8 警告
大通りには野次馬が次々と押し寄せ、混沌としてきていた。
あちらこちら、ビルも商店も壊れたり潰れたり、二日連続の大惨事だ。前日同時刻に起きた魔女騒ぎの取材にマスコミも来ていたらしく、カメラが何台も向けられているのがリオルの目に映った。
空にはヘリコプター、地上にはマスコミや個人の携帯端末などのカメラ、カメラ、カメラ。
目撃者が大勢いて誤魔化しようのない状態なのに、魔女と使い魔たちは全く気にも留めず、各々睨み合っている。
「その子を返しなさい、坊や! あなたの側に居ても、その子のためにはならないわ。私が、このニゲルの魔女ラマが目覚めさせてあげるって言ってるの!」
「それが余計なお世話だって言ってんだろ、オバサン! その図体ばっかの能なし悪魔と共にさっさと自分の寝床に帰れ!」
気性の荒いラマと、ルシアを抱きかかえたミロが互いに怒鳴りあう。
それがまた、ギャラリーを増加させていく。
「力尽くで奪い返すか、ラマ」
サエウムが冷たい目でラマを見る。
ラマは首を横に振り、ギリリと歯を鳴らしてマーラを睨み付けた。
「そうしたいところだけど、あの女が次の魔法の準備をしている。それに、人間どもが邪魔ね」
いつの間にか人だかりが出来ていた。
どこを見ても、人、人、人。
この中を動き回るのは酷だと、ラマも悟ったらしい。
「サエウム、今日のところは引き上げましょう。でも大丈夫。ちゃんと王都にいるって分かったし、何より、マーラの側に居るって分かったんだから」
「――まだ、続けているの?」
マーラの低い声。
「何を」
ラマが挑発に乗る。
「まだ“流星の子ども集め”を続けているのかと聞いているのよ。あなたの敬愛する……」
「モルサーラ様」
「その、モルサーラはまだ続けてるの? こんなことをして、何が愉しいの?」
「愉しい? ええそうね。愉しいわ。ただでさえ世の中は便利になって、魔法も、私たち魔女の存在も忘れ去られていく。夜の生き物たちは昔のように暴れまわることも忘れ、ただ記憶の奥底に眠るのみ。こんな、――こんな窮屈な世界を壊して、夜が支配する世界が出来たなら、そりゃあ面白いでしょうよ。悪いけどマーラ、私は諦めなくてよ。なんてったって、220年に一度しか現れない貴重な子どもの一人なのよ。愉しくて愉しくてしょうがないわ! ……サエウム、行くわよ。そしてマーラ、次は、覚悟なさい!」
甲高い笑い声と共に、ラマは高く手を掲げた。
ラマとサエウムを囲うように大きな魔法陣が足元に現れ、そのまま光に包まれて消える。
その様子を見ていた見物人たちは、一斉にどよめき、また一段と声高に騒ぎ始める。
ルシアを抱きかかえたミロは、悪魔の姿のまま、じっと二人の消えた場所を睨んでいた。そしてマーラも、言いようのない憤りに堪えるよう、拳を握りしめている。
まだ、周囲には沢山の人々がたむろっていた。視線とカメラに怯えつつ、リオルが恐る恐る、マーラたちに話しかける。
「あ、あの。ルシアは」
弱々しい声に気が付き、悪魔姿のミロが振り向くと、リオルはギョッとして引っ繰り返った。明らかに人間ではない、角や尖った耳、牙、背中の羽や細長い尾に怯えているのだ。
「大丈夫。気を失っているだけだから」
ミロは振り向いて優しく答えるが、リオルは一層萎縮していた。
「それよりなんなんだ。アイツら、俺たちに変なものを一斉に向けてる。目障りだな」
「あ、それは」
リオルがカメラについて説明しようとした途端、あちこちで爆発音が鳴り響いた。マーラとミロに向けられた無数のカメラや携帯端末が次々に弾け飛んでいた。飛び散った機械片で怪我や火傷を負ったのだろうか、悲鳴や呻き声があちらこちらから聞こえ出す。
「ちょ……、ヤバいって。何してんだよ!」
状況から見て、目の前の悪魔がしでかしたのだとリオルは確信したのだろう。食ってかかろうとするが、やはり恐怖で手足は動かなかった。
そんなリオルのところに、マーラはゆっくりと歩み寄った。
美しい魔女の顔が迫り、リオルはゴクリと唾を飲み込む。
「あなた、ルシアの知り合いね」
マーラは静かに微笑んだ。
リオルは無言で頷く。
「ルシアを、安全なところに運びたいの。確か……、ケンキュウシツ? キョウジュ? 彼女が信頼を寄せる大人がいたじゃない。あの石碑で出会った、中年の」
「エルトン・ファティマ教授」
「そう、彼のところへ。魔法で運んで上げるから、場所、教えてくれるわね」
急に何を。
リオルはそう言いたかった。しかし、マーラの目を見つめているうちに、身体がフワフワと浮くような、変な感覚に囚われていった。そして気が付くと、
「勿論です。場所は王立大学の……」
答えるつもりのなかった研究室の場所をそらんじていた。
「ありがとう。良い子ね」
マーラはそう言ってリオルの頬を優しく撫でた。
そして足元に、マーラとミロ、ルシア、リオルがすっぽり入るような魔法陣を描き、転移魔法を発動させたのだった。
*
昼休みにもかかわらず、エルトン・ファティマは相変わらず資料とにらめっこしていた。
学生たちは出払っていて、研究室はエルトン一人だった。
王立図書館や大学図書館のデータベースなどを探り、ベルーン村の石碑に書かれたあの文章と同じような言い伝えがないのかを調べていた。“流星の子ども”については、記録に残っているのが500年ほど前までで、それ以前のことを調べるのは難しそうだということだけはハッキリした。石碑に使われていた石の年代測定にも時間がかかる。
あの場に現れた魔女の言葉も気になる。消えたグルーディエの王子の記録も調べる必要がありそうだ。
そうやって、椅子の背もたれに身体を預け、うんうん唸っていたときに、事件は起きた。
研究室の中が、突如不思議な光に包まれたのだ。
そして瞬きしている間に光が消え、――魔女と、ルシアを抱えた悪魔、そしてリオルが姿を現した。
「うう、わああぁっ!」
年甲斐も無く派手に驚き、椅子ごとぶっ倒れた。
「大丈夫ですか、教授!」
リオルが慌てて駆け寄り、起き上がらせてくれた。
「リ、リオル! 何、何が起きた」
「そ、それは、その」
言葉に詰まるリオルの尋常でない様子に、エルトンは動揺した。
「……ごめんなさいね。驚かせてしまって」
机の陰で腰をさするエルトンの側に、魔女がそっと屈み込む。
昨日の魔女だと、エルトンは直ぐに分かった。美しい黒髪の、優しそうな魔女の顔は、彼の印象に強く残っていた。
「ルシアのことで、相談したいことがあるの」
魔女はそう言って、ルシアの方に視線をずらした。
金髪の美しい悪魔の腕の中で、ルシアはまだ、目を覚まさずにいた。
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