涙を越えて

第一章 喜びの歌

五人で一つ


―――


――都内某所



「ちょっと氷月ひづき。最初の音合わせてくんねぇかな。」

「はいはい。」

 ポーン


「あー」

「うーん……ちょっと低いかな。」

「えー!?合ってんじゃん!」

「音痴だからな、あらしは。」

「何だよ、竜樹たつき!俺よりちょっとばかし歌上手いからって調子に乗るなよ?」

「別に調子乗ってる訳じゃねぇよ。本当の事言っただけだ。それにお前より俺の方が上手いっていうの、認めてんじゃん。」

「ぐっ……」

「あーあ……何でうちのバンドはこいつがボーカルなんだ?」

「だって嵐、楽器出来ないんだもん。仕方ないよ。」

「おい、らい!今何て言った?」

「いや、別に何も?空耳じゃないの?」

「……て、てめぇ!喧嘩売ってんのか!?」

「まぁまぁ……嵐も竜樹も雷も落ち着いて!練習開始五分でこんな喧嘩してたら先に進めないでしょ?」

「お前は引っ込んでろ、風音かざね!」

「はぁ~い……」

「とにかくだな、俺はこのバンドのリーダーとして責任を持ってボーカルを……ってあれ?」

「もう演説終わり?」

「氷月、みんなは?」

「あぁ、それぞれ個人レッスンに戻ったよ。ほら。」

 氷月に言われて辺りを見回すと、確かに三人共自分の持ち場で楽器をいじったり譜面と睨めっこしたりしていた。


「あいつら…人が話してんのに……!」

「ねぇ、もういい?僕も早く練習したいんだけど。」

「氷月……お前まで……」

「嵐。君はもっと発声を練習した方がいい。折角声質はいいんだ。頑張れば頑張る程、上手くなるよ、たぶん。」

「あ、あぁ……そりゃもちろん頑張るけど……」

「じゃあ、ボーカル専用のレッスン室で二時間個人練習してきてね。その後全体で合わせるから。」

 爽やかな笑顔に送り出され……いや、追い出された俺は、泣きながら隣のレッスン室へと消えた……



 俺、辻元嵐はアマチュアバンド『the natural world』のリーダーでボーカルを担当している。だが先程の会話でもわかる通り、若干音痴なのが悩みの種だ。じゃあ何でボーカルになったのかと言うと、雷が言ったように楽器が出来ないから。ただそれだけの理由だ。


 あ、雷というのはドラム担当の篠宮しのみや雷の事。

 図体がでかければ声もでかくて、精神年齢が小学生かっていうくらい子どもっぽくてくそ生意気な奴だ。……まぁ、そんな奴と張り合ってる俺も同類なのかも知れないが……


 同類と言えば忘れちゃいけないのがギター担当の楢橋ならはし竜樹。ギターの腕前と歌が上手いのは悔しいが認めるけど、性格が合わない。目が合えばすぐに喧嘩が始まり、誰かが止めてくれなきゃ延々と言い合いが続いてしまう。喧嘩友達というやつだ。


 そんな俺達の子どもの喧嘩をいつも止めてくれるのがベースの平野風音。

 俺達よりも一つ年下だが一番しっかりしていて、バンドの中で一番大事な土台の部分を担ってくれている。演奏中でもそうでなくても……

 大人しくて普段は自分の意見を言わないけど、俺達を止める為にたまに大声を出す事もある。意外とカッとなるタイプだ。


 最後に永瀬氷月。キーボード担当の彼はとにかく説教くさくて真面目で頭が固い。そして練習の鬼だ。しかも絶対音感の持ち主で音痴の俺にはもちろん、他のメンバーの音の一つ一つにもうるさい。にも関わらずみんなには頼りにされ、影のリーダーと言われている。俺としては不本意だが……



「……ぉぃ…おい…おい、嵐!」

「うぇ?」

「間抜けな声出してんじゃねぇよ!間抜けなのは顔だけにしろ。」

「う、うるせぇな!ちょっとボーッとしてただけだろうが!」

 レッスン室から顔を出して暴言を吐く竜樹に、思わず条件反射のように返す。


「真面目に練習してるかと思って見にきてやったら、ボーッとしてたって……氷月に言いつけるぞ。」

「うっ…そ、それだけは勘弁を……」

「なぁ、嵐。やっぱり俺達交換した方がいいんじゃねぇか?」

「こ、交換って?まさか……」

「俺がボーカルでお前がギター。」

「なっ!ギターなんて弾けねぇよ、俺!」

「練習すりゃ出来るって。」

「そんな……」

「お前が努力家だって事はみんな認めてるし。」

「やなこった!ベーッだ!!」

「……ガキみたいな事すんじゃねぇよ!このバカ!」

「てめぇだろ、バカは!触った事もねぇのに努力したくらいで弾けるようになる訳ねぇだろ。ちょっとは考えろ!」

「やってみなきゃわかんねぇだろ。眠ってた才能が目を覚ますかも知れないし。」

「ふんっ!俺の才能はこの声だけだ。」

「…………」

「何故黙る!!」

 俺の渾身のツッコミににこりともせず、竜樹はその端正な顔を歪めた。


「……そう思うんならもっと練習しろよ。本気で力を振り絞って、その才能とやらを見せてくれよ。俺達に。」

「竜樹……」

 急にトーンダウンした竜樹に戸惑いつつも、その言葉にハッとさせられた。


 確かに俺は自分が音痴だからと言い訳をして練習サボったり、指摘されたらされたで逆ギレして喧嘩に持ち込んでうやむやにしてた。


 本当はわかってたんだ。このままじゃダメだって。どこかで変わらないといけないんだって。


 歌うだけの俺なんかよりもずっとずっと大変なのは竜樹達なのに、いつも俺の事を気にかけてくれてた事に今更ながら気づかされた。


「なぁ。俺達がバンドを組んだ時にたてた目標、覚えてるか?」

 不意に竜樹がそう問いかける。俺は即座に頷いた。

「あぁ。」

『五人で一つ。絶対にプロになって有名になって、自分達の紡ぐ音で世界中を幸せにしたい。』


 俺と竜樹の声に被せるように三人の声も廊下の奥から聞こえた。


「忘れた訳じゃなかったんだね。良かった。」

「風音……」

「まぁ、忘れてたらぶん殴るけどね。」

「雷……」

「嵐。僕達は本気だよ。君はどう思ってる?」

「氷月……」

 竜樹の陰から出てきた三人に見つめられ、一瞬俯く。でも次の瞬間、勢いよく顔を上げて宣言した。


「俺だって本気だ!今日から死ぬ気で練習して音痴解消してやるから見とけよ!!」




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