第23話 激戦の末に

「くそっ……マジかよ」


 どうやら向かいの屋敷に大量に人が詰め込まれていたらしい。今こうしている間にも武装した侍達がその屋敷からわらわらと出てきている。


 リオンは火焔の行方に目を向ける。どうやら一人の身軽そうな服を身に纏った人物が手にしているようだった。そして侍達の間を抜けていき、その先にいた人物に手渡した。秀隆だ。


 秀隆は全ては計画通りと言わんばかりのいやらしい笑みをリオンへと向ける。


「なぜだ……なぜこんな罠を張れた」


 リオンが事前にやってくると分かっていなければ、屋敷にあんな人数を押し込めておく事など考えられない。それに秀隆も、すぐ近くで待機していたとしか思えなかった。


 しかし侍達が今にもとびかからんと歩み寄ってくる。考え事をしている暇はなさそうだ。


「仕方ない、イコ……行くぞ。プランFだ」


「えぇ」とイコが呟いた瞬間、リオンの体が左右に分身した。そのひとつはイコが生み出したホログラムである。侍達が足を止め、場にざわめきが走る。


 そしてイコがリオンの腕から離れ、二人のリオンは左右、真逆の方向に向かって走り始めた。


「に、逃げたぞ!」


 リオンはその先にいた敵兵をフェイントを入れながら隙間を掻い潜るようにして走り抜ける。


 敵に触れてはいけない。触れればどちらが本物かバレてしまうからだ。


「追え追えー!」


 敵兵達は本物のリオンがどちらなのか分からず、完全に二手に別れてしまった。


 リオンはそこからしばらく走り続けた。ここはリオンの庭のようなもの、迷う事はない。


 しばらく走り、角を曲がりもう一人の姿が見えなくなった頃、リオンは踵を返した。


 するとそこには百名程度の敵兵が列をなすようにしてリオンに向かって駆け寄ってきていた。


「行くぞ……!」


 リオンはそこでついに朧月の刃を出現させ、その集団に正面から突っ込んでいった。


 先頭の敵の攻撃を掻い潜り横腹を斬り裂く。これは致命傷だろう。それはリオンにとって現実世界での初めての殺人であった。だが、臆している場合ではない。敵は次々リオンの元に襲い掛かってくるのだから。リオンは前に進みながら、立ちはだかる敵を次々と斬っていく。


 そして再び秀隆が見える位置にまでたどり着いた。秀隆はまだ同じ場所にいる。


 作戦自体はうまく行っていた。敵の数を半分にし、前方一直線に並べれば戦いやすい。


 だが、これだけの数を止まる事なく相手に続ければ、ずっと同じパフォーマンスを出し続けていく事は難しい。物理的体力もそうだが、集中力もいずれ切れてしまう。


 そしてやはり疲労によりスピードは次第に落ち、リオンは周囲を囲まれてしまった。


 横からの突きがリオンの背中をかすめてしまいリオンは顔をゆがめる。


 だが傷は浅い。まだ戦える。立ち止まればそれこそ集中攻撃を受けてしまう事になる。


 リオンは痛みを我慢し、迫りくる的を斬り裂いていった。


 そして、なんとかその場にいた最後の一人をリオンは倒したのだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 体力の損耗が激しい。それに背中に加え左腕にも傷を負ってしまった。血が止まらない。


 秀隆は逃げる様子はないようだ。軽い笑みをリオンに向けている。なるべく体力を回復させてから戦いを挑みたいところだが、イコが作った分身を追った侍達が、追っている対象が偽物だと気づき、いつ戻ってくるか分からない。早めに決着をつけなければならないだろう。


 リオンは体の傷を気にすることもやめて秀隆に向かって歩いて近づいていく。


 そして、お互いの間合いに入ろうかという時だった。秀隆が声を掛けてきたのだった。


「貴様に一つ聞きたい事がある」


 リオンは立ち止まり「……なんだ?」と警戒しながらも言葉を返した。


「貴様は一体何の為に戦っている? 雑賀の出身ではないだろう貴様が命を懸けて私と戦う義理などあるのか」


 時間稼ぎかとも一瞬思ったが、秀隆は単純に疑問に思っただけなのかもしれなかった。


「それは……故郷に帰るためだ。その為にはお前の持ってるその刀が必要なんだ」


「ほう……なるほど。ならばこの刀さえ渡せば我々は戦わずして済むという事か?」


「え……」


 それは予想外な言葉であった。まさか、そんな話し合いで解決するなんて事がありうるのか。


「まぁ、そんな気は微塵もないがな。いや、する必要もないと言ったほうがいいか」


「……なんだよそれ」


 そこで秀隆は腰の鞘から火焔を引き抜いたのだった。


「今のズタボロの貴様では私に勝つ事など出来んからな。力づくで切り捨てればいいだけだ」


「……そんなこと、やってみなければ分からないさ!」


 リオンはその言葉を皮切りに、秀隆に向かって駆け寄っていった。


 上段から全力の一太刀を放つ。秀隆はそこに下段から合わせてくる。


 二つの刀が交わり、そして弾かれる。リオンはそこから切り返し、胴や小手を狙った攻撃を仕掛けていく。しかしやはりそう甘い相手ではない。秀隆は当然のようにはじき返してくる。


 続いてリオンは足を前に出し喉に向けての突きを繰り出した。秀隆は身を引きその攻撃を刀でいなす。しかしそれで終わらない。秀隆はそれと同時にミドルキックで反撃してきたのだ。


 リオンは肘を構えてガードしたが、その蹴りは肘がそのまま横腹に食い込むような威力であった。右にバランスを崩すが立て直す。しかしその時には真上からの攻撃が迫ってきていた。


 リオンはそれを刃の裏に手を当て両手で受け止める。その攻撃の重さに膝が曲がってしまった。体が万全ならばこんな事にはならないはずだが。何とか両手で押しのけ後ろへと下がる。


 すると秀隆は、その場で「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべ始めたのだった。


「力もなければ、スピードもいまいち。やはり貴様、先ほどまでの戦いで弱っているな」


「な、なんの……!」


 リオンは再び秀隆に切りかかっていく。しかしリオンの必死さにも関わらず、秀隆には焦ったような様子はない。たんたんと攻撃を受け流していっている。


「ふん、秘策も何もなしか? ならばこれ以上この戦い、長引かせても意味などないな。さっさと終わらせるとしよう」


 そこから秀隆は、ここからが本番とばかりに攻撃の手数を増やしてきたのだった。


 そして加速度的に増えていくその攻撃についにリオンは対処が間に合わなくなってしまった。


 面に向かわせると思わせての胴。朧月はそれに合わせらない。火焔の刃はリオンの横腹の肉を裂き、肋骨さえも切断し、後方へと抜けた。


「うぐっ……!」


 リオンは眉をひそめながらも横に飛び、秀隆との距離を取り再び刀を構える。警戒する猫のように秀隆と目を合わせ、自身の怪我の様子を見る余裕すらもない。しかし感覚で分かってしまう。傷口は深い。服から血が滲んでくるのを感じる。


 リオンは荒い呼吸を整えながら考える。一体どうすればいい。この状態では突破口が開けそうにない。さらに傷を増やしてやられていくだけだろう。


 するとその時「リオン!」という声がすぐ後方から聞こえてきた。イコが戻ってきたようだ。


 イコはリオンの足から駆け上って腕に絡みついた。


「ついに分身だとバレてしまったわ。もうすぐ奴らがここまで戻ってくるはず」


「……こっちも完全にやられてしまったよ」


 その時、秀隆が歩みを寄せてきた。しかし次の瞬間、イコが分身を発生させる。


 すると秀隆は「む……」と足を止めてしまった。この能力は秀隆も警戒しているようだ。


「その傷……結構やられたわね。ここはもう撤退しましょう」


「撤退って……ここまで来て」


「そんな容態じゃここからの勝率は10%もないと思うわよ。それでもやるつもり?」


 10%は低すぎるか。リオンは「ちっ」と舌打ちし、踵を返して走り出した。


「西門の方へ。そっちなら今敵兵が少ないはず」


 秀隆は追いかけてくることなく、チンと火焔を鞘に納め、その場に立ってリオンを見ていた。




「チャンスか……」


 確かにイコが言うように西門までの道のりには敵兵の数は少なく、容易にその付近までたどり着く事が出来た。屋敷の影から門周辺の様子を見る。


「よし……問題はなさそうだ。斬り抜けるぞ」


 リオンは西門へと向かって走った。それに門兵達が気付き、「止まれ!」と声を上げ槍を構えてくる。しかし、リオンはそんな警戒など無視して門兵を蹴散らす。


 そしてかんぬきを切断し、門を押し開く。するとリオンはその先に広がる光景に驚愕した。


「な、何だ……!?」


 足を踏み出そうとした先には何もなかったのだ。下方には20m程の高さの石垣があり、下は堀となっていた。リオンは落ちてしまいそうになったが、何とかその場に踏みとどまった。


「は、橋がなくなっている……なんで」


「図面には確かにあったはずなのに。まさか、これもリオンの襲撃を予期していたから?」


「馬鹿な……それだけの為に橋を取り壊したっていうのか」


 するとその時、左右の道から数多くの兵が一斉に現れた。その数は数百にも及ぶだろうか。


「待ち伏せ……だと」


「……どうやら私達、この場に誘導させられていたようね」


 西門に続く道の敵兵をわざと少なく配置していたという事らしい。なんという周到さだろう。


 あれだけシミュレーションしていたのに、リオンはここまで読みきれていなかった。


 いや、リオンが現れる日時が分かっている事自体がおかしいのだ。一体どうなっている。


「イコ、ここから逃げ切れる確率は……」


「……5%以下ってところかしら」


 そうイコに宣告されたが、リオンの目は意外にも死んではいなかった。


「そうか……思ったよりはあるじゃないか」


 そして刀を握り締め「うおぉぉッ!」と雄たけびを上げ、数多の敵兵に向けて駆け出した。




 それから三十分後。リオンは死体の道を作り、北の門の付近まで足を進めていた。


 しかし、結局北口までたどり着くことは無理だったようだ。リオンの体には無数の刀傷があった。矢も数本刺さっている。リオンの動きはついに止まり、頭を伏せ、何とか倒れぬようにふんばっている状態だ。


 そしてそんなリオンの様子をむしろチャンスとばかりに一人の敵兵が近づきそして斬りつける。その兵はリオンに斬られてしまったが、リオンはバランスを失い、ついには倒れてしまった。その時、朧月をカランと手放してしまう。


 状況は絶望的。戦う事も逃げる事も出来ない。リオンはここで死を迎えるのか。


 そして、新たな敵兵がリオンの前に現れ、リオンにとどめを刺そうとしたその時だった。


「待て」という声でその兵の動きが止まり、兵達が左右に分かれてその中央から秀隆が現れた。


「殺すな。捕らえよ。どうせもう反撃は出来ん。ならばひとつ役に立ってもらおう」


 その瞬間、リオンの腕からイコが離れた。そして手放してしまった朧月を柄を掴んだ。


「待っててリオン。私が何とかしてみせるから」


 そしてイコはスイッチをオフにし、そのまま死体の山を乗り越えて壁の方へと駆けていった。


「あ! おい! 刀が!」


 兵達がその姿を追ったが遅かった。イコは壁を駆け上がり、堀に向かって飛び込んだ。


 着水し、イコと朧月は完全に闇に紛れる。こうなれば、もう追う事は難しいだろう。


 リオンは「イコ……」と呟くと、そのまま意識を失ってしまった。


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