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え……?
ふと頭に浮かんだ自分の思考に愕然とした。
ユーリ?誰が?
違う……私は唯だ。……ユーリじゃない。
頭の中が酷く混乱している。
どうしてあんなにも簡単に自分がユーリだと思ったの?
違う。私は……私は……!
『君に、こんな業を背負わせて……ごめんね』
昨日は聞こえなかったはずのルーチェの呟きが鮮明に甦った。
まさか……まさか……。
否定したい自分と肯定する自分が私の中でせめぎ合っている。
そうか……。ここに喚ばれた本当の理由が分かった。
偶然じゃなくて必然。やっぱり私は聖女の器じゃなかったな。
寧ろ、最悪の存在じゃないか。
私は自嘲気味に笑った。
私は――――ユーリの生まれ変わりだったのだ。
だから喚ばれた。
聖獣と混ざってしまった理由は分からないが……それも意味がある事なのだろう。
自分の残留思念を前にする前に……せめて昨日の内に言っておいて欲しかった。
よし!ルーチェは絶対に殴る!!
私はグッと手を握り締めながら、目の前のユーリの残留思念に向き合った。
「……お前は誰だ。神子姫じゃないな?」
「まあ、バレるよね。でもお前を誘い出せたからもう良いや」
私はフッと目を閉じて、頭の中に別の人物の顔を思い浮かべた。
「お前は……どうして……!」
ユーリの残留思念が釣り上がった瞳を見開く。
それもそのはずだ。私がユーリの姿に変わったからだ。
……懐かしいのかな?ユーリの記憶が完全に戻ったわけではないので多少の違和感はあるが、意外と身体が馴染んでいる気がする。
唯の姿には戻れないし、戻ったところで『お前誰?』になるのだから、ユーリの姿になるしかないじゃないか。
「改めまして。久し振り……って言ったら良いのかな?昔の私の残骸さん?」
私はそう言いながら頭を傾けた。
「違う!お前は私なんかじゃない!」
……私なんかじゃないと言われても、私だって困る。
生まれ変わりだから、丸っきりユーリではないが……魂は同じはずだ。
呪いと怨嗟だけを置き去りにして、当の本人は異世界で別人に生まれ変わっているなんて誰が思う?そもそも前世の記憶を持った人間なんてほんの一握りだろう。
私が覚えていなかったのは私のせいじゃない。
ただ……こうなったらきっちり責任は取る。
……ミーシャ姫を苦しめたのが自分だったと思うと複雑すぎてどう謝罪の言葉を掛けて良いか分からないが……ミーシャ姫だけでも間に合って良かった。
「どこに行くつもり?ミーシャ姫の所には行かせないよ?」
クッと苦悶に顔を歪めながら踵を返そうとしたユーリの残留思念が何かに弾かれて、動きを止めた。
「はい、残念でした」
ニッコリ笑うと、ユーリの残留思念……って長ったらしいから【ユーリ】で良いか。ユーリがこちらを凄い形相で睨み付けてきた。
私がミーシャ姫じゃないと気付かれたら、逃げられるのは目に見えていたので最初から罠を仕掛けておいた。
抵抗する様に結界の中からその壁を叩き続けているが、今の残骸でしかないユーリには破れっこない。
「ルーチェ。もう出て来て良いですよ?」
私が天を仰ぐと、スッと淡い光が降って来た。
「ごめん……本当にごめん」
天から降り立ったルーチェが、開口一番に謝罪してきた。
……これは、私がユーリの生まれ変わりであるのを黙っていた事に対しての謝罪だろう。
「許しません。作戦中に知った私の動揺をどうしてくれるんですか?一歩間違ったら失敗してましたけど?」
「ごめん……言えなかった……」
「……ヘタレ神」
「ぐっ……!反論が出来ない……」
「まあ、昔の私がしでかした事は自分で決着を付けますけどね」
「違うんだ!」
私は首を傾げながらルーチェを見た。
「何が違うんですか……?その為に喚んだのでしょう?」
「いや……そうだけど、そうじゃない!」
「……意味が分かりません」
「僕は君に会いたかった。そして……ここに残ってしまったあの子に、別人に生まれ変わった自分の姿を見て欲しかったんだ……」
「……唯の姿は失われましたけど?」
「ごめん!それは、ほんとーーーにごめん!!」
ルーチェは地面に頭を擦り付けながら土下座し始めた。
「全く……唯の人生をなんだと思っているのですか」
「ごめん……」
「あのまま日本にいたら幸せだったのに……」
「……ごめん」
「はあぁぁーーーー…………」
深い深い溜息を思いっきり吐くと、チラリとこちらを伺う様にルーチェが頭を上げた。
だけど、真実を知った今は放っておいて欲しかったなんて言い切れない。
だから、やっぱりこれは必然だった。
そう飲み込むしかない。そして私がやるべき事は変わらない。
――――目の前の醜いユーリは私が背負うべき業。
前世の内に精算すべきだった私の罪の証……。
身体を穢された事実は……どう頑張っても許せるはずもない。
そんな私を汚いモノの様に見たあの人も、そんな目に合わせた奴等も……未来永劫許したくない……。幸せになんてさせてたまるか。
真っ黒な感情に支配されそうになる心をグッと堪える。
「ユーリ。あなたはライール様達の事は心から憎んでも良かった」
ユーリに向かってそう語り掛けると、ユーリは何故か驚いた様な顔をした。
「え?そこから説教されると思ったの?」
私は苦笑いを浮かべたが、ユーリは私を睨み付けたままだ。
ユーリには構わずに話し続ける。
「私達は選択を間違えたの。その結果がコレ」
ライール達の事はユーリに充分恨む権利がある。
呪詛を与えるべき相手はアイツらにだ。
関係のない次代の神子やその周囲の人間にではなかった。
彼女達こそが今回の最大の被害者で、ユーリが背負うべき業だ。
無関係の人達を苦しめて良い理由なんてどこにもない。
ユーリには幸せになれる選択が幾つもあった。ルーチェも助けようとしてくれた。
その好意を無駄にして、結果的に最悪な結末を迎える事になったのはユーリのせいなのだから。
確かに運が悪かった。境遇に恵まれずに、男運は最悪……。
でも、ユーリはそれを納得してライールの側にいたはずだ。
それを後から『こんなはずじゃなかった』『この世の全てが憎いから滅んでしまえ!』なんて……子供の癇癪か!
巻き込まれた人達の方が不幸だ。
――――だから私はユーリを一生忘れないし、私だけはユーリを許さない。
「さようなら」
私はユーリに向けて右手を翳した。
「唯!?」
ルーチェが手を伸ばしてきたのを無視してボソッと呟いたのと同時に、結界の中に炎の柱が生まれた。
「…………ギィイイイイイ!!!!」
炎の柱はユーリであったモノをゆっくり焼いていく。
声にならない悲鳴が結界内に響く。
一瞬で焼き尽くす事なんて簡単だ。だが……敢えてそうしなかった。
簡単に消滅させるなんて、楽になんて消さない。
――――私は黙ってその光景を見続けた。
***
「唯……。君は……!」
正面からガバッとルーチェに抱き締められた。
「あ……れ?」
ルーチェに抱き締められた私は、全てが終わった事を思い出した。
ユーリであったモノが燃え尽きる瞬間までを見続け……そしてそのまま呆然としながら涙を流していたらしい。
頬を伝う涙をルーチェの綺麗な指が拭ってくれる。
「ごめん……。何百回謝罪しても君には許してもらえないな……。今の君にこんな酷い事をさせて……本当にごめん」
「いえ……。これは私が望んだ結果ですから。後悔はしていません」
私はルーチェの指に頬を寄せた。
涙を流して火照った顔に当たるルーチェの少しひんやりとした体温が心地良かったのだ。
「それよりも私は……歴代の神子にどんな償いをしたら良いのか……」
「……唯。過去は変えられない」
今までずっと見てきたルーチェだから言える重い言葉は、私の心に響いた。ル-チェはその立場から見ている事しか出来なかったのだ。
心がずっしりと重くなるのを感じる。
「でも、君は過去を清算して未来を作った」
「……私は」
「間違えないで欲しい。君はユーリじゃない。今はもう別の人間だ」
……ユーリと言ったり、唯と言ったり……ルーチェは矛盾していると思う。
だが、彼は私を救おうとしてくれているのだ……。
その事が分からないほどに落ちてはいない。
…………よし。
いつまでも終わった事をクヨクヨしているなら、この間に出来る事があるはずだ。
だ・か・ら!
「ぐっ……!?」
私は思いきりルーチェのお腹にパンチを叩き込んだ。
私の全力のパンチを受けたルーチェはその場に倒れ込んだ。
「これでチャラにします!」
「……ううっ……酷い……」
涙目のルーチェがお腹を押さえながら恨みがましそうにこちらを見上げている。
ふふふっ。
ニッコリと笑った私は、フッと元の猫型聖獣の姿に戻った。
「……良いの?」
「はい。今はこの姿が安心するんです」
「そっか……君がそれで良いなら……ってあれ?心の声が聞こえない?何も考えていないわけじゃないよね?!」
ルーチェが酷く驚いた顔をしながら身体を起こした。
「心の声が聞こえなくなる効果を込めて叩き込みました!」
ファイティングポーズを取ると、一瞬だけビクッと身体を強張らせたルーチェが心の底からの笑みを浮かべた。
「……ありがとう。唯」
「いえいえ。私はこれからもこの世界で聖獣として生きていきますので、よろしくお願いしますね?」
「うん。こちらこそよろしくね」
――この国ですべき事を終えたら、私はこの世界を巡りながら聖獣としての務めを果たす。
……ユーリの過去を思い出して悲観しそうになる時もきっとある。
だけど、出来るだけ前を向いて歩いて行きたい。
みんなを幸せにしながら……私もいつか幸せになりたい。
その為にはやっぱり美味しい食べ物やお酒だよね!
私は未来を見つめる様に天を仰いだ――――
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