第6話 怪談の呪い(6)

殺された篤史が知ったという七つ目の怪談の元ネタは二十年前の出来事にヒントがありそうだと踏み、空はマスメディア部に保管されている資料を調べ尽くした。はたして、二十年前の秋から冬にかけてに発行された学園新聞には一連の事件について、おもしろおかしく取り上げられてあった。空はそれらの記事を時系列にまとめてみた。




一九九x年十月十四日前後 宮内先生失踪




       十六日   中等部一年笹木弘明くんの靴が八角の間で発見される




       十八日   旧校舎で異臭騒ぎ




       二十日   美術室の石膏像が盗まれる




    十二月 二日   マリア像に血がついていると報告される




「こうしてみると、十月に立て続けに事件が起きていたんだな。行方不明になった学園関係者が二人、しかも同時期っていうのは偶然とは思えないけどな」


 陸は空の書いた表をしげしげと眺めていた。


「内容が少し違う。宮内先生の場合はどうやら自分の意志で失踪したらしいから。笹木少年の場合は事件の可能性がなきにしもあらずけど」


 海は机にむかったまま、ふりむきもしなかった。空が力作の表を手に御藏家を訪れたというのに、海は机の上に広げた本に夢中だった。篤史が借りた本はいまだに図書室に返却されていなかったが、地元の図書館にならあるかもしれないと海は言い、実際、何冊かは近所の図書館に所蔵されていた。海が食い入るようにして読んでいる本は郷土史のコーナーにあった学園の歴史に関する本だった。


「今回の行方不明事件に似ているよな。八角の間に片方の靴だけが残されていたってところがさ。今回の事件ではメガネも残されていたわけだけど」


「まるで、八角の間で消えたっていう感じ。二人とも学園で目撃されたのが最後なんだよね。八角の間には霊が徘徊しているという怪談はこの事件の前から存在していたけど、笹木くんが消えたことで怪談の真実味が増したってところかな」


「美術室の動く石膏像と血を流すマリア像は、この時期の事件を元ネタにしてんだろ」


「石膏像に関しては泥棒が入ったのじゃないかという話。生徒によるいたずらかも。津田沼校長先生が殺される前にもいたずらされていたらしいし。そういう対象になりやすいのかな? マリア像に血がついているのが発見されたのは――」


「空、まだ血と決まったわけじゃない」と、海が手はぺージをめくりながら口を挟んだ。


「確かに、まだ血だとわかったわけじゃないけど。とにかく、血みたいなものがついているとわかったのは十二月。学園新聞によると、大掃除の最中に発見されたらしいんだ」


「なあ、見つかったのが十二月ってだけで、血がついたのは他の事件と同じ十月頃ってことはありえないのか?」


「血じゃないかもしれないと何度言えばいいんだ、陸。でも、血らしきものがついたのが十月ごろじゃないかという推測はおそらくあたっている」


 そういう海の背中にむかって、陸は舌を出してみせた。


「大掃除中に発見されたってことは、ふき取られちゃったかな。血だったかどうか、もう今からでは確かめようがないね」


「もし血だったとしたら、古いものでも試薬を用いればわかる。ただし、人間の血かどうかは別の検査をしないとわからないけど」


 海は続けて、一口に血といっても人間のものとは限らないし、人間のものだとわかったとしても、それが直接殺人事件に結びつくとも限らないと語った。


 殺人事件の発生した結果、マリア像に血がついたのではないかと秘かに推理している空と陸とは海に釘を刺された格好になり、顔がみえないのをいいことに二人して思い切り舌を出してみせた。


「それにしても、海が言った通り、怪談にはすべて元ネタがあったってこと。動く石膏像、血を流すマリア像は二十年前の出来事が元になっているとわかったし」


「八角の間に日本兵の幽霊が出るという話も、おそらく、戦時中、学園が軍に接収されていたことから来ているんだろう」


「そんなことがあったの?」


「この本によると、1943年、旧帝国軍が学園の土地建物を接収したとある。戦後はGHQに接収され、学園が教育機関として再開したのは1950年ごろとある」


「学園に歴史あり、か。こうしてみると、昔から伝わっている怪談も基になった話があるんだ」


「トイレの紙さまは、使用中に紙がなくなったとか、そういうネタなんだろう。考えてもみろよ、大の後にトイレットペーパーがないって気づいたら恐怖だぜ? そりゃ、紙くれーってなるよ」


 陸の冗談に爆笑したのは空だけだった。


「生物室の骨格標本は本物の人骨という話だけど、どうなのかな」


「本物の人骨だった」


「え?」


「はあ?」


 空と陸とは同時に奇妙な声をあげた。


「ってことは、死刑囚の骨だったんだ。すげえや!」


 陸の声が弾んでいた。


「死刑囚のものだったかどうかまでは判らない。むしろ違うんじゃないだろうか。昔の死刑は絞首刑だったから、死刑囚だったというのなら首の骨が折れていてもよさそうだけど、そんな風には見えなかった」


「じゃあ、なんで本物の人骨だなんて断言できるの?」


 空の質問に、海はニヤっと笑って歯をみせた。


「歯並びだ。なくなった骨格標本の歯並びは良くはなかった。わざわざ手間をかけて歯並びの悪い標本を作るか?」


「歯医者ならそういう標本が欲しいかもよ?」


 海に強く睨まれ、陸は口を閉じた。

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