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「お迎えに参りました」
……王子様が目の前に現れたのかと思った。
白馬に乗った笑顔の爽やかな王子様。
蜂蜜色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。
シミやシワ一つ無い綺麗な上下の白い騎士服を身に纏った、爽やかな笑顔が眩しい男性が、私に向かって手を差し伸べて来た。
その手に自らの手を重ねようとした私は、おずおずと手を差し出しかけて……急いでその手を引っ込めた。……私の手は汚れていて、着ている服はみっともないほどにボロボロだったからだ。
こんな汚い私が、この綺麗な人には
ギュッと唇を噛み締めながら俯いた私は、溢れ出そうになる涙を必死に堪えた。
両親を早くに亡くした私は、同じ村に住む村人達から冷遇されながら、必死に今まで生きていた。その日に食べる物を集めるので精一杯の暮らし……。
畑を耕しても作物は育たず……肉や魚を食べたのはもう何年も前の事だ。
味も覚えていないほどに遠い過去……。勿論、贅沢なんて一度もした事は無いが……
この村の外にはこんな綺麗な身なりをした人が住んでいるのか……。
……いや、私には関係ない。夢なんて見るだけ無駄だ。
スーッと目の前が暗くなるのを感じた。
どうしてこの人は私の目の前に現れたのだろうか?
王子様にも見えるこの人は……実は私を迎えに来た死神なのだろうか?
それなら……良い。もう私は生きる事に疲れてしまった……。
「神子様。お迎えが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした……」
白馬から降りた白い王子様は、何も言葉を発しない私をそっと抱き締めた。
……温かい体温が布越しにじんわりと伝わって来た。
『神子様』?『お迎え』?
白い王子様が言っている意味は私には少しも分からない。
今分かるのは、この綺麗な人が私を抱き締めてくれている事…………。
ああ……人の体温ってこんなに温かかったんだっけ……。
遠い昔に抱き締めてくれた両親はもういない。
「……っ!」
ブワッと一気に涙がこみ上げた。
堪え来れずに溢れ出た沢山の涙が頬を伝う。
……涙って熱かったんだっけ……。
「ふ……っ……!!」
一度溢れた涙の止め方が分からない。
だって、もう何年も泣いていなかった。
泣いたって誰も助けてはくれなかった。
泣くだけ無駄……だった。
それなのに、初めて会った白い王子様に抱き締められただけで、あっけなく私の涙腺は決壊した。
……私は今までずっと寂しかった。辛かった。
こうして誰かに抱き締めて欲しかったんだ……。
「もう大丈夫ですからね。あなたの事は私が必ず守ります」
優しい手が私の頭に触れた。
背の低い私にきちんと視線を合わせてくれる優しげなエメラルドグリーンの瞳。
私は白い王子様に甘える様に、そのままずっと泣き続けた……。
**
……ここは……どこ?
目覚めた私はいつもの見慣れた、古く汚い木造の天井ではない事に戸惑った。
「わっ……!」
急いで身体を起こそうとしたが、その身体が大きく揺らぎ……また元の場所に転がった。なのに、身体はどこも痛くない。
いつもの私のベットだったら身体を打ち付けてしまい……その痛みから暫くは動けなくなってしまう。
……ここはどこなの?
今度はゆっくりと慎重に身体を起こした。
埋もれてしまいそうに柔らかくて温かい布団と、清潔な白色のシーツ。
もっとここで眠っていたいという……生まれて初めて感じる幸せな気持ち。
名残惜しさを感じながらもベットから立ち上がった私は、部屋の中をキョロキョロと見渡した。
物の価値が分からない私にも分かるほどの高級そうな調度品の数々。
ふと、自分の身体を見下ろすと……
汚れてカサカサになっていたはずの手は透き通る様に白く艶めき……。
ボロボロだった服は、白く滑らかなワンピースに変わっていた。
……え?
調度品の中にあった鏡に自らを映した私は愕然とした……。
肉付きのないやせっぽっちな小さな身体は変わらないが、今まで濃いグレーだと思っていた髪が……透き通る様なグレーに変わっていたのだ。
……どうして?
見慣れているはずの自分が知らない人の様にも思えてくる。
この状況は一体……。
……もしかして……どこかの金持ちの家にでも売られてしまったのだろうか?
こうして身を清められて、綺麗な服を着せられたという事は…………。
私はその場にしゃがみ込み、自らの身体をギュッと抱き締めた。
……正直、こうなる道を考えなかった事はない。
村人に『女は身体が売れるから良いよな』と、心ない言葉を投げ付けられた事もあった……。
生きる為にはそうするしかないのか……と私はその時思った。
だけど……その時は自分で……自分の意志で決めたかった。
こんな風に勝手に連れて来られてではない。
……貧しいただの女にはそれすら選べないのか。
あの白い王子は人買いだったのだろう。
優しかったのは私を捕まえてここに連れて来る為だったのだ……。
久し振りに触れた温もりのせいで……こんなに傷付くだなんて……。
馬鹿みたい……。騙されるなんて……本当……馬鹿。
自嘲気味に笑った瞬間……。
キイーッと部屋のドアが開いた。
「あ、起きていたのですね」
そこから顔を覗かせたのは、私をここへ連れて来たであろう白い王子様だった。
私は白い王子様を呆然と見上げた。
「可愛いらしいとは思っていましたが、見違えましたね」
ニッコリと微笑んだ白い王子様は、『ちょっと失礼します』そう言って私を横抱きに抱き上げた。
「え……?」
「お腹。空いているでしょう?」
戸惑う私の顔の側にある柔和な笑顔。
お腹……?
私がその言葉を理解するよりも先にグーッとお腹の方が先に反応した。
「……っ!!」
「ははは。お腹が空くのは良い事です」
真っ赤になった私に片目を瞑って見せた白い王子は、そのまま私を横抱きにしたまま部屋を出て行った。
「そうだ。ここは私の邸です。あなたを売ったりしてませんからね?ご安心下さい」
……何も言っていないというのに、この人には私の考えている事が分かるのだろうか?
「顔を見れば分かります。とても不安そうな顔をしてましたから」
……まただ。私は何も言っていないのに。
そんなに分かり易い顔でもしているのだろうか?
思わず両頬に手を当てると……
「ふふっ。さあ、着きましたよ。あなたの声もきちんと聞きたいですし、食事をしながらお互いの事を話しましょうか」
白い王子様は瞳を細めながらまたニッコリと笑った。
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