリーサイズを聞くなんてデリカシーがないんだよ」




「いえ、そもそも俺は聞いてないんですって」




「デリカシーもいいんですけど、スリーサイズ教えてくださいよ。パイセン」




「ほらまた! ……パイセン?」




「おい……、そこで何やってる。孝之」




いつの間に戻ってきていたのか、俺の席の左側の隙間に孝之がいた。




「惜しかったな……、まぁ、『きゅ』まで聞けりゃいいや、90以上ってことだもんな」




「もう……、森君のことなんか、知らないから。嫌い!」




「ガーン」




めちゃ落胆してた。自業自得もいいところだろう。あと人にセクハラをしてる割には、打たれ弱すぎる。




「ちょ、ちょっと言い過ぎたかな?」




「ほっといていいです。たまにはああしないと、いい加減にあいつ捕まりかねませんから」




「そっか、幼馴染が言うなら大丈夫だろうね」




「全く、失礼ですよね。ちょっと俺の口調真似して、優希先輩のスリーサイズを聞こうとするなんて」




「……でも翔君も興味はあるんでしょ?」




え、この話続くの。




「そ、それはもちろんですけど、けどただの数字ですから、それを知ったからと言って何だということではあります」




優希先輩のスリーサイズを知るということは、今後胸を見たときに、『あ、あの胸のサイズは○○センチなんだ』って言う目で見るだけである。何だではなく、割りと何かありそうである。




「そ、そっか良かった」




優希先輩が安堵している。さっきは失礼なことを言ってしまったな。めちゃめちゃ痩せてる人がもっと痩せたいって言うこともあるわけだし、スタイルが良くても、気にする部分はあるのだろう。




「ちゃんと女の子扱いしてくれてるんだね。安心したよ♪」




この人は何を言ってるのか。俺はずっと優希先輩をそうとしてしか見てないのに。




「俺は……」




「翔君になら、こっそり教えてあげてもいいけど? 今日はかっこよかったし」




「なんですと!」




「なんちゃって、もちろん嘘だよ。むっつりさん」




俺が勢いよく顔を上げると、唇に手を当てて、ウインクをして優希先輩がそういった。




「それで? 俺は……、の続きが気になるな?」




「へ?」




「さっき、俺は……、って言ったじゃない。なんて言おうとしたの」




まじか。口に出しているつもりは無かったが、ちょっともれてたのか。いえるわけが無い。




「絶対に教えませんよ。俺にも秘密はあるんです」




「え~」




「こんな無駄話をしてる場合じゃないですよ。ちゃんと部活動の人たちに言ったように、ちゃんと成果をださなきゃいけないんですから!」




「わ~。怒られちゃった。後輩君に怒られちゃったよ~。怖い怖い」




優希先輩が、見せる年相応の、悪戯っぽい顔や仕草。




ずっと憧れていた人が、近くにいるようになって、そういう姿をよく見れるようになった。




2人きりでも、俺を信頼しているのか、ちょくちょく先輩らしくない言動や行動が目立つようになった。




もちろんそれでもあこがれは変わらない。何一つ幻滅することや、残念に思うことは無い。ただただ、俺にそういう飾らない本当の姿を見せてくれることがうれしくもあった。




「翔君? ご、ごめんね。言い過ぎちゃった?」




俺が黙っているのを怒っていると勘違いしたのか、優希先輩が急に謝ってくる。




そして時々見せるこの可愛らしいしぐさ。一瞬でも気を抜くと顔が腑抜けそうで困る。




「い、いえ大丈夫ですから。孝之が帰ってきたってことは、他の皆もそろそろ帰ってくると思います。パパッと片付けちゃいましょう」




「うん、パパっとね」




「はい、この書類をこっちに……」




「パッパッと」




「えーと、これはここに纏めといて」




「パパパッと」




「これは後で皆に紹介しよう」




「パパパパ、パパパパ、パ~パー」←(火○ス風のリズム)




「……、ゆ、優希先輩」




「ん? 何かな?」




「なんでずっとパパッと言ってるんですか? ふふっ」




「え~、なんで笑うの~?」




「だって、そんなの、子供っぽいじゃないですか?」




「そうかな? 私は結構こんな感じだけど?」




いや、思ったより子供っぽいのは知ってたけど、これはさすがに子供っぽすぎる。




「いえ、いいんです。それはアリです」




可愛いからOK。




「む~、さっきも言ってたけど、翔君は私のことを神格化しすぎだよ。今まで私をどういう風に思ってたの?」




「1歳上とは思えないほど、大人っぽくてかっこいいと思ってました」




「そ、そんなこと……、って、何で過去形なの? 私は今でも1歳年上のお姉さんだよ」




「何か、1歳上くらいなことが、そんなに気にならなくなりました」




「む~、1歳でも、それこそ1日でも先なら先なんだよ。むー」




むーむー言いながら膨れてしまった。




「いや、そんな感じにすねたら、余計子供っぽいじゃないですか」




「あ……。こほん、翔君は子供だからね。大人になれば1歳差が大きいことはよく分かるようになるよ」




俺に言われて、あわてて体裁を取り繕う。余計に子供っぽい。いっそのことすねたままでいたほうが、まだ子供っぽくないのに。




「もう何を言っても大丈夫だよ。翔君の言葉に惑わされたりしないからね」




「あ、俺の負けでいいです」




余裕たっぷりであることを示したいのか、胸を張る仕草は止めていただきたい。少なくともあなた体は大人なんですよ。

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