第10話 6月10日
今日も、雨。
昨日、帰宅して天気予報を見たら、どうやら先週末に梅雨入りをしていたらしい。
特に気にしていなかった、とテレビを見ながら呟いたら、母さんに、「しばらくバス通学なんだから、少し早く起きなさい」と言われた。
とはいえ、少し早く、といっても、1時間も30分も早く家を出るわけじゃないし。そう思い今朝も、いつもと変わらずにのんびりとしていたら、思いの外、バスまでの時間がギリギリだった。
朝ごはんを食べる時間が足りない。
そう思い、また駅前のコンビニで何か買うか、と半ば諦めかけた時、「まったく、あんたはマイペースなんだから」と、呆れたように笑う母さんが、昼の弁当とは別に、朝ごはんのおにぎりをくれた。
のだが。
「やっぱ腹減った」
体育の授業中、1つの体育館を女子と男子で半分ずつ使うこととなり、晴れていれば今日はサッカーの予定だったが、急遽バスケへと変更になった。
ハーフコートのため、前半後半の2交代制となり、前半だった俺は絶賛、見学という名の休憩中である。
「わかる!オレもー」
俺のつぶやきにそう答えたのは、俺と同じく前半だった
「お前、俺の朝ごはん一個食べただろうが。あと重い」
「テヘッ」
てへっ、とわざとらしく笑い、退く気配がさらさら見えない
「?」
何がだ、と照屋とは反対側の俺の横に座る声の主、クラスメイトの斉藤を見やれば、斉藤が驚いた表情をしながら俺を見ている。
「…何だよ」
「いや、何が、じゃなくてさ。
面白そうな顔をしながら俺を見た斉藤の言葉に、意味がわからず、思わず「は?」と言いかけた時、「知らなかっただろー!」と妙に自信たっぷりな声が聞こえ、言葉が止まる。
「なるは結構、顔に出るタイプなんだぜ!」
「なんで照屋がドヤ顔なんだ」
ドヤァ、という表情で起き上がり、胸を張って答えた照屋に思わずツッコメば、照屋が楽しそうに笑う。
「だって、なるってば、別に無愛想なわけじゃないじゃん?」
そう言った照屋の言葉に、「いやいやいや」と斉藤が手と顔を横に振りながら答える。
「無愛想、ではないかも知れないけどさぁ、
「あ、それに、千家、料理できる男子だろ!オレも見てたぞー昨日の調理実習!」
「…は?」
「それ!」
「な!」
一気に言った斉藤の言葉に、斉藤の横にいたクラスメイトの荒井が、なぜか興奮気味に続け、ぽかんとしている俺を置き去りにして斉藤と荒井が謎に意気投合している。
「おい…」
急にどうした、と二人のクラスメイトに声をかけようとした時、「オレの…!」と小さな声が聞こえて、首を傾げながら隣を見やる。
「オレのほうが…!」
「…
「オレのほうが、なるのこと知ってるし!」
「…は?」
バッ、と斉藤と荒井を見ながら声をあげた照屋に、俺は思わず固まり、照屋の主張を受けた側の二人は二人で、「…へ?」と間の抜けた声をこぼす。
むう、と頬を膨らませる照屋に、ほんの少しの間、呆気にとられるものの、何だこの状況、といち早く思考停止から抜け出した俺は、照屋の額をベシッと軽く叩く。
「いったー!何すんのさあ!」
「何すんのじゃねえし。照屋こそ、何を分けのわからないことを大きい声で言ってんだ。小学生か」
「なっ、だってさ!先に気づいたのオレだし!それに今どきの小学生はこんなこと言わないだろ!」
「じゃぁ、お前は俺の彼女か」
「え、彼女にしてくれんの?」
「なんでだよ」
俺に叩かれた額を抑えながら、次々と会話を続ける照屋に、「あのなぁ」とため息をつきながら言葉を続けようとすれば、ぶっ、と斉藤が小さく笑いを吹き出す。
「照屋ってやっぱおもしれえな」
「っつか、
「…漫才って、俺が?」
「他に誰がいるよ?」
「…照屋がいるじゃん」
斉藤の言葉に、首を傾げながら答えれば、斉藤に続き、荒井もまた笑いを吹き出しながら「千家って天然か」と言って笑い出す。
「え、待って、なる。今のって、オレのノリつっこみだったの?」
「そもそも俺は漫才をしてるつもりはさらさら無い」
「うそぉ!?」
「そもそも漫才のやりかたなんて知らん」
ショック!と口に出しながら驚いた表情をする照屋に、そう答えれば、「千家、良いキャラしてんな」と斉藤と荒井がひとしきり笑ったあと言った。
「…疲れた」
「おつかれ」
「だ、大丈夫、
「…大丈夫」
教室に戻るなり、何やら同じクラスの女子の数人に急に話しかけられ、よく分からないまま、受け答えをして数分後、「ただいまー!」と体育の授業終了後、そのまま売店に行っていた照屋が戻り、それを合図にしたかのように彼女たちが自分の席へと去っていく。
すぐに机にぷっつぶした俺を見て、
「なる、どしたの?」
「…よくわからん」
「うん?」
首を傾げながらも、ガタン、と
なんとなく、目をそらしてはいけない気がする。
だがしかし、どうしよう。
謎の焦りを抱えた瞬間、
ふと、その笑顔を直視して、心臓がバクバクと大きな音を立てるのと同時に、前にもどこかで見たことがある。そう思ったものの、どこだったっけ、と記憶を引っ張りだそうとしても、何か、引っかかりはあるものの、出てこない。
考えても出てこないものは、仕方ない。とりあえず腹減ったし、とよく分からないモヤつきは抱えたそのままで、まずは昼ごはんを食べることにした。
「……る、なぁ、なるってば」
「うん?」
今日は、店番はなく家に帰ろうと、駅方向のバス停にのんびり歩いていると、ふいに
「何してるんだ? ていうか、照屋、このバス乗るんだっけ?」
「普段は乗らないよ。家まで歩いて帰ろうかと思ってたけど、なるが全然気づいてくれないから、付いてきちゃった」
「…はい?」
俺の目の前で手を振っていた照屋が「もー」と言いながら軽くため息をついている。
「本当に全っ然気づいてくれないんだもん。やっと気づいと思ったらバス停着いちゃったし」
「やっと?」
「やっとだよ。ねぇ、昼すぎからずーっとボーッとしてるけど、どうしたのさ。何かあった?」
自分と同じように、駅に向かうバスを待つ生徒たちと共に、バス停に並ぶ。
決して広くは無いバス停の屋根は数人分で途切れ、俺と照屋は傘をさしたまま待機列へと並ぶ。
そのまま俺の隣に並んだ照屋に、「特に、何も」と答えるものの、照屋は、明らかに納得がいっていない表情を浮かべて俺を見る。
「その割にはスッキリしてない顔してるけど」
「……と言われても…」
ただ、照屋に話して思い出せるわけでもないし、とも思ったが、何やらとても心配そう顔を向けられ、こんな表情を向けられたら、話さなくてはいけない気がして、「なあ、照屋」と彼の名を呼ぶ。
「俺、
「はじろんなら、毎日会ってるじゃん」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
首を傾げた
思ったよりも降ってきた雨に、バス停には、一人、また一人、とバス待ちの人が増えていく。
自分たちの横に並ぶ同じ制服を着た生徒に、なんとなく会話を続けることにはばかられた俺は、「…バス来たからあとで話す」とバスがやってきたことを理由に、この話の一時終了を照屋に告げる。そんな俺に「よくわかんないけど、わかった」と、隣に並んだ照屋は首を傾げたあと、小さく頷きながら、俺に続いてバスへと乗り込む。
そうして、駅までのあと数カ所のバス停を過ぎるまでの間、もう一度、記憶を探ってみたものの、やはり、何か靄みたいなものが引っかかって、思い出せない。
「小学校の時のやつじゃん?」
「小学校?」
「だって、低学年の時、はじろん、なると同じ学校だったんでしょ?」
照屋は途中でバスを降りるのかと思いきや、「シェイク飲んで帰ろうよ!」という照屋の提案に、何故だか駅前のファストフード店に二人で立ち寄り、照屋はシェイクとハンバーガーを、俺はポテトとナゲットを買って、それなりに混んでいる店の一角へと腰をおろす。
「転校するまで同じクラスだったらしい。全然覚えてないけど」
「そなの?」
「ああ」
頷きながらポテトをつまめば、「まぁでも」と
「オレも小学低学年の時のことまであんまり覚えてないかなあ」
「だろ?」
「うん。けど、そうなると、接点ありそうなのは……塾とか?」
「……塾はほとんど行かなかった」
「じゃあ違うかあ。あ、あれは? 入学式とか合格発表の時とか?」
「……入学式…発表」
あー、と言い大きく口をあけハンバーガーに食らいつく照屋を眺めながら、ぼんやりと入学式と合格発表の時を思い返す。
確か、あの合格発表の日は、仕事の都合で、どうやっても間に合わなかった父さんと母さんが、書類の受け取りが終わったあと、昼ご飯を食べに行こう、と言い、車で高校まで迎えにきた。
「けど時間になっても、来なくて、ぼーっとしてたんだよな」
わざわざ来なくてもいい、と言っても、折角だし!とノリノリな両親を止めることも叶わず、好きなもの食べていいと言われたから、と裏門のところでボーッと二人を待っていた。
「で、何人かの顔見知りを見つけて……」
「挨拶とかして?」
「ああ。それで、また少し待ってて…待ってて?」
「何を?」
待ってて、と繰り返した俺に、照屋が首を傾げる。
両親を待ってる間、一人、女の子と目が合った。
何故か、その子、すごく驚いたような顔をしていたが。その子、確か。
「なぁ、
「んー?」
「
「……なる、それいつの話?」
あの日、裏門で目が合った女の子は、とても長い髪だった。
だが。
何をいまさら、という表情を浮かべたあと、照屋は「あ」と小さく呟き、口を開く。
「でも、はじろんが髪切ったの、入学する直前だから、なるは切ったこと知らないのか」
「……なるほど」
笑った顔を、どこかで見たことがある気がした。
けれど、それも、そのはずだ。
「え、まさか、入学式前にはじろんに会ってたの?」
「……多分」
本人に聞いたわけでもない。
だけど、彼女は、驚いた顔をしたあと、何故だか、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていて。
その表情が、最近よく見る、
似ていた、というよりは、羽白さん本人だったのだろうから、そりゃ似てるはずだろ、と自分で自分にツッコミをいれる。
「なんで忘れてたんだか」
「隣の席なのにね」
「……ああ、うん」
クク、と笑い残りのハンバーガーに手を伸ばした
「……なる? どした?」
「…いや、何でもない」
「うん?」
心臓が、バクバクと煩い。
心なしか、耳も、顔も熱い。
こんな感情は、よく、分からない。
多分、きっと、これは、気のせいだ。
外の雨を見ながら、そう心に言い聞かせた。
【6月10日 終】
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