第11話 6月11日

「あー、えっと、委員長。それ持とうか?」

「え、あ、ありがとう」

「どこまで?」

「教室、なんだけど」


 図書室に寄った帰り道、照屋てるや羽白はじろさんはまだ委員会があり、寺岡さんも、羽白さんと戻るとのことで、まだ図書室にいる。

 特に本を借りる以外にやることの無かった俺は、一人先に借りた本を片手に廊下を歩いていたのだが、前方から、結構な量のプリントとノートを抱えて歩いてくるクラスメイトを見つけ、思わず声をかけた。

 ブレザーのポケットに借りた本を突っ込み、「貸して」と学級委員長の持っていたノートたちを自分の手にうつす。

 ズシ、とそれなりに重みがあり、女の子には大変だったのでは、と思うが、特になんて言っていいかも分からないので、そのまま歩きだす。


「ありがとう。千家せんげくん」

「礼を言われることでもないだろ」


 このまま階段を登り、廊下を少し進めば、1-Dの教室はすぐそこに見えてくる。それはもう入学してから毎日通っている通路だから間違えることもない。


「委員長、教室のドア、開けといてもらえると助かる、んだけど」


 昼休みだから、多分、空いてるとは思うが、両手が塞がった状況でドアを開けたくはない。

 そう思い、何故かハラハラした様子で隣を歩く委員長に声をかければ、「わ、わかった!」と今度は慌てた様子で最後の階段をかけあがっていく。


「いや、そんなに急がなくても……」


 そんなに早く着くわけでもないし、と思ったものの、まあ別にいいか、と特に慌てることなく、委員長のあとを追いかける。


「あれ、千家せんげ、何持ってんの?」


 階段をあがっている最中に、少し上にいた斉藤と荒井が俺に気づき、「プリントとノート」と答えれば「重そうじゃん。少し貸せよ」と、二人がひょいひょい、とそれなりに重かった分を持ってくれて、あっという間に腕の中の重量は軽くなる。


「教室?」

「ああ」

「よっしゃ、じゃあ誰が一番か競争しようぜ!」

「のった!」

「あ、おい」


 俺の返事も聞くことなく、ダッと走り出した二人に、「えー…っと」と呟きつつ、今からじゃどうやってもビリだしな、と歩く速度は変えず、そのまま教室へ向かう。

 前方を見やれば、さっきよりもさらに困った顔をした委員長が入り口で、教室と廊下にせわしなく視線を動かしていて、ほんの少し申し訳ない気持ちになりながら、口を開いた。


「あー、えっと、委員長」

「千家くん!あの、斉藤くんと、荒井くんが」


 斉藤と荒井の到着から少し遅れて歩いてきた俺に気づいた委員長が、教室を見たあとに、困った顔をしながら廊下へ出てくる。


「千家、遅ぇぞー」

「千家ビリー!」

「え、あの」


 教室から顔を出し、けらけらと笑う二人に、状況の飲み込めない委員長は、二人の声に大きく肩をゆらし、振り返って二人を見たあと、もう一度こちらを向く。


「なんかよく分かんないけど、ノートを持ってってくれた上に勝手にゲームが始まって、俺、ビリらしい」

「あ、そうなんだ」


 簡単に状況を説明しながら、委員長の横に並べば、委員長がくす、と控えめに笑う。

 羽白はじろさんとは違う笑い方だなぁ、なんてぼんやりと考えつつも、「で、千家せんげ、これどこ置くのー?」と聞こえてきた荒井たちの声に、思わず委員長と顔を見合わせて笑った。


「校外学習、ねぇ」

「なる、オレと班組むよね??」

「何で必死なのよ、あんた」


 ガシィ、と照屋てるやに向けていたほうの腕を掴まれ、「離せ」ともらったプリントで照屋の頭を叩けば、寺岡てらおかさんが呆れた様子でため息をつき、羽白はじろさんはまたいつものように、くすくすと小さく笑っている。


「なぁ、あそこって、ぎりぎり県外だろ。てことは帰り遅くなるだろうけど、この日の店番は大丈夫なのか?」

「あ、そうそう、その事なんだけどさ。じいちゃんね、多分、再来週のあたまには退院できそうだって、昨日ばあちゃんが言ってた」

「本当?良かったぁ」


 俺の問いかけに答えた照屋の言葉に、羽白さんが本当に安心したように、大きく息をつき、にっこりと笑う。


「ね。帆夏ほのかずっと心配してたもんね」

怜那れいなちゃんもでしょう?」

「まあね」


 そんな羽白はじろさんを見て、笑った寺岡てらおかさんもまた安心したような表情をしていて、二人はお互いに、にこにこと嬉しそうな表情を浮かべている。

 平和だ、と思いながらその様子を眺めていれば、「だからさあ」と照屋てるやが俺の袖口をクイと引っ張る。


「校外学習、オレと班組も?」

「だから、の意味が分からん」

「だってー。なるとまわりたいんだもんー!」

「照屋にだもん、って言われても」

「えー…」


 尻尾と耳が見えるのではないか、と思うくらいに、しゅん、とした表情を浮かべる照屋に「俺は」と言葉を続ける。


「普通に照屋と見てまわるって勝手に思ってたけど」


 言わせんな、と照屋の頭を軽く叩きながら言えば、パァァァァ!と照屋の表情が一変して明るくなる。


「そもそも、俺はイヤだとも何とも答えてないだろ」

「いや、だってさぁ。何も言わなかったら、なるってば一人でも見てまわっちゃいそうじゃん」

「あー……それは」


 あるな、と頷きながら答えれば「やっぱり!」と照屋がショックを受けたような顔をしながら答える。


「まぁ、でも、半分あたりで、半分ハズレだな」

「……うん?」


 そんな照屋てるやの顔を見ながら言えば、照屋は、よく分からない、という表情のまま、首を傾げる。


千家せんげって、ツンデレ?」

「……はい?」


 一連の流れを俺たちの横の席で見ていたであろう寺岡てらおかさんの言葉に思わず変な声が出る。


「ゲホ」

「だ、大丈夫、千家せんげくん」

「大丈夫。少し、いや、かなり驚いただけ」

「そんな驚くこと?」

「いや、驚くだろ」


 変な声が出たことで、若干むせた俺に驚いた羽白はじろさんが慌てた様子になり、彼女に大丈夫だと告げたところに、不思議そうに首を傾げながら言う寺岡さんに、思わず即答する。


「でも、言われてみれば、なるってツンデレかも」

「いつツンだった。そしていつ俺がお前にデレた」


 照屋の発言に思わずツッコミを入れれば、「普段がツン」と照屋ではなく寺岡さんから答えが返ってくる。


「…普段がって」

「普段っていうか、慣れるまでが、ツン、かな」

「……それはただの人見知りというものでは…」

「そうとも言う」


 寺岡さんの言葉に、うんうん、と頷く照屋に、ハアァ、と大きくため息をはく。


「そして、デレはちょいちょいある」

「無いよ」

「あるよー? ね、帆夏ほのか

「え?私?私はっ」


 にこにこ、と俺たちの会話を見ていた羽白はじろさんに、急に寺岡てらおかさんが話題を振るから、羽白さんが「え、えとっ」とものすごく分かりやすい様子で慌てている。

 その様子に、思わず、クク、と小さく笑っていれば、「もー、千家せんげくんのことでしょう!」と羽白さんが頬を赤く染めながら抗議の声をあげる。


「ごめん、つい」

「つい、じゃない!」


 恥ずかしそうな顔で、頬が赤いままで抗議されても、可愛いなあと思うくらいで怖さなんて微塵もない。

 そんな風に考えながら、羽白さんを宥めていれば、「デレよね」「デレだな」と寺岡さんと照屋てるやの声が聞こえてきて、まだ言ってる、と羽白さんと顔を見合わせた俺は、大きなため息をついた。


【6月11日 終】

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