いっそお前のヤンデレを治してやる!

いんびじ

第1話 起死回生の一手


「――己斐、話があるんだ」


 突然の呼びかけに、目の前にいる少女は俺の方を振り向いた。

 肩まで伸ばした黒い髪、綺麗な瞳に細い眉、小ぶりな鼻と、整った顔立ちをした彼女、己斐こい めぐみは笑顔で答える。


「……どうしたの? 突然話って」


 うっ。

 俺の重い雰囲気から何か察したのか、己斐の目は笑っていなかった。今からする話の内容が、既に分かっているかのような警戒心。

 その圧に俺は早くも押し負けかけてしまうが、何とかぎりぎり踏み止まることができた。

 ――負けるな、立ち向かえ俺。

 言いたいことははっきりと言うべきだ。

 気持ちは伝えないと、何も始まらない……!


「あ、あのさ」


 意を決し俺は重たい口を開けた。

 固く握った両手は、いつのまにか手汗で滲んでいた。

 

「その、連絡を取り合う回数をさ。少しでもいいから減らして――」

「そんなに多くないと思うけど」


 ッッ!!

 何とか絞り出そうとした俺の言葉を、己斐は突き放すかのように否定で遮った。


「こ、己斐! 普通は毎日毎日着信が200とか、ありえないことなんだ!」


「そう…かな? 他所はよそ、内はうち。それでいい。飯室は私からの連絡は、嫌?」


 己斐は少し首をかしげ、じとっとした目で俺を見つめてくる。

 ……この目はマズイ。

 己斐の機嫌が悪くなっている。


「嫌じゃない、嬉しいに決まっている。ただ、量が余りにも多いと返事をするのに忙しくて困るんだ! 分かるだろ!?」


「私は…飯室との会話、何よりも優先している…けど?」


「そ、それは……」


 確かに、いつも俺が返信すると同時に己斐の既読が付く。……俺の返事をずっと待っているかのように。

 ――けど。


「それとこれとは話が違うだろ! 自分がそうだからといって、相手に押し付けるのは間違っているよ!」


「こればっかりは譲れない。絶対に嫌」


 うぐ、うぅ。

 有無を言わせないキツイ目で、己斐は俺を睨み付けた。

 こうなると何を言っても聞かない。あー言えばこう言うと話が全く進まなくなる。

 ……落ち着け、SNSは最初から無理だろうと思ってはいた。今はまだ良い、我慢だ。少し急ぎすぎたんだ、冷静になれ。

 今日の本命は――。


「分かった、じゃあそっちはまだいい。……だけど、電話! 電話の回数は何とかならないか? 喋りっぱなしは不便なんだ」


 己斐関連の困ったことは何もSNSだけではない。

 家に帰った後の電話も2,30件はくだらないのだ。しかも毎回出来るだけ長く話そうとするから、俺は自分の部屋にいる時でさえゆっくりできなかった。

 SNSはダメだったが、拘束の強い電話ならまだ何とか……。

 俺はそんな希望を胸に抱いたが、


「嫌、嫌嫌嫌。飯室の声が聞こえないと寂しい。夜会えなくて我慢しているのだから、ちょっとくらい……」


 それはあっけなく散ったのだった。


「よ、夜に会わないのは普通のことで、我慢にはならないだろ!?」


「……ねえ、もういいでしょう? せっかく飯室の家に遊びに来たのに、今こんな話しなくても」


 こんな……こんなだと?

 己斐にまた話をバッサリと切り捨てられ、俺はついに何も言えなくなってしまった。

 ……今日も理解してもらえなかった、か。

 ここ最近はずっとこうだ。

 まるで壁に向かってボールを投げているような感じだった。

 何を言っても己斐には届かない。ただ否定の言葉が帰ってくるだけ。

 俺が何を言ったって、己斐は改善する気などさらさらないのだ。

 ――俺の心はもう、とっくに限界だった。


 ……いつもいつも。


「飯室ともっと話したい。連絡取りたい。嫌なものは嫌、分かったら私と――」


 いつもいつもいつもお前は、そうやって……‼



「――いい加減にしろ!!!!」



「……い、飯室?」


 突然の俺の大声に、己斐は少したじろぐ。

 しまった、と心のどこかでは冷静だった。

 今すぐ謝れ。怒りに身を任せるな。なげやりが一番ダメだ。

 けど、一度溢れ出た思いはもう止められなかった。


「もううんざりだ!! そうやっていつも、いっつも自分のことばっかりで、俺の言うことなんか一つも聞いてくれない!!」


「飯室、どうしたの? いつもはそんな――」


 突然の事態に動揺して、己斐は今にも消え入りそうな声を出す。

 そんな態度が逆に俺を腹立たせた。


「……己斐、話がある」


 本日2度目の台詞に、己斐はまた目を曇らせる。


「ま、また今度にしない? ほら…何か楽しいことしよう? 飯室、ゲーム好きでしょう?」


 話の内容が何なのか察したのか、己斐は慌てて話を誤魔化そうとする。


「いや……い、いや違うよね。ごめんね? まずは謝るのが先だったね? ご、ごめんな――」


「己斐!」

「……な、何?」


 俺は声を荒げ、話を無理やり元に戻す。

 今がその時だと思ったから。

 

「前から、お前に言いたいことがあったんだ」



「……………………そう」



 ――不意に、己斐は立ち上がった。

 顔を俯かせ、前髪が目にかかって影が差し光が宿っていないように見える。

 両手をだらんと垂らし、足はふらふらと安定しない。

 口を忙しなくボソボソと呟きながら、己斐は自分の持ってきた鞄の方へ歩みだす。


「こ、己斐……?」


 己斐の余りの変貌ぶりに、俺は少し戸惑った。

 俺の問いかけに己斐は一切反応せず、自分の鞄の前にしゃがみこむ。すぐさま鞄の中に両手を突っ込み、何かを探し始めた。

 雑に両手で漁られている鞄の中で、ときどき何か金属同士がぶつかったような音が聞こえてくる。

 しばらくすると、己斐は目当ての物を見つけたのか何かを手に取った。

 ――そして、それをそっと後ろに回して立ち上がる。


「だいじょうぶ、ちょっと準備していただけ。それで、話って…なに?」


 己斐は笑顔で話しかける。

 今度は目も笑って。


「己斐。今、鞄から何を取ってきたんだ?」

「きにしないで、ほら。ほら。話って?」


 さっきまでとは打って変わり、己斐は強く先を促してくる。

 俺にゆっくりと近づきながら。


「だから……だから、俺と……」


「ああ…飯室、何だか辛そう。ごめんね。ごめんね……」


 一歩。


「私のせい…だね。私が全部、悪いよね……」


 また一歩。


「大丈夫。今、楽にしてあげるから……」


 己斐はブツブツと何かをつぶやきながら歩み寄ってくる。

 ……うーん。

 何だか己斐の様子がおかしいが、話をちゃんと聞いてくれるなら好都合だ。

 よし、落ち着け。深呼吸だ飯室。

 そろそろ限界なんだろう?

 言うしかない……いや。

 ――やるっきゃない!!

 俺も自ら己斐に向かって、大きく一歩進めた。


「……えっ?」


 自然と俺と己斐との顔の距離が近くなる。

 俺が近づいてきた事がそんなに予想外だったのか、何故か己斐の顔は少し呆気にとられていた。

 まあいい、よく分からないが今日こそは言ってやる!

 俺は大きく息を吸い、己斐の目を真っ直ぐに見つめる。


「己斐!!!!」


「ひゃ、ひゃいっ」



「お前のその困ったヤンデレ、この俺が治してやるわあああああああああああッッ!!!!」



「……え?」


「幼馴染としてこの俺が!! 責任を持って貴様の腐った根性叩きなおしてくれるわああああああああああああッッッ!!!!」


「えええええええッッ!?」


 こうして。

 俺と己斐の、ヤンデレ克服作戦が始まるのだった。





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