16

消えた四代目神子の記録。

その謎を解く為に、私は国王であるヨハネス様にお願いをして王城にある図書室に入れてもらった。


その中はというと……。

「うわぁ……」

コンサート会場程の広さの図書室の中は、見渡す限りの本、本、本、本……と、圧巻である。

天井の際まで並べられた棚には、歴史的な資料から恋愛小説や娯楽本までと多岐にわたっている。


そんな図書室の中で私は、意外な人と再会を果たした。


「ミーガルド様!!」

入り口辺りでキョロキョロしていた私に駆け寄って来た人物。

それは『ツヴァイさん』だった。


このツヴァイさんは騎士団に所属している貴族の一人であり、【乙女の会】にいた三人組のお姉様おにいさまの一人である。

モテたいが為に女性になりきり、乙女心を学ぼうとしていた筋肉お馬鹿さんである。

そんなツヴァイさんが騎士団の制服を着たままで、何故に昼間からこんな場所にいるのだろうか?


「ツヴァイさん、こんにちは?」

挨拶をしながら首を傾げてしまったせいか、ツヴァイさんは笑いながらここにいる理由を教えてくれた。

「実は今日は非番なのです」

「非番なのに制服を着て王城しごとばにいるのですか?」

「はい。非番と言っても完全な休みではないので、有事の際に駆け付けられる様に近場で待機……という所ですね」


成る程。

騎士団の皆さんは大変だね。休みもゆっくり休めないとは……。

「私は家庭持ちでないですから仕方無いです。妻子持ちは優遇してもらえるのでご心配なく」

おお……。

ブラック企業並みかと思えば、きちんと配慮はされているみたいで良かった。

仕事が忙しすぎてーからのー、我が子から「おじちゃんだあれ?」は嫌だもんね。


妻子持ちと言えば……。

「進捗はどうですか?」

彼らには私から宿題を出してある。

それは『気になる人を見つける事』である。

簡単な様で難しい宿題だ。


あの時、来週までにと言ったがお互いのタイミングが合わずに、あれからもう一ヶ月程が立とうとしている。

さあ一ヶ月の成果は如何に……?


「じ、実は……」

おっ!?

急に小声になり、顔を赤くしてモジモジしている様子からして……!!

私はわくわくと期待を込めた眼差しをツヴァイさんに向ける。

「……まだなのです」

「まだなのかーい!!」

思わず素で突っ込んだ。猫パンチ付きである。


あんな風に思わせぶりな態度をしながら、とは情けない……。

ここは教育的指導が必要か?

両手の爪を出したり引っ込めたりとウォーミングアップを始めたその時。


「ミ、ミーガルド様、違うんです!」

ツヴァイさんが自らの顔を庇う様にしながら言い訳を始めた。


チッ。顔を引っ掻いてやろうと思った事に気付かれたか。

内心で舌打ちをする。


私はウォーミングアップを止めて、ツヴァイさんに向き合う。

「何が違うんですか?」

途端にホッとした様に溜息を吐いたツヴァイさんに話の続きを促した。

「好きな人というか……気になる人はいるのです」

「へ?」

じゃあ、宿題クリアじゃないか?と思いながら首を傾げていると……。

「まだ当たって砕けていないのです!」

「そんな……!」

「しー!ミーガルド様、お声が大きいです!」

シーと慌てた様に自らの口元に指を当てながら、小声で話して欲しいと懇願するツヴァイさん。

おやー?

私はふと……周囲を見渡した。

そして、ツヴァイさんの行動理由に合点がいった。


ここは王城の図書室。

王城に勤めている人ならば誰でも利用が出来る。

暇さえあれば筋肉を鍛えていたはずのツヴァイさんがここにいる理由。


それは……眼鏡を掛けた美人司書さんだ!!間違いない!!


その証拠に私がその司書さんに目を留めると、面白い位に分かり易く狼狽えだしたのだ。……相変わらず単純だな。

恐らくは、司書さんに声を掛けたいけど、どうして良いかに分からずに取り敢えず図書室通いをしているといった所だろう。

試しにそう尋ねてみれば、その通りだそうで思わずニヤけてしまった。


よし!こうなったら特別授業をしようではないか!

私は図書室の奥にある個室にツヴァイさんを連れ込んだ。



***


「さあ、第二回目の授業を始めましょう!」

私はそう言いながら聖獣の力を使用して、またしても指示棒を作り出した。

右手に持った指示棒を左手にペシペシと打ち付ければ、女教師モードの発動だ。


因みに……【乙女の会】の残りの二人は、恋人も好きな人もいないとの情報をツヴァイさんから頂いたので、近々お仕置きに参上する予定だ。

キレイに爪を研いで行くからねー?

アインさんとドライさんの背筋にゾワッと寒気が走ったかどうかは置いといて……。



本日の個人授業の内容は【ツヴァイさんの恋を発展させる為には】だ。


「さて。彼女の事を教えて頂けますか?」

ビシッと指示棒を突き付けると、ツヴァイさんはモジモジしながら美人司書さんについて説明をしてくれた。


美人司書さんは【アイリーン・メイサン】。二十一歳だと言う。

メイサン男爵家の次女で頭が良く、本好きなのを請われて司書として王城に勤めているそうだ。


「ツヴァイさんって子爵家の長男でしたっけ?」

「はい。結婚をしたら騎士団に所属しながら領地経営を学ぶ予定です。父が引退をすれば家を継ぎます」

「ふむふむ。実家は恋愛結婚推奨なんですよね?」

「はい。両親がそうですからね。未だにラブラブですよ。……胸焼けする位に」

「女性が仕事をしている事をどう思いますか?」

「……尊敬しますよ?私はそんなに頭が良い方ではないので」

質問をしながら頭の中で内容を整理していく。


「では、ズバリ。ツヴァイさんはどうしてアイリーンさんが好きなのですか?」

直球な私からの質問に、ツヴァイさんは目を白黒させながら口をパクパクと開閉させた後に、顔を真っ赤に染めながらポツリポツリと話し始めた。 


「上官の命令で図書室に資料を取りに行ったのが彼女との初めての出会いです。眼鏡を掛けたキレイな人だな……と。最初はそれだけでした」


その後、訓練で城内を走っていた時にたまたま木陰で本を読むアイリーンさんを見掛けたのだが、笑顔で夢中で本を読んでいる姿を見てから気になる様になったらしい。

訓練で城内を走る時には決まった時間に必ず彼女はそこで本を読んでいて……司書として働いている時とは違う、多様なアイリーンさんの表情に惹かれたのだそうだ。

城内にいる時は彼女の姿を無意識に探してしまい、いない時は暇を見付けて図書室に通っているのだそうだ。


「もっと彼女と会って色々な話をしたいのですが……彼女の事を考えるだけで顔が赤くなってしまって……」


乙女だ……!乙女がここにいる!!

いやー……純愛だね!

ツヴァイさんの赤面が移ってしまいそうだよ!


……うーん。

私としては、ツヴァイさんの恋心を是非に叶えてあげたいとは思うけど……どうするべきか?

人の恋路を邪魔したらお馬さんに蹴られてしまうよ。


「アイリーンさんとお話した事はあるのですか?」

「はい。本を借りる時に少しだけ……」

「因みに……何の本ですか?」

「ええと……効率の良い筋トレ方法や兵法、筋肉とは……でしょうか?」

この筋肉馬鹿!!

私はジト目のままツヴァイさんの頭を指示棒でペシペシと叩いた。

「ミーガルド様……?」

「私、言いましたよね?業務以外の筋トレ禁止って。そんな本の内容の選択では筋肉に興味が無い人は引くだけですよ!?」

「引く……!?」

「どうせ話したって言っても『お仕事お疲れ様です』とか『いつもお仕事大変ですね』とか『お身体に気を使うお仕事なのですね』とかですよね?!」

「……うっ!」

……図星か。だから言ったのに。

それも本命を前にしてやってどうする!!


はあー……。

私は盛大な溜息を吐いた。

アイリーンさんと話せる貴重な一時を筋肉なんかで潰して……。

いや、筋肉だけが悪いわけじゃないよ?あくまでもツヴァイさんのせいだ。

そう……ツヴァイさんにはもっと…………

もっと…?


「それだ!!」

私は満面の笑みを浮かべながら指示棒をツヴァイさんに突き付けた。

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