12. 『スミ』を探して
「教団には私と店長の二人で行く。あんたはゴリとある男を見張ってて」
俺達は店長の店のテーブルで作戦会議をしていた。
俺達、とは言ったが俺は店の隅っこのテーブルで軽食を摂らされ、その間俺には聞こえないように小声で二人だけが作戦会議をしていた、というのが正しい。
教団のアジトと思しき場所の図面を広げ、二人は綿密な打ち合わせをした後、俺には計画の詳細は知らされなかった。
白い服に身を包んだユキさんはメイクを落としてすっぴんになり、更には髪も男らしくセットして本当に男に戻った。
女装をしていないユキさんを見るのは初めてだ。
けれど、ただの真っ白でダサい教団の服もユキさんが着ているとそれなりに様になって見えた。
パリコレのランウェイを歩いていてもなんら違和感ない。
「おい、聞いてるか?」
言葉遣いも男に戻っている。
なんだか希望を打ち砕かれた気分で「聞いてますよ」と返事すると、図面の上に写真が三枚並べられた。
「こいつが教祖の腹心だった男で
ハナちゃんが怯えていた男。
そして、ユキさんが電話で話していた男だ。
狡猾そうな爺さんを想像していたが、写真に写っていたのは好々爺という感じに見えた。
「……ありません。老人はいませんでした」
組の中で見たことはなかった。
でも、一度だけ組長が爺さんと話しているのを見かけたことがある。
繁華街の路上でだ。
道を訊かれたか肩が触れたかだと思っていた。
組の人間にはとても見えなかったからだ。
ただ、その時の爺さんが写真の爺さんと同一人物かどうかは分からない。
あの時は通りすがりの他人だと思っていたから顔をはっきりとは覚えていない。
でも、あの時の爺さんがこの写真の爺さんだったなら、その時交わされた会話はとても重要なものだったはずだ。
潜入していた俺の目の前で行われていたのに、俺は全く気づいていなかった。
「じゃあヤスって男は?」
その名前に一瞬ドキリとするが、首を横に振るとユキさんは俺を疑うように目を細めた。
「……こいつは写真がない。変装が得意で誰も素顔を知らない。爺さんが接触する相手は全員写真を残せ。何か動きがあればこれで逐一報告しろ」
そう言ってユキさんから小型のワイヤレスイヤホンを渡された。
スパイ映画なんかでよく見かけるアレだ。
「じゃ、私達は行って来るから後はゴリの指示に従って。多分、そろそろこっちに着くと思うから。また勝手に動いたら……分かるな?」
冷ややかな殺し屋の視線を受け、俺は思わずびくりと体を震わせた。
そんな俺をユキさんは意地悪く笑って店長と二人、店を出て行った。
一人残された俺は先程の会話を反芻して首を傾げる。
ユキさんはヤスとラオが別人だと思っている。
でも先輩やハナちゃんの話から俺は勝手にヤスとラオは同一人物だと思っていた。
仮にヤスとラオが同一人物ならヤスは今刑務所だ。
それに一番下っ端が老人っていうのも妙な話だ。
あの組は年齢層が比較的若かった。
歴史も浅い。
何かが妙だ。
ユキさんは情報屋だ。
そのユキさんが言うなら別人なのだろう。
けれど、先輩の話も気になるし、何よりハナちゃんが嘘を吐くとは思えなかった。
それにハナちゃんはラオと会っている。
ユキさんも先輩もラオには会っていない、はずだ。
ラオヤー、ユェングー、ヤス。
これらの名前が一人の人物を指すとハナちゃんが言うなら、信じるべきはハナちゃんじゃないか?
ユキさんは言ってた。
誰も信じるな、と。
それはユキさん自身も含めて、だ。
ユキさんは何か隠してる。
そして、その為に嘘を吐いている。
なら、俺が信じるべきはハナちゃんか?
そう結論に至ったと同時に店の隠し扉からゴリが顔を覗かせた。
「あー、ここにいたぁ。ハルたん、探したじゃなぁい」
もうっ、とゴリが頬を膨らませている。
少しもかわいくない。
むしろ見たくない。
イカツイ体格のゴリには扉の幅はギリギリだ。
おまけに大きなバッグを持って来たようで、通れないと悟ると「ここじゃなんだから上で話しましょ」と俺に向かって手招きをした。
部屋に戻りソファに腰を下ろすなり、ゴリは大きなバッグからスケッチブックを取り出した。
「ハルたんの為に分かりやすく紙芝居風にしてきたの」
「紙芝居? 何の?」
「もうっ。今から私達が見張る男についてよぉ」
言いながらスケッチブックを捲ると、写真のように精巧な鉛筆画が現れた。
思わず「わあ」と声が漏れると、ゴリは得意そうに胸を張った。
描かれているのは老人の顔と鴉と鳩の絵だった。
「これがラオヤー。年老いた鴉を意味する名前よ。勿論、偽名ね。ユェングーという名前は原鴿と書いて伝書鳩を意味する偽名よ。ラオヤーはその見た目と狡猾さから、ユェングーはその役割から付けられてるの。優しそうな老人に油断する人は多いからね。若い頃は一流の詐欺師として有名だったの。でもそれは表の顔の一つ。墨守の下っ端として、いろんな組織の連絡係をしているの」
「墨守? でも墨守って謎の組織で誰も実態を知らないって……」
「下っ端の活動くらいなら誰でも知ってるわよぉ。さあさあ、続きを捲るわね」
ペラッと捲られた次のページには先程写真で見たのと同じ浪川の顔と由良、そして俺が潜入していた組の組長の顔が描かれていた。
「七年前、浪川が由良と一緒に始めたのが『白い幸福』という新興宗教団体よ。信者も少なくてパッとしない団体だったのだけどね、それが二年後には全国に支部を持つ巨大な団体に急速に成長したの。理由はラオヤーが連れて来た『ハナちゃん』よ。この時から『お告げ様』の予言と言葉に癒しを見出し、信者が爆発的に増えたの。最初は由良が良く当たる占い師ってことでお告げ様やってたんだけど、心理学と詐欺でやってたインチキだったし、由良にそれほどの腕はなかった。それをラオヤーが変えた。トップは浪川ってことになってるけど……」
「ちょっと待って。教祖様ってこの間ユキさんが公園で……」
「教祖はあくまで教祖。団体を仕切ってたのは浪川よ。会長みたいなものね。なんて言ってたかしら? 独特の役職名があったけど、忘れちゃった。ラオヤーは墨守では下っ端だけど、団体では顧問の地位にいたわ」
「ハナちゃんは何歳からあの団体にいたんです? それに親は?」
「……三歳よ。ご両親は墨守に殺されたらしいわ。幸いハナちゃんは見てはいないけれど……声が聞こえてしまうでしょ? それって目の前で殺されたのとそう変わらないと思わない?」
心の声が聞こえるって便利だと思った。
でも、辛いことの方がずっと多いと思う。
ふと俺は五年前の件を思い出した。
あの時、ハナちゃんの目の前でユキさんが逃げ惑う信者を次々と斬り倒していった。
暗闇の中の惨事だったが、ハナちゃんには全て聞こえていたはずだ。
両親がどういう殺され方をしたのか分からないけど、ハナちゃんはあの光景をどんな思いで見ていたのだろう?
そう思うと胸が痛んだ。
「……ん? 三歳って言いました?」
「言ったけど?」
「ハナちゃんは五歳って……俺が潜入してた時、ハナちゃんは五歳だって言ってましたけど?」
「そうよ。連れて来られたのが三歳。あの事件が起きたのは五歳の時よ」
え? どゆこと?
俺は大きく首を傾げた。
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