第4話 かもは長命黄昏を鐘撞き

 第4章 かもはチヤウメイタソガレをカネツき



       1


 来る日も来る日もメンテメンテメンテ。メリもハリもないじゃないか。

 出掛けたところで葬式三昧。線香くさくなって。

 帰ってくるとあいつがいる。

 俺に個人的な怨みがあるらしくねちねちねちねち。俺の役割を取って代わりたいらしいが、そんなのいますぐにでも。

 サダのことを好いてるだけなんだか知らないが、俺は別にどうも思ってないんだから。顔見せたときに伝えればいいし、電話もある。番号知らないなら教えてやる。そう言っても、嫌味にしかとられない。こっちは親切で言ってやってるのに。

 廊下でばったり。あからさまに眼を逸らす。眼どころか顔ごと身体ごと。メンテも断られるし。俺は別にどうだっていいんだけど、サダがうるさい。サダにやってもらえばいい。あいつだってそっちのほうが。

「なあ、俺のこと嫌いなら構わないけどさ」

 無視。

「メンテはしないと」

「自分で管理できますんで」

「サダが」

 殺意。

「呼び捨てすんなよ」

「想ってるんなら邪魔しねえよ。サダだってお前のこと心配して」

「あんたに世話焼かれたら終わりだ」

 妬いてるのはどっちだよ。

「午後に来るみたいだから。もう一回頼んでみるけどさ」

「余計なことしないでください」

 食事も俺と一緒には採らない。風呂は二つあるからいいとして、せっかく同じ家にいるんだから。仲良くしろとは言わないけど、たまに話し相手には。

 シュウのことばっか思い出す。夢でも。手が届きそうなところで眼が醒める。嫌がらせみたいに。

 シュウ。何してる? 

 元気ならいいんだけど。

「まーすます仲悪うなってへん?」物見遊山なサダが言う。

「そっちがけしかけてんじゃ」

「サダさん鈍感やさかいに。わからへんなあ」

 敬語。使わなくなった。

 ちょっとうれしい。

「あいつのメンテだけでも」

「そんの話はお、わ、り。経理のお仕事が忙しの」

「なんとかなってんの?」

「そらもう、やりくりしとるのがええ出来やしな」

 出納はよく知らないけど、

 あいつがかなり稼いでるらしい。どのくらい稼いでるのか、知りたいような知りたくないような。

「暇やったらお出掛けしましょか」

「もういい」どうせ葬式。それにメンテだってまだ。

「そないに勃たれへんやろ。女は?けーけんある?」

「あったらここにいない」

「せやな。すまんかったね。キズぐりぐり抉ったわ」

 シュウのこと。それがなくても、

 もう俺は逃げられない。帰るところもない。

 会いたい奴はシュウだけ。

 家族もいたかどうかおぼろげ。学校とか勉強とか。厄介な荷は下りたけど、

 フツーじゃあり得ないものが背中に張り付いてる。これを下ろすときは葬式の主役になるとき。

 あいつの声がする。

 サダが声掛けたから。楽しそうに笑ってさ。

 サダがナンバワンに優しいのはわかるけど、カネ稼げなくなったら相手にしてもらえないから。あいつも必死なんだろう。最近ほとんど客のところにいるし。一気に五人相手にしたとか。サダが言ってたから嘘かもしれないけど。

 五人は無理だ。俺も最初に二人だったから。

 ぜってえおかしいフツーじゃねえ奴らのとこで、ぜってえおかしいフツーじゃねえことやらされる。俺がやってるメンテも似たようなもんか。

 騙してるみたいで気が引けるけど、使い物にならなくなったら捨てられるだけだから。たぶん、構ってもらってるうちが華。そう割り切らないと。

 俺に会いに来てくれてる奴がほとんどなわけだし。俺は本気にはなれないけど、頑張ってる労いくらいは。サダならもっと上手くやるんだろうな。上手くやってたから、あいつみたいなのが存在してるんだろうけど。

 洗濯物を取り込む。いいにおい。

 サダが帰る。手を振られる。

 困った。

 両手が塞がってるから。

「一週間後やね」サダが言う。「元気にしとれよ」

「そっちも。大変だろうけどさ」

「気ィ遣えるようになったんやね。よゆーやん」

「そうゆうわけじゃ」

 気を遣ったのは跡継ぎに対して。

 早くデカくなって役割を代わってほしい。それだけ。

 もしかして、手を振った相手は俺じゃなかったのかもしれない。取り込んだばっかのタオルがひとつ、池に浮かんでるのを見てそう思った。

 幼稚だなあ。

「言いたいことあるなら口で言えよ」と、わざわざ濡れたタオル拾って怒鳴り込みにいく俺も相当幼稚なんだけど。

「風じゃないっすか」あいつがしれっと答える。

「今日は風吹いてない」

「証拠は?」

「吹いてなかった」

 あいつが鼻息で嗤う。俺はその嗤いが嫌いだ。

「ちょっとサダさんに可愛がってもらってるからっていい気になるなよ」

 どっちが。

「サダが欲しいならもってけばいいし」

「なんであんたがそんなこと」あいつが眼でも威嚇する。

「俺はさ、お前の態度とかわかんなくもないけど、やっぱ一緒に暮らしてるんだからそれなりに」

「そもそも屋根が違う。俺には立ち入り禁止の空間にあんたが居座ってます」

「俺のポジションが羨ましいだけだろ。俺だって好きでここにいるわけじゃ」

「好きでいるわけじゃない? 贅沢なもんすよね」

「サダと寝たこと」

「なんで」そんな下らないことを聞くのか。

「ないのか?」純粋な疑問だったのだが。

 導火線に着火したらしい。ものすごい剣幕で追い返された。

 障子が破れた。

 誰が直すんだよそれ。俺じゃん。

 俺のしてることは案外地味で。メンテ以外はほぼ家事。

 料理なんかやったことなかったけど、見様見真似でいまは一通り、凝ったものじゃなければ作れる。

 掃除洗濯。庭の草むしり。池の鯉に餌遣り。

 買い物は黒尽くめの人がやってくれる。足りなくなったもの、欲しいものをリストにして渡せば、その日の内に揃えてきてくれる。

 黒尽くめの人は屋敷に全部で五人。黒の上下スーツにサングラス。ぱっと見同じようだけど顔も性格も全然違う。

 別人だ。役目は交代交代。門番と、庭番と、買い出しと、電話番と、あとは諸々。俺の手伝いとか話し相手とか。

 最初はみんな、あいつと同じことしてたらしい。俺も最初はそうだった。客が付かなくなるくらいデカくなると、黒尽くめにさせられるみたいで。

 あいつもそうなる。サダが言ってた。年齢的に言えばもうぎりぎり。

 年齢で区切ってるのか。えげつない。

 地響き。

 あいつが庭を走ってく。客のとこだ。大抵は夕方に出てく。そのまま泊まって次の日の朝に帰ってくる。連泊もたまに。その場合はやたらめったらカネ払わないといけないらしくて。詳しいことは知らないほうがいいかも。

 俺が食べた後に、黒尽くめの人も食事。一緒に食べればいいのに。

 決まりごと。決めたのは絶対サダだ。サダはヨシダと一緒に食べたかったから、邪魔するなって意味で遠ざけてたんだろうと思うけど、俺は。

 ここに俺しかいないほうが多いんだし。

「食事? あーそんなんあったかな」サダに電話。機嫌は悪くなさそうだった。

 機嫌が悪いと直ぐに切られる。掛けなおしても無駄だ。見極めは簡単。

「キナイはんはお優しさかいにね。黒尽くめのせーよく処理までお考えで」

「変えてもいいか」決まりとやらを。

「ええよ。勝手にし。そこはキナイはんのお家やわ」

「ありがと」

 銃声。っぽいのが。

「いまどこ?」

「銃刀法の国」

「ウソだ」

「ヨシ、やのうてカグヤさんのお守りで手一杯ですわ、ホンマ」

「なあ、クロウって奴」

「そら任す。ほんならねえ」

「あ、ちょっと」あいつのこと振るとすぐこれだ。

 やっぱカネ儲けマシンくらいにしか思ってない。メンテってゆう言葉がその象徴。

 カネ儲けマシンにだって心はあるし、考えてることだってある。好きなものも嫌いなものもあるし。

 なんでそうしないんだろう。黒尽くめだって、まるで人じゃないみたいな扱い。ロボットじゃないんだから溜まるもんは溜まる。

 俺はなんか間違ってるんだろうか。

 サダがなにも言ってこないからよけいに気になる。

 シュウなら、肯いてくれると思うけどさ。

 順番からいくとあの人。前に付いてた名前聞いたけど答えてくれない。名付けの権限はサダにしかない。それもゆくゆくは譲ってもらえるとうれしい。

「気を遣っていただいて」黒尽くめの人が言う。

「別に畏まらなくても」

 初めて留守番したときに、メンテが途切れたからなんとなく誘ってみた人。

 サダは歓迎してなかった。むしろそんな必要あるのか、モノ相手に。て感じの口調だったから結構腹が立った。

「自分なんかにそんな」

「遠慮しなくていいよ。ここで一番偉いのは俺だしさ」

「自分が言うのもあれですが、発言には気をつけられたほうが」

「サダってそんなに偉いの?」

 顔が蒼ざめた。

 後ずさり。「申し訳ありませんがやはり」

「え、だいじょぶだって」

「すみません。失礼します」

 行ってしまった。サダって相当えばってたんだな、くらいにしか思わなかったけど。

 次の日、布団干しに庭に出たときに、

 池に浮かんでるものを見て。

 前にサダが死ぬのがどうとか言ってたことを思い出した。

 なんで死ぬ思います?

 わからない。俺には全然。

 救急車って、何番だっけ。


      2


 黒尽くめの人の欠けた分は補われなかった。人手不足。そうゆう単純なことじゃなくてたぶん、

 俺に。身の振り方をもっと慎重にしろ、

 というお達しだと思う。他ならぬサダからの。

 人数が四だと意識するたびに浮かぶ。浮かんでる。池の。

 首を振る。なかなか消えてくれない。

 これで二回目。

 一回目は鮮烈すぎてかえって印象に残ってない。なんかがばっと飛び散って終わり。だけど、今回は。

 ぷかぷか浮かんで。どうやって死んだんだろう。死んでからぷかぷか。死ぬためにぷかぷか。わからない。わからないからよけいに考えてしまう。

 あいつにも責められた。お前のせいで死んだ、と。

 その通りだよ。

「サダさんに迷惑かけて。恥ずかしいと思わないんすか」

「うん」

「うん、じゃねえよ。今日、サダさん来るんすよね? 土下座して謝ったらどうすか。許してもらえないでしょうけど」

 うん。は、言わせてもらえなかった。

 首。扼められてる。

 痛いのか苦しいのかもわからない。なんだろう。なんで俺。

 こんなことしてんだろう。わからない。

 わかんない。

「死んでる奴殺したって」

 死んでる。そっか。俺。

 死んでるんだ。

 シュウも。死んでるんだっけ。

 どっちだっけ。あれ?

「全部に優しうするんはそーゆーこと」サダが言う。「黒尽くめは手足。わかってもらえました?」

 まさか。

「そのために、あの人」

「俺が? ごじょーだん。あるとしたらプログラムの暴走でしょか。キナイはんのお仕事はメンテすべき少年のメンテ。そんだけやわ」

「葬式は」

「ああ、そっちもありましたな。こないだのは鯉の餌やさかいに。しませんえ」

 鯉の。

 えさ?

「なんで葬式する思います? 死体遺棄の罪で御用んなるんが怖いのと違いますよ。そやったらお笑いですけれど。ヨシ、やなかったカグヤさんが哀しむさかいに」

「哀しんでないんだな」

「せやね。ヨシダさんやったら哀しんだんでしょうけど。もう眼も当てられませんわ。ひどーて。気に入らんとぶっ放す。気に入ってもぶっ放す。あのかわいらしヨシダさんはいずこにっちゅう涙涙な感じですわ」ははは、とサダが力なく笑う。

 俺は笑えない。そんな気分じゃない。

「いまの心の支えはやや子の世話やね。どことなーくヨシダさんに似てはるかなあ、と思うとなにしてもかいらし見えてきますのよ。お皿あるだけひっくり返しても、部屋中ぐりぐりクレヨン壁画描かはっても。ああも愛おし。写メ見ます?」

 首を振る。

 何だこの人。途中からただの親バカに。

「親って」

「俺や俺。ホンマの話やぞ。とーちゃんは俺」

「母親は」

「そんなんゆわせんといて」

 思わず吹いた。

 ない。それはない。父親がサダってゆのも嘘だろう。

 育ての親かもしれないけど。錯覚でもヨシダに似てるんなら、

 そっちの遺伝子かも。

「キナイはんの弟やもしれへんね」画面。

 似てるかどうかなんて、本人にはわからない。俺の弟?

「今度連れてきますわ」あいつのとこに行くのかと思ったら、

 素通りで。顔くらい見せてってもらわないと、責められるのは俺だし。

 それが狙いか。溜息も出ない。

 でもちょっと元気出た。弟がどうとかはとりあえず置いといて。

「いまいいか」あいつの部屋の前で。

「サダさん帰ったんすよね?」

「お前によろしくってさ」

「塩すり込みやがって」

 障子越し。声。

 震えてない?

「どうした?」

「開けるなよ。絶対開けるな」

 そんなに強く言うことか。開けてほしくないなら開けないけど。

「あっち戻れよ。用ないんなら」

「いや、お礼ゆおうと思って」

「それだけ?」

「うん。それだけ」

「んじゃ帰れ」

 やっぱ。様子がおかしい。

「なあ、どうした? なんかあったんなら」

 サダが様子見なかった理由。

「知ってんでしょ。別にあんたに関係ないんで」

「どうしたんだよ」障子に手。開けないけど。

 なんとなく触ったら。

「開けるな!」

 心臓がびくんとした。

「開けんなっていってるだろ。あっち行け」

「ここにいてもいいか。開けないし」

 何度か帰れコールがあったけど、俺が座り込みしたら諦めたみたいだった。

 障子に背中付けて。もし開けたとしてもあいつの顔は見えない。

 池に眼が行く。

 逸らす。浮かんでない。

「帰ったか」あいつが言う。

「いや、いるよ」

「バカだろあんた。ただの」

「かもな」

「サダさんさ」

 だいぶ間が。俺は黙って待ってた。

「俺のこと何も言ってなかったんでしょ」

「うん、実は」

「即答すんなよ」

「ごめん」

「俺さ、たぶんもう頭打ち」

「え」

「これ以上稼げないってことだよ。バカだな。サダさんが会いに来てくれないってことではっきりわかったよ。客がさ、冷たいんだ」

「うん」

「厭きられたんだ思う。ほら、でっかいのに興味ない客がほとんどだし」

「うん」

「うん、以外になんか言えよ。ご愁傷様とか、ざまあみろとか」

「うん」

 沈黙。

「近々さ、黒尽くめの仲間入りかもしんないから」

「うん」

「万一、ここに配属んなったらさ。そんときはよ、ろしく」

「こっちこそ」

 その日の夕飯は賑やかだった。初めてあいつと一緒に食べれたし。

 クロウだっけか。そういえば、俺が料理作ってるわけだから、ずっと俺の料理食べてたわけじゃん。

 嫌いな奴の料理、よく食べれたよなあ。

 湯冷めしようと思って縁側に座ってたら、

 クロウが廊下を通った。あいつも風呂から出たとこで。

「こっち来れば」

「入っちゃいけないって聞いてる」

「俺が許可するからさ」

 笑う。「あんた結構偉いんだっけ?」

「俺の家ってことになってるよ」

 渡り廊下。ちょっと立ち止まって。

 一歩。

「おっかなびっくりしなくても」

「サダさんの顔が見えた」

「好きなんだな」

 隣に腰掛ける。シャンプーのにおい。

「そうゆうことゆうか?」

「だってそうなんだろ?」

 顔が紅い。

 風呂上りだから。

「いろいろ捻じ曲がってるぞ。知らないの?」

「そこも含めて、なんてゆうか」

「思い出とかある?」

「サダさんとヤったときにさ」

「ヤったことあるじゃん」

「一回だけ、メンテしてもらって。そんときに」

「そんときに?」

「メンテって、みんながやってもらえるわけじゃない。知ってるか。ご褒美みたいなもんで。稼いだ分とか、一気に順位が繰り上がったりとか、そうゆうのをサダさんが総合的に考慮して、会いに来てくれるんだけど」

「会いに? ここでじゃないの?」

「ここはサダさんの家だから。呼んでもらえるなんて夢のまた夢。俺の場合は、たまたま客のカネ払いがよかったらしくて、褒めてもらって」

「ふんふん」

「なんてゆうか、いいな、て思ったんだ。つーかもういいだろ。こっぱずかしい。そんなことよりあんただよ。どうしてサダさんに眼つけてもらったのか」

「知らないよ。気づいたら椅子に縛られてて」

「サダさんが?」

「他にいないだろ。ビックリしたよ。俺も最初は客相手してたよ。三回くらいだけど」

「少なくないか? それで幾ら?」

「知らないって。カネっつーよりほかの理由でメンテする側させられてんだけど。単にサダが面倒になっただけじゃない?案外」

「俺はサダさんがよかった」

「そんなの俺だって」

「メンテさ」

「なに?」

「今更だけど、やってくれない?」

 は?

「そんな厭そうな顔しなくても」

 してたのか?

「てゆうか、もうメンテしなくてもいいよな。ごめん。俺じゃ稼げないんだし。メンテしたとこで」

「泣くなよ」

「泣いてねえよ」

 淋しいのかな。

「ちょっと」

 顔上げたとこで。

 口。

 舌入ってきた。早いって。

「部屋行く?」

「入ったら駄目って」

「俺が許すよ」

 俺の住んでるとこと、クロウの住んでるとこは別棟で。渡り廊下でつながってはいるけど、基本的にこっちには俺以外は入れない。黒尽くめの人も、内線があるから。緊急のときは叫べば聞こえるし。俺の部屋には、

 メンテされる側が入る。離れだったり、池が見える座敷だったり。場所はそのときの気分でなんとなく。

「メンテってことにしとくから」

「あんたがサダさんに認められたわけ、わかった気がする」

「気のせいだよ」

 クロウが俺の呼び方に迷ってるみたいだったから。

 檀那様。

 あんまり浸透してないけど、サダがそう言ってる。黒尽くめの人からもぽつぽつとこの呼び方で広まってきてる。キナイ様。とかのほうがやりやすかったんだけど。元々の名前を忘れてきてる。キナイだった気もして。

「合わないよな」

「確かにちょっと呼びづらい」

 メンテは年下と同年代が圧倒的に多いから、だいぶやりづらかった。クロウは勝手に動いてくれるから余計に。

 慣れてるんだろうな。慣れるとあんまり客に受けなくなる。てサダが言ってたような。俺も初めてのときはやたらと客が興奮してた覚えが。

 汗やらなんやらでべたべたになったので風呂に誘った。俺しか入っちゃいけないことになってる露天風呂。

 さっきは暗くしてたからわかんなかったけど、クロウの身体は綺麗だった。なんでそう思ったかわかんない。

 綺麗って思った。じろじろ見てたら怒られた。

「お前、ここで黒尽くめやれればいいな」

 サダに頼んでみようかな。聞いてもらえたりして。

 さすがにヤバイからってことで、クロウはいそいそと自分の部屋に戻った。もう一個布団敷くくらいなんてことないのに。

 修学旅行みたいで楽しかった。修学旅行?行ったことあったっけかな、俺。

 なんでそう思ったんだろ。

 なあ、シュウ。


      3


 朝っぱらからばたばた音が。開かない眼を凝らして渡り廊下を睨む。

 クロウ。着替えてどっか出掛けるのかな。

「おーい」

「あ、おはようございます」

「敬語じゃなくていいって。どっか」

 にっこり笑ってケータイを。

「呼び出し?」

「最後だからガンバれってサダさんから」

「よかったな」

「行って来るよ」

 まさかそれがクロウと最後の会話になるなんて思ってなかった。すっごく楽しそうに靴履いて走ってく後姿がちらついて。

 お経なんか聞いてられなかった。サダに面子がどうとかで、て念押しされてたけど無理に決まってる。

 横で。泣くんならお外でね、とサダが囁く。

 痺れる足がなんだ。畳を擦って駆ける。外ってどこだ。

 線香のにおいしかしない。

 なんで、死んだの?

 なんで死ぬ思います?

 いい奴だったから。いい奴は早くに神様に連れ戻される。

 クロウもいい奴すぎたから。

 シュウもいい奴だから、もしかしたらきっと。

 俺が悪いのかもしれない。

 俺が仲良くなろうとするとみんな。黒尽くめの人も、クロウも。サダにメンテしてもらいたいって来た、何人かの人。

 全員死んだ。俺じゃ駄目だって、散々なじられた。

 やっぱ俺じゃ。

「行きましょか」サダが連れ戻しに来る。

「先帰る」

「こっからがメインなのと」

「なに燃やすんだよ」

 手。

「さっさと行けよ」

「摑まえとかへんと、いま眼ぇ離したらたぶん」

「後追ってもクロウには会えない」

「わかっとるやん。俺かてな、やや子が心配で心配で」

「誰が看てんの?」

「ヨシ、やないないカグヤ、でものうて」

 奥様。

「誰それ」

「誰やろね。ころっころ名前変わらはってわからんわ」

「あの人が?」

「な? ぞっと、身も凍る超B級ホラーの」

「帰れば?」

「喪主がぐずっとるさかいに」

 袖で。顔を拭う。

 濡れてる。

 鼻水かも。

「ぐずるの終わった」

「そか。ほんならお任せね」

 ぽんと。

 肩に。

「クロウの最後の客、誰?」

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