5

「唯様!見ていて下さい」


 嬉しそうに笑うミーシャ姫はそう私に告げると、自分一人だけの力で歩いた。

 まだヨロヨロと力が入りきってないながらも、しっかりと自分の足で大地を踏みしめている。

 しかし、顔で張り切っているミーシャ姫はまだまだ万全な状態ではない。

 何せ昨日まではベットで寝たきりの生活を送っていたのだ。

 ミーシャ姫が弱っていた原因である穢れを断ち切り、癒しの力を施したことによって、以前から比べれば元気にはなっているが……。


「……あっ!」

 グラリとミーシャ姫の身体が傾いた。


 咄嗟に手を伸ばし……今の自分では彼女を支えられないことに気付く。

 私はキュッと唇を噛みながら、伸ばした手に力を込めた。

 倒れかけたミーシャ姫の身体が、ふわっと宙に浮かぶ。


「……申し訳ありません。唯様」

 ミーシャ姫は、眉間にシワを寄せてシュンとしている。

「大丈夫だよ。でも、あまり無理はしないでね?」

 ニコッと笑いかけると、ミーシャ姫の頬がうっすらと赤く染まった。

「……はい」

 はにかむミーシャ姫……可愛い。


 宙に浮かんだままのミーシャ姫を下ろそうとすると……

「そうだよ。無理をしたら駄目じゃないか」

 私達の後ろからジルの声が聞こえてきた。


 ジル……いつの間に。


 ジルこと、ジルフォード第一王子は、ミーシャ姫の五歳上のお兄様で十七歳だ。

 ミーシャ姫は十二歳。

 ……十代か。若いな……(遠い目)


「ミーシャ、嬉しいのは分かるけど、程々に……ね?」

「はい……」

 やんわりと嗜める兄に、素直に頭を下げて謝罪をするミーシャ姫。

 うんうん。今日も相変わらず兄妹仲が良いようで何よりだ。


 あ、ジルが来たのなら丁度良い。

 宙に浮いたままのミーシャ姫を椅子まで運んでもらおう!

 立っている者は王子でも使うのだ。ふふふっ。


「唯。おはよう」

 ミーシャ姫を椅子に座らせてくれた後、こちらを向いて改めて挨拶をくれたジルは……相変わらず無駄にキラキラしている。


「おはよー。ジル」

「唯。父上達が『また一緒に酒を飲もう』って言っていたよ」

「ヨハネス様達が?」

 瞳をパチパチと瞬かせた後に『困ったなぁ。』と、わざとらしい溜め息を吐きながらも……私の内心ではウキウキわくわくである。


 ヨハネス様とは……ジルとミーシャ姫の父親であり、セピアニア王国の王様である。四十代手前には見えない超美形の酒豪だ。因みにジルは父親似だった。


 ミーシャ姫の穢れを払った日の夜。

 ヨハネス様に招かれた国の重鎮達の集まる晩餐の席で、【聖獣わたし】の存在が国民へ公表されることが決定したのだが……。

 その夜は盛大な晩餐会だった。

 いつ命を落とすかもしれなかった姫神子がその危機を脱したのだ。

 こんなに嬉しいことはないだろう。

 たくさんの美味しいご馳走やお酒を振る舞ってもらったお陰で、私の中の欲求は大いに満たされた。


 その時にヨハネス様とその妻であり王妃のコーネリア様と恐縮しながら席を共にしたのだ。

 ヨハネス様は意外と気さくな人で、威圧的な感じは全くなかったし、王妃のコーネリア様は凄くキレイな……イケメンさんだった。

 式典等の国の正式な行事以外は、男装をしているというコーネリア様。

 フェミニストな男装の麗人には……私も堕ちた。

(コーネリア様の公式ファンクラブに即入会した!!)


 そんな二人は、『王族だから』と構えていた私の心の垣根を秒で粉砕してくれた、この世界でできた初の酒友達である。


「分かったー!ヨハネス様とコーネリア様によろしくお伝えしてね」

 私はジルに向かって、右手を上げて見せた。


 わーい。また楽しくお酒が飲めそうだ。


 本日の回復・浄化を終えたミーシャ姫と、もの凄ーく何か言いたそうだったジルとは一旦別れて、私は一人で城内を散歩することにした。



 ***


 ルンルンとご機嫌でスキップする。


「ミーガルド様、こんにちは。」

「今日もフワフワな毛並みが美しいですね!」


 城内の皆さんは、二足歩行でスキップする猫型の聖獣に驚くこともなく、普通に接してくれる。

 流石は、王城に勤めてるプロフェッショナル達である。


「ありがとうございます!皆さんもお仕事頑張って下さいね!」

 私はモフモフの手を振り返す。



 ……何で四足歩行しないのか、って?


 確かに四足歩行の方が、速く移動することができる。

 だけど、そうしないのは私が二足歩行する人間だったからだ。

 ……元の姿に戻ることができなくなってしまった私の細やかな抵抗でもある。

 自分の気持ちを割り切って整理するのには、まだまだ時間が足りないのだ……。



 あ、そうそう!

 本来は、素晴らしいふわふわモフモフのがあるから必要ないのだけど、『女性なのですから』と、ミーシャ姫がチュニック丈の動きやすい私専用の服を何枚か作ってくれたんだ!

 ありがとう!ミーシャ姫!

 洋服の対価は身体モフモフでお返ししたよ。

 ふふっ。ザ・モフモフプニリ放題祭り☆ なんてね。



 鼻歌混じりにスキップしながら散歩を続けていると……。

 中庭にある噴水の縁に座って、口元を押さえながら俯いているストロベリーブロンドの儚げな女性の姿が見えた。


 ……どうしたんだろう?具合でも悪い?


「大丈夫ですかー?」

 私はパタパタと女性に駆け寄った。


「……え?……あ、貴方様は……もしや、ミーガルド様!?」


 突然現れた聖獣に驚いた女性は、ブラウンの瞳を丸くしながら慌てて立ち上がろうとした。

 しかし、フラリとよろけてしまい、立ち上がることが出来なかった。


「驚かせてすみませんでした……」

 倒れなくて良かった……。

 私はホッと安堵の溜め息を吐いた。


 ……貧血だろうか?女性の顔は真っ青だ。


「……申し訳ありません」

 恐縮したように頭を下げる女性。

「大丈夫ですよ。具合いの悪い時は無理したら駄目です」

 噴水の縁に乗った私は、女性の肩にそっと触れながら首を横に振った。

 ね?と、念を押してニコッと笑うと、女性は一瞬驚いた顔をした後に少しだけ微笑んでくれた。


「誰か呼んで来ますか?」

「いえ、大丈夫です。……実は、お腹の中に赤ちゃんがいるのです」

 私が尋ねると、女性は首を横に振りながらお腹をさすった。


 なるほど。顔色が悪いのはおそらく悪阻のせいだろう。


「おめでとうございます!だったら尚更、無理しちゃ駄目ですよ。私なんて気にしないで下さい」


 妊娠も出産もしたことがない私だけど、仲の良い友達の中には子供がいる子もいたし、何よりドラマやドキュメントで培われた知識は豊富である。

 出産シーンでは自分の子供のことかのように号泣する自信があるね!


 っと……。

 妊婦さんなら、こんな水の側で身体を冷やしてはいけない。

 女性の手にモフモフの手を添えて、身体を温める為の力を女性の中に循環させる。

 取り敢えずはこれで良し。


 後は……できたら暖かい場所に移動して欲しいんだけどな。

 キョロキョロと辺りを見渡していると……。


「でも……また駄目かもしれないんです。」

 女性の悲しそうな呟きが聞こえた。


 え?……

「あ、あの……話を聞いても大丈夫ですか?」


 ……このタイミングで移動しようとは言えないな。

 コクリと頷く女性の隣にちょこんと座ってから、私達の周りを囲む様に暖かい空気のバリアを張る。


 さっきの力といい……。

 初めて使ってみたけど、案外普通に使えるものなんだな……。

 聖獣のチート力半端ない。

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