第8章 真の目的

1 臆測

 エルトン・ファティマ教授は疲弊していた。

 午前中開かれた緊急理事会に呼び出され、爆破事件について尋問を受けた。要するに、今回の事件に関与したのかしていないのか、お前の研究室はどうなっているんだ、逮捕されたルシア・ウッドマンについて何か聞いていることはないのかなどなど。人権を無視したような発言が相次ぎ、心境は最悪だ。

 勿論、“流星の子ども”について、エルトンは何も喋らなかった。そこが核心であり、そこに触れなければ何ら解決しない事項であるとエルトンも分かっていたが、大学の理事会などという信頼すべきではない機関に提供するような話ではないと確信していた。だから、警察の事情聴取で語ったことに加え、ルシアの成績だとか交友関係だとか、そういうことを追加して話すにとどめた。

 これは、世界を巻き込む事案だ。

 しかし、理解出来る人間は少ない。

 エルトンの手元に集められた情報を整理したとしても、全体像を掴むのは容易ではない。今までのことを整理すると――、




■ルシアはマグヌ・ルベ・モル彗星の流れた日に生まれた。


■マグヌ・ルベ・モル彗星は死神星の異名を持ち、その欠片には魔力が宿っているという伝承がある。


■欠片に当たると“流星の子ども”となり、成長期に差し掛かるとその身体を悪魔や魔物に変えてしまう。


■マグヌ・ルベ・モル彗星は220年に一度アズールに飛来する。


■マーラという魔女の連れている少年ミロも、いずれかの時代の“流星の子ども”である。


■死神星の呪いは強力なため、封印魔法をかけ続ける必要がある。


■ルシアの祖母ネヴィナが、ルシアに魔法をかけて呪いの力を封印していた可能性が高い。


■“流星の子ども”を集めている一団があり、ルシアを狙っている。




 ルシアがマーラたちと共に連続爆破事件を起こしたわけではないということは、そこに居合わせたリオルの証言ではっきりしている。

 研究室で机に向かい、ベルーン村の資料を眺めながら、エルトンはぼんやりとルシアのことを考えていた。

 素直で勉強熱心で、どことなく幼くて。古いものが好きだと無邪気に語っていた。家にはあちこちの露天で買い漁った民芸品があるらしく、何点か研究室に持ち込んで見せてくれたのを良く覚えている。その由来や民芸品に関わる昔話などを伝えると、ルシアは嬉しそうにして、関連書籍を大学図書館や王立図書館で借りるのだった。

 今時珍しい、純粋な子どもだと思っていた。

 探究心もある、向上心もある。育てれば、良い研究者になれると目をかけていた。

 それが、たった数日で一変してしまった。

 机に肘を付き頭を抱えるエルトンに、ひとりの学生が声をかけた。


「教授、大丈夫ですか。顔、真っ青ですよ」


 リオルだ。

 講義を終えて研究室に来ていた彼もまた、警察や理事会の事情聴取に呼ばれてげんなりしているひとりだった。


「僕のことは気にしないでくれ。それより、ルシアと親しいからって、リオルの方が色々突っ込まれたんじゃないのか」


 エルトンが皮肉交じりに言うと、リオルは深くため息を吐いて頭を掻いた。


「ルシアの家を知っているのかとか、中に入って変なものを見たりしなかったかとか。失礼な話ですよ。付き合ってるわけでもないのに、彼女の家の中に入ったことはないし、家の場所を知ってるくらいで四の五の言われても。……教授は相当やられたみたいですね。顔に書いてあります」


 ハハハッと、二人で乾いた笑い。

 続いて大きなため息が同時に漏れる。

 新聞やアズール・ネットニュースには、マーラがとんでもないことを企て、ミロとルシアがそれに加担していたという、信じられないような記事が載っていた。三人には動機がない。テロリストと同列に扱われるようなことなど何一つしていないのは明白なのだ。


「――昨日の帰り、バスの中でルシアがキョロキョロと変な動きをしていて気になったんです」


 ぽつりとリオルが言うと、エルトンはハッとして机から目線を上げた。


「もしかしたら、誰かに付けられてたのかな。何の警戒もしないで魔女の話しながら歩いてたから、誰かに感づかれた、とか……」


「誰かに?」


「あくまで臆測ですけど。昨日の話じゃ、ルシアを狙ってるヤツがいるとか、“流星の子ども”を集めてるヤツがいるとか、そういうことでしたよね。……なんか、変じゃないですか。魔女たちがルシアを狙うのに、警察に逮捕なんて」


「ああ。そこは、確かに引っかかってた。マーラの話では、モルサーラとかいう男が“流星の子どもたち”を集めていて、ルシアは標的にされていると、そういうことだったように記憶している。王都警察は、確かに爆破事件のことを調べていたのだろうが、初日はそれほど大きく事件を取り扱ってなかったような気がするんだ。不思議な現象が起きたとか、魔女が現代にも生きているとか、かなり軽い感じだった。それが、二日目、リオルも巻き込まれたあの事件で何かが変わった」


「ルシアが“流星の子ども”だと、あの魔女にバレた」


「“流星の子ども”を集めているモルサーラは、王都にそのひとりがいることに気付いた。どうしても手に入れたいと思った。強制的に連れ去る方法を考えたに違いない。現代においては合法的で、かつ、ルシアを守ろうとする目障りなマーラとミロをやっつける方法……」


 そこまで言うと、エルトンはブルブルッと分かりやすく身震いした。

 あまり、考えたくはない。しかし、なんとなく気付いてしまった。

 もしかして、もしかしたら。



「警察内部……」



 そう口にしたのは、リオルだった。

 エルトンは慌てて立ち上がり、リオルの口を塞いだ。

 辺りをキョロキョロ見まわし、今のセリフに研究室に残る学生の誰ひとり注目していないことを確認する。そして、ガバッとリオルの肩を抱いて、急ぎ足で奥にある仮眠室に引っ張った。

 バタンと扉を閉じ、更に声が漏れないよう簡易ベッドの上にリオルと二人で座り、布団を被った。

 あまりの出来事に、リオルは反応出来なかった。

 研究室にはナーガとサーシャが残っていた。あの二人にさえ話せないことだということしか、リオルには分からなかった。


「そうだ。警察内部だ。モルサーラの手先の魔女が、警察内部に入り込んでる。事件にしてしょっ引いてしまえば、あとはどうにでもなると踏んだのかも知れない。凶悪犯で、署内で暴れまわったとか言えば途中で射殺も止む無しとなるだろう。モルサーラにルシアを引き渡したとしても、死亡で処理すればいい。市民生活を脅かす怪しい輩を警察が逮捕したとなれば、恐らく警察自体に疑いの目が行くことはない」


「え、ちょ、ちょっと待ってください、教授。それじゃ、警察の狙いはマーラじゃなくて、最初からルシア……」


「だろうな。マーラの逮捕はあくまでついでであって、敵はルシアを手に入れたかった。ルシアだけを連れ去ることが出来ない上、マーラとミロは目障りだった。だから、そこを切っ掛けにした。……ルシアの家から血痕ってのは気になるが」


「開かずの間……。マーラが掃除して見つけたって。それに、あのとき、何か引っかかることを」


「ああ。僕も引っかかってた。あのとき確か、マーラはルシアの両親の死因を聞いて、『本当は、あなたが』と言ったんだ。あなたが……、ルシアが、殺した。それが、開かずの間じゃないのか」


 リオルは息をのんで一緒に布団を被るエルトンの顔を見た。

 薄暗い中でも、その興奮は良く伝わった。


「悪魔か魔物になりかけたルシアが両親を殺した。それを知った魔女がルシアの力を封印し、祖母として一緒に暮らし始めた。そう考えればしっくりくる。“流星の子ども”が複数人集まると、力が増大すると碑文にもあった。ミロがやって来たことで、今までの封印が弱まり、魔性の力が強まってきた。だから簡単に見つけられてしまったんだ。そこに、警察権力の皮を被った魔女が狙いを定め、ルシアをマーラたち共々しょっ引いた。王都警察が背後で絡んでる。間違いない」


「け、けれど教授。これ、どう見ます?」


 暗がりの中でリオルがズボンのポケットから取り出したのは、携帯端末だった。白く光る画面の中に、アズール・ネットニュース速報の記事がある。容疑者逃亡かと、まるで他人事のような記載。


「警察が本格的に絡んでるなら、容疑者逃亡を許しませんよね。となると、警察はあくまで中継。大ボスがいて、そこに送り込むのに失敗した、とも読めますよ」


 エルトンはじっと画面の文字を追った。

 忽然と姿を消した三人。市民を警戒させる文面。


「警察が恥を承知で逃亡を伝えなければならなかった相手。警察より上の組織、と言ったらどこだと思います?」


 リオルに言われ、エルトンはしばし思案する。

 国家の権力はそれぞれ独立しているはずだ。例えば政府。例えば司法。経済界だって、ある意味大きな権力ではある。しかし、警察よりも上とは思えない。

 考えられるとしたら政府。しかし、魔女や“流星の子ども”に関心があるとはとても思えない。現代では魔法などの存在は忘れ去られてしまっているのだ。かつて、まだ王宮に政治の中心がおかれていた頃は、魔女や魔法使いが政治のためにまじないや占いを行っていたのだとは聞いたが……。

 王宮。

 権力を失って久しいが、未だ国家の象徴として脈々と続く存在。

 グルーディエ15世は野心的だが平和主義を貫く若き王。彼の周囲には先代からの重臣が未だ仕えているという。

 王宮の周辺は観光名所と化したが、王宮自体は王の住まいとして使われ続けている。

 外交の舞台、古くからの伝統を繋ぐ場所として、王都に無くてはならない存在ではあるが、その多くは市民に解放されぬ聖域。

 資料を読み解くと、王家と魔女、魔法使いたちの関係が強くうかがえた。国家と魔法は切っても切り離せない。“王都は魔法で守られている”という、様々な文献に決まり文句のように掲載されている一文もある。

 エルトンは胸ポケットから手帳を取り出し、リオルの携帯端末の明かりを借りてパラパラとページをめくり始めた。自分の書いたメモに、気になる箇所があった。それは、あまりにも単純で、しかし、そんなことがあり得るのだろうかと首を捻ってしまうようなこと。

 マグヌ・ルベ・モル彗星について、自身の知識と資料から簡素にまとめたページで指が止まる。



 *-*-*



【マグヌ・ルベ・モル彗星】

 赤い死神星

 長周期彗星(220年)

 魔力?

 1981年春→アラン・ゲイナーと観に行ったアレ最後の観測

 1761、1541、1321、1101、881、661、441、221、1



 *-*-*



「この国は、マグヌ・ルベ・モル彗星の飛来した年に生まれている」


 エルトンの呟きが、狭い布団の中に響いた。


「王宮だ。王宮が、死神星の力を、“流星の子どもたち”の力を欲してるんだ」


「つ、繋がりましたね」


 興奮気味に、リオルが言った。


「繋がった。繋がったぞ……! 繋がった!!」


 拳を握り、エルトンが立ち上がったとき、ドアのノック音と同時に「教授」と呼ぶ声がした。

 はらりと布団が取れ、汗だくのエルトンとリオルが姿を現すと、不用意に仮眠室のドアを開けてしまったサーシャは、キャーと悲鳴を上げ、


「不潔! 不潔です、二人とも! 最低!」


 と、研究室を飛び出してしまったのだった。

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