6 不審な少年
サーラと名乗った少年は、十歳ほどに見えた。あどけない顔をしていたが、その笑顔は冷たく、容易に怪しい存在であることが推測出来る。
ルシアは背筋を震わせ、一歩後退った。
狭い部屋に十数人の男たち。それだけで恐ろしく、生きた心地がしない。唯一の出入り口さえ、塞がれてしまった。
「気付いてる? 覚醒はどんどん進んでる」
ニコニコと笑みを浮かべながら、サーラはルシアを見上げている。
「君の身体は徐々に溜め込んでいた魔性の力を放ち始めている。その証拠に、成長の止まっていた身体に変化が起きた。例えば身長、例えば女性的な身体の凹凸。魔法で力を押さえつけようとすると、どうしても身体に負荷がかかる。そうすると、幼児的な体型になってしまうものなんだ。――僕のようにね」
言われてルシアは、慌てて自分の身体をまじまじと見た。
いつも子どもっぽいと笑われる、シワの少ない丸い手が、指の長い大人らしい手になっている。
胸の辺りも膨らんでいる。少し服が窮屈だと思っていたのは気のせいではなかったようだ。
腰もくびれ、太ももに窮屈さを感じる。
他は……、鏡もなくはっきりとはわからないが、髪の毛の長さが確実に伸びているのは分かった。肩までの髪が、胸の辺りまで伸びてしまっている。
「10年前――、強大な力を感じるとこの時代にやって来た。確かに一瞬、とんでもなく強い力を感じ、僕は心底震えた。求めていた者に出会える喜び。期待し、必死に探した。しかし、その力は直ぐに消えた。何者かが封じてしまい、全く探ることが出来なくなってしまったんだ。彗星の呪いは簡単な死を許さない。きっと生きているはずだと国中を巡った。偶然、封印は解かれたんだろう。ビシビシと感じたよ。待ち望んでいた力に出会えることに感謝しよう。ルシア、君がこうして目の前に居ることを、僕は嬉しく思う」
身振り手振りで感動を表すサーラに、子どもらしさはなかった。
子どもなどではないのだろう。
やはりルシアと同じように、何らかの方法で力を封じ、子どもの姿をしているだけ。
にこやかなサーラとは対照的に、ルシアの胸はどんどん苦しくなっていた。鼓動が早まり、息が上がる。そして嫌な汗が止めどもなく吹き出て、立っているのさえ辛くなってくる。
特に胸。浮かび上がった“しるし”の辺りに強烈な力を感じる。左手でぐっとしるしを押さえつけるが、左手の魔法陣が効いているような感覚にはならなかった。むしろ、そんなものは一切効かぬと“しるし”が主張しているようだ。
「力を解放するのは簡単だ。目を瞑って、全身の力を抜けば良い。魔法使いたちが君の覚醒を手助けする。――怖い?」
と、サーラがつま先立ちをしてルシアの眼前に迫った。
「大丈夫。怖くなんかないよ。この時代に存在する“子どもたち”を、こうやって何人も覚醒させた。君は他の“子どもたち”と同じようにこの国を守る戦力になるのさ。グルーディエの軍隊だけじゃ、この国の威厳は保てない。最古の王国には、最高の力が必要だ。どの国にも負けない、どの国にも侵略されないために、国は力を持たなくちゃならない。王国は魔法で守られているんだ。それを支えるのが、この時代では忘れ去られてしまった魔女や魔法使い、そして、僕ら“流星の子どもたち”なんだよ」
何を言っているのか、にわかには理解しがたい。
ルシアはぐっとした唇を噛み、サーラの無垢な笑顔の奥を探った。
確かに、言葉だけは知っている。王立図書館で以前借りた古い本の一節に『王都は、魔法で守られている』とあったのをルシアはしっかりと覚えている。
比喩ではなかったと。
現実に、この国は魔法で。
――けれど引っかかる。確か若き王グルーディエ15世は平和と共生を掲げていた。今のところ
強大な力など、この世界に必要か。
何かがおかしい。
「10年前に、来たの?」
ルシアの力をネヴィナが封じた頃、既にサーラは王都にいた。
「ということは、先代、グルーディエ14世の時代には既に」
「王は僕の友人だ。君の覚醒を、王も心待ちにしている」
言葉巧みに、サーラはルシアを誘う。
「誤魔化さないで。国王は決してそんなこと」
「――今、君は王宮の地下に居る。目覚めたら王にお披露目する手はずになってるんだ。
国王は自ら欲している。世界の安寧のために、強大な力をね……」
思わせぶりに言うと、サーラはスッと右手を高く掲げた。
黒いフードの魔法使いたちは一斉に両手を突き出し、ルシアに手のひらを向ける。
魔法陣だ。
それぞれの前に一抱えほどの魔法陣が出現している。
宙に浮かんだ赤黒い魔法陣たちは、一様に同じ文様を描いていた。
――逃げなきゃ。
頭の中がどうにかなってしまいそうだった。どうにかして脱出する術はないのか、こんな密室で、こんな大勢に取り囲まれて。
サーラはいつの間にか男たちの背後へと回り、ニコニコと笑いながら遠巻きにルシアを観察している。
きっとアレは強制的に覚醒させる魔法陣なのだと、魔法の知識のないルシアにだってそんなことは直ぐに分かった。サーラはルシアをさっさと悪魔か魔物にしてしまいたいのだ。ここに居る魔法使いたちは、そのために連れてこられた。
覚醒してしまえば元には戻れない。
どうせそうなってしまう運命なら――……。
ルシアの頭に浮かんだのは、マーラの笑顔。
そして、マーラの側ではにかむ少年姿のミロ。
どうせ魔性の者になってしまうのなら、マーラの側で。
――『約束よ、ルシア! 決して、流されちゃダメよ!』
マーラの言葉を思い出す。
流されない。前を向く。希望は捨てない。
――『上手く自分の中に力を引っ込めたり、丁度いいだけ使ったり出来るようになれば、その力は驚異じゃなくなるわ』
ミロだって耐えている。
途方もなく長い時間、必死に耐え続けている。
――『自我を保つための魔法陣よ』
ひとりじゃない。
マーラが刻んだ魔法陣がある。
胸が痛い。掻きむしる右手には長い爪。はだけた胸元に、引っ掻き傷が出来ている。
呼吸を整えながら、ルシアはゆっくりと左手を前に突き出した。
大丈夫。ほんの一部だけ、力を解放する。
こんなところで負けるわけにはいかないから……!
ルシアは意識を左手の甲に集中させた。
力が身体の奥底から腕を伝う。
湧き水が勢いよく吹き出るような、風が激しく身体の中を通り抜けていくような。
左手の甲の魔法陣が目映い光を放つ。
そしてそれは、手のひらから前方に向け、激しく解き放たれた――……!
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