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「……ゆっ……唯!?」
眼下には、こちらを見上げて呆然としているジルの姿がある。
そう。ここでの比較対照は『ジル』である。
うーん。よくぞこのタイミングで来てくれました!
つい、意気揚々とジルを突き落としてしまったね!
……え?王子を突き落とすな?
そんなのは気にしない、気にしない。
だって、私は聖獣だもの!
必死でバシャバシャと水をかいている騎士団員達と、緩やかに手を動かすだけで立ち泳ぎが保てているジル。
この差は何と言っても『筋肉』である。そう、筋肉に他ならない。
因みに……私の元の姿ならば、余裕で浮くと思う。脂肪で。
脂肪って浮くんだよねえ……。
私は思わず空を見つめた。
「ミーガルド様ー!助けて下さいー!」
「酷いじゃないですかー!」
「たーすーけーてー!」
「しーずーむー!!」
……やかましいな。
私はチラッとツヴァイさんを見た。
「そろそろ……よろしいのでは?」
ツヴァイさんは、手元にある懐中時計を見ながらそう答える。
「意外と時間が経つのは早かったですね」
「……見ている側はそうかもしれません」
苦笑いを浮かべるツヴァイさん。
言いたい事は分かる。ちゃんとそこら辺は分かっている。
でもね?大変じゃなかったらお仕置きにならないじゃない?
まあ、そろそろ沈みそうな人もいるから……頃合いかな。
「みなさーん!分かりましたか?自分達とジルは何が違うと思いますか?」
私は口元に手を当てながら声を張り上げた。
「「分かりませーん!!」」
「何が違うのですかー!?」
「馬鹿野郎!!しっかり考えるんだー!!」
気分は熱血教師である。……そんなスイッチが急に入った。
なので、今回は女教師モードの指示棒ではなく、真っ赤なメガホンを作ってみた。
「ミーガルドさまぁあー!」
「総員!泣き言の前に頭を働かせろー!!」
怒鳴りながら、メガホンをグルグルと回す。
「分かりませんよぉー!」
「顔だ!顔が違う!!」
「手足が長い!」
「イケメン!!」
「貴様らー!考える気はあるのかー!?」
「ありますけど、本気で分かりませーん!」
「仕方がない奴らだな!そんなお前達にヒントをやろう!お前達の身体とジルの身体は何が違う!?」
私はメガホンを使って怒鳴った。
「顔だ!顔が違う!顔が小さい!!」
「手足が長い!」
「イケメン!!」
「あと、イケメン!」
……大喜利か!!
「随分と余裕があるみたいですね……?」
ニコッと笑った口元がピクピクと引きつる。
「ちょっ……!」
「ミーガルド様、すみませんでした !」
「……問答無用ー!」
下に向かって手を伸ばした私は、手に魔力を込めた。
「「「ぐぉおおおーっ!」」」
お水たっぷりの抉れた地面は、洗濯機の様にグルングルンと回っている。
ジルは巻き込まれない様にちゃんと結界を張ってあげてるよ!
***
高速で二十回転した位で、魔術の発動を止めた。ついでに、抉れた地面とたっぷりのお水も消して、元に戻す。
でないと、溺れちゃうからね!
「し……死ぬかと思ったぁぁ……」
「助かった……!」
「おい!しっかりしろ!助かったんだぞ!」
抉れた地面のあった場所には、沢山の筋肉……もとい、騎士達が地面に手を付き、ぜーぜーと荒い息を吐いている。
抱き合って涙を流している者もいる。
「さて、皆さん。生還おめでとうございます」
私はそんな騎士達の前に仁王立ちした。
この手にはまだ真っ赤なメガホンがあるよ!
私の姿を見た騎士達は、一斉に肩を跳ねさせた。
「ひいっ……!!」
……失礼だな!
アインさんとドライさんまで怯えているじゃないか。
「唯……まあ、まあ……」
ジルが私の肩にポンと触れた。
……ジル?
私はジルを見ながら首を傾げたが、ジルはなんとも言えない視線で私を見ている。
……やり過ぎですか……そうですか。
しかし、やってしまったものは今更どうしようもないのだよ!!
だから、気にしないで続けるよ!
「今回の集団お見合いですが、まずは皆さんが変わらないと成功はないと思って下さい!」
「え?何ですかそれは!」
「何ですか……ってそのままですよ?ていうか、そもそもジルに勝てると思っているのですか?皆さんとジルとの違いは顔だけではありません!」
「顔だけじゃない……?」
「筋肉は水に沈みます。鍛えられた肉体は彫刻の様に美しいかもしれません。そもそも……皆さんのお仕事は何ですか?」
「国防です」
そう言いながら、手を上げた騎士を私はジッと見つめ返した。
「そうですね。国を守る……そこに住む民を守る。それが皆さんの仕事ですよね?」
私の言葉に頷く一同。
「先程も言いましたが、筋肉は水に沈みます。もしも溺れている人がいたら?溺れている人に身分は関係ありませんが……護衛をしている要人だったら?皆さんはきちんと助ける事が出来ますか?」
「そ、それは自らの命をかけて……」
「黙らっしゃい!自分の命を粗末にする人に誰が助けられますか!!」
騎士達は気まずそうにしながら、私から目線を反らした。
……ふっ。勝った。
必殺!正論返し!!
……私が同じ事されたら多分……泣く。
だが、今の私は強者だ!!
どんどん責めちゃうぞー?
「ここで私が言いたい事は、『程々に』です。ジルも鍛えているみたいですが……」
うっ……。朝チュン事件を思い出してしまった……。
程よく付いたジルの筋肉質な身体が…………
って、あぁぁぁぁ!!
セクハラだ!これはセクハラだ!
頭をブンブンと振って、記憶を頭の外に追い出す。
「ミーガルド様?」
「……何でもありません」
コホンと咳払いをし、気を取り直した私は改めて騎士達を見た。
「ジルの様に……程々に鍛えておけば、水には浮けます。極端な行動は身を滅ぼしますよ?……そもそも、皆さんの売りってなんですか?筋肉以外で。あ、アインさんとドライさんは除きます」
アインさんはお花、ドライさんはコーディネート等、きちんと売り込めるものがある。
「まさか、騎士団にいるからモテるだろうだなんて勘違いしていませんよね?」
「「「…………」」」
……おーい。どうして全員視線を反らす。
「……無いのですか?」
……シーン。
……そうですか。やっぱり無いのだな。
まあ、騎士としての筋肉質な見た目が好きな令嬢もいるだろうし……そもそも政略結婚がメインの世界だから……内面とかは、どうでも良いの?
いや、どうでも良くはないだろう。
孫とおじいちゃん程に年が離れた結婚ならまだしも……夫婦仲が良いにこしたことはない。生まれてくるであろう子供達もその方が嬉しいだろう。
ふむ……。売りがないなら作れば良いのだ。
付け焼き刃でも積み重ねれば、身になるだろう!
……と言っても時間はないので、騎士達には仮想空間で短時間集中トレーニングしてもらおう!
そうと決まったら、強制的に眠らせて……っと。
私が手を翳すとあっという間にバタバタと倒れていく騎士達。
「……ミーガルド様?」
「唯……何を……?」
不安な顔をしているツヴァイさんとジル。
「皆さんには仮想空間……ええと、睡眠学習をしてもらう事にしました」
「因みに……何を?」
「彼達には良き夫になる為に、家事、育児をきっちりと叩き込みます!」
「ミーガルド様……彼等は貴族が多いので家事は必要ないのでは?それに遠征等で慣れている者も多いですよ?」
……そう言われたら、そうかもしれない。
あれー?
……だけど、遠征等の野宿とは違う!違うったら違うのだ……!!
それにイクメン計画もあるのだから……
「えい!」
私はジルとツヴァイさんも強制的に眠らせた。
よしよし、これで万事OK!!
ふう……。
みんなが寝てる間に私は休憩でもしよう。
私は騎士達を横目に、ツヴァイさんに貰ったクッキーを食べた。
今日も良い仕事したー!!
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