3 信じるべきか、否か
一通りマーラの話を聞いた面々は、その重大性に理解が追いつかないでいた。
ルシアは特に、呆然として、ただ首を傾げるばかり。偶然と思っていた出会いが、もしかしたらそうじゃなかったのかもと思い始めるまでさほど時間はかからなかった。
お互いに力を感じるというのは漠然としていてよく分からないが、夜、ミロの青年姿を見たときに感じた胸の高鳴りは、その一種だったのだろうか。それとも、別の何かなのか。
どちらにしても、もう平穏な日常が遠いところに言ってしまったのだと言うことだけはハッキリとわかった。
「ってことは、これから先も、さっきの魔女や悪魔みたいなヤツが、ルシアの前にどんどん現れていく可能性があるってことか。それに、守るったって、どうすれば」
リオルの額からつうと汗が流れ落ちた。握りしめた手が、微かに震えている。
「有効的な手段が浮かばなくて申し訳ないけれど、出来るだけルシアを一人にしないで欲しい。そして、あなたたちの仲間にも危険が迫ることを想定して置いた方が良い。……こういうとき、不便ね。昔は当たり前のように魔女や魔物がいたから、ほんの一言添えるだけでよかったのに、今はその存在を教えるところから始めなくちゃならないんだもの」
「……ちょっと、いいかな」
マーラの話を遮り、エルトンが右手を軽く挙げた。
「その、モルサーラって男の正体は、どこまで分かってるんだろう。それに、魔女や悪魔がウロウロするにしても、王都は昔ほど夜も暗くならない。そういった生き物は大抵夜に動くと思っていたんだが」
「良い質問ね」
とマーラは口角を上げた。
「実は、モルサーラが何者なのか、崇拝者の魔女たちさえ、その正体を知らないのよ。私が彼について知っているのは、男性だということ、破壊願望をもっていること、そして、彼自身が“流星の子ども”だったということ」
「――えっ! それじゃあ」
エルトンとリオルが机を叩き、勢いよく立ち上がった。
ルシアはその勢いに驚いて、カップの中のコーヒーを零しそうになった。
「彼がどの時代の“流星の子ども”なのか、どのくらいの力を持っていて、どんな姿をしているのか分からないけれど、魔女のように長く生きているようだってことは確かよ。そして、残念なことに、彼に賛同する魔女は少なくないの。魔女は元々、人々の暮らしに溶け込むのが得意だから、この時代の明るい夜にも慣れていったのね。残念ながら、夜だけ警戒していれば良いというわけではないってことは、さっきの襲撃でよく分かったはずよ」
「もう一つ、良いかな」
再び、エルトンが声を上げる。
「ルシアの力、封印されているとは言っても、何かの弾みで解けてしまうような脆いものなんだろう? もし仮にそうなってしまったなら……、僕たちはどう応急処置すべきなのかな」
思わぬ質問に、ルシアは恐る恐る、マーラの顔を覗き込んで反応を待った。
マーラはしばらく黙っていた。
そして、長いため息を吐いた。
「もし、封印が解けて魔性が姿を現したときには」
そこまで言って、また長いため息。
息を飲んで注目するエルトンたちの顔を、一人一人、ゆっくりと確認してから、マーラはルシアの目を見て、ハッキリとこう言った。
「直ぐに、ルシアを殺して」
*
日が傾いてゆくと、王都の空はオレンジ色に染まった。欠けた二つの月が現れ、鳥の鳴く声が空気に染み渡る。
夕暮れ時になると、ビルディングの窓明かりが美しい模様を作る。毎日違う表情を見せる夜景と、その後ろに広がる空とのコントラストが、疲れたルシアの心を癒やしてくれる。
空が暗くなっていくに従って、窓明かりの中で動く人影がハッキリしていくのがまた、面白かった。景色の中に人がいる。人が世界を作り上げている。そう感じる瞬間、少しだけ一人暮らしの寂しさが消えるような気がしていた。
王都中心部にある王立大学から、自宅のあるユロー地区まで、ルシアは普段からバスを利用している。いつもは一人で立つバス停に、今日はリオルがいる。断ったが、無理やり付いて来てしまったのだ。
「リオルは別方向でしょ。それに、子どもじゃないんだから、ちゃんと一人で帰れます」
口を尖らせるルシア。
リオルはため息を吐き、そんなルシアを見下ろした。
「子どもより厄介じゃないか。それに、魔女が『ルシアを一人にするな』って」
「……それは、そうだけど。おかしいじゃない? 私、もう大人なのに“流星の子ども”、子どもだよ? それに記憶にないことまであったことにされて。困らない方がおかしいでしょ。まさか、リオルはマーラの言うこと、全部信じたの?」
リオルを見上げるルシアの目は、明らかに不信に満ちていた。
眉をひん曲げるルシアは、まるで未だ小さな子どものようで、リオルはハァとまた息を吐いた。
「最初はとても信じられないと思ったけど、信じるしかなさそうだ。魔法でパッと消えたり、魔法ブッ放ったり、変身したり。あんなの見せられたら、疑うことなんて出来ないし。それに、あの魔女、悪い人じゃないだろ。あの使い魔だって、昼間襲ってきたヤツらとは全然違う。ただ、あんまりにも衝撃的な言葉ばっかり浴びせられたお陰で、魔女のエプロンにツッこむの忘れてた。本当に、魔女に掃除させたんだな、ルシア。お前ってヤツは……」
「掃除は成り行き上仕方なかったというか何というか。それに、おばあちゃんが魔女ってのが、絶対的に信じられない要素のひとつなんだよね」
「それはそうなんだろうけどさぁ……、仮に魔女の話が正しかったとしたら、筋は通ってる。家に戻ったら、その辺含めてもう少し詳しく聞いてみりゃいいじゃないか」
「うん……」
停留所には、他に距離を取って数人がバス待ちで並んでいた。
会社帰り、大学帰りのいつもと同じ顔ぶれ。
その中に一人、見覚えのない顔がいることに、ルシアは気が付いた。
黒いパンツスーツの女性。長い髪の毛を綺麗にまとめ、キャリアウーマンにも見えるが、どことなく違和感がある。目元のメイクが濃いからか、それとも、彼女の側にピッタリと貼り付く黒猫がルシアをじっと見ているからか。
なんとなく気になって、ルシアはじっとその女性を見つめた。
すると、女性もルシアに気が付いて、顔を上げる。目が合う。
ニコッと……、微笑まれた気がした。
ルシアは慌てて顔を逸らした。
リオルは気付いていない。未だかなとバスの時刻表と腕時計を交互に見ている。
バスが定刻通りにバス停へとやってくると、リオルはルシアの手を引っ張って、バスへと乗り込んだ。後ろから、例の女性もバスに乗り込んでくるのが見える。
ルシアを二人がけシートの窓際の席へ座らせ、リオルはその隣に座った。例の女性は、ルシアの直ぐ後ろの席に座ったのが、視界の隅で見えた。
バスのドアが閉まる。
運行中も、リオルはずっと、魔女の話ばかり。けれど、ルシアは、後ろの席の女性が気になって仕方ない。
外が暗くなっていくと、車内の様子が窓ガラスに映し出された。ルシアは恐る恐る、窓を覗き込む。
後ろの女性と、窓越しに目が合う。
何をされるわけでもないが、あまり気持ちのよいものではない。ルシアはブルッと肩を震わせた。
「あれ、寒い? 夜だしね」
隣のリオルはまるで見当違いなことばかり。
黒い服の女性に反応しすぎだと、ルシアはわざとらしく頭を振った。
「色々あったし、疲れてるのかなぁ」
半笑いで誤魔化した。
家の近くのバス停で、リオルと別れた。
黒服の女性は、ルシアと同じバス停では降りなかった。
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