遥かなる時空を越えて

れなれな(水木レナ)

プロローグ


 花精かせいの乙女は、祈っていた。

 そこは、精霊界の辺境にある聖堂。

 静謐せいひつな空間において、なにかが不穏だった。

 風に舞い散る木の葉のように、水面に映りこむ波紋の連なりのように、得体の知れないなにかが近づいていた。

 彼女の敏感な肌と、研ぎ澄まされた感覚の奥にだけ、そろりと這うように触れてくるそれは――。

 ここは第六感以外、モノの役に立たない世界であるから、彼女のありようは正しく、また適切だった。

 ――今、目に見えない敵がやってくる。

 このままでは、事件や事故に大勢がまきこまれてしまう。

 何とかしなければならないけれど、彼女は一介の花の精。

 他に何ができようか。

 世界の鍵を手に、一心に祈るのみだ。

上天意じょうてんいさま、お慈悲をたれたまえ。思いやりと寛容をお示し給え」

 ビシ!

 空間が、不安定にひずんだ。

 最近、生きた人間が大量に精霊界に紛れこんできて、り人たちが騒いでいる。

 これも、その一端いったんなのだろうか。

 見たこともない服装をした、「勇者」が、そこから滑りこんできた。

「うひょー、ラッキー。あたたかいぞ」

 がっちりとした肩に、そぎ落としたかのようなウエスト。

 皮のベスト以外、服はボロボロ。

 どこから来たのか、はなはだ疑問ではあったが――。

 しかし、それは幸運のおとずれに違いなかった。

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