スターマイン(3)

          ☆    †    ♪    ∞


 大規模戦闘において、勝敗を左右する重要な要素とはなにか。


 戦力/兵力の量か。

 それとも、実戦に至るまでどれだけ策と戦備を積み上げるか。


 すくなくとも、地球ではいずれも正しい。

 数も、策も、備えも重要であることは歴史が実証している。


 ――言い換えれば、その真逆はありえない。


 単一という極小戦力で、

 戦術で戦略を凌駕し、

 補給をも必要としない。


 机上の空論、夢物語、非現実的――そんなものはありえない。


 すくなくとも、地球では。


 だが恐ろしいことに、地球では不可能でもそれを実現してしまった異星が存在する。


 たった一機で全てを決してしまう、究極の単一機動戦力。


 およそ人が考えうる『それができたら苦労しない』を、だいたいやってのけてしまう神域の技術結晶。


 全能型無量霊機要塞〈フレアセルガ〉


 それが、白い巨人の――陽村アマネが所有する最大最強の戦力の名だった。


                   [同日]

        [午後四時三五分(日本時間)]


              [月 周回軌道上]


 開戦からおよそ一〇分が経過したが、ガリカノイの艦隊はすでにその三分の一が炎の花となって、宇宙に散っていた。


 それこそ連発花火スターマインのように、次から次へと。


 戦闘機でもかい潜るのは難しい高密度の弾幕。

 それを正面から突っ切る〈フレアセルガ〉

 機体を守る紅い光は触れたもの全てを焼滅させる絶対焼壁。

 その防御力をもっていともたやすく戦艦に取り付いた〈フレアセルガ〉が、そのまま右の掌打を船体に当てる。


 その一撃で全長一〇〇〇メートルを超える戦艦の大部分が焼滅し、宇宙にまた一つ炎の花が咲いた。


 敵は戦艦ばかりではない。

 艦載機――数十機の無人宇宙戦闘機が〈フレアセルガ〉を蜂の巣にせんと仕掛けてくる。

 しかし〈フレアセルガ〉にとっては戦艦も艦載機も大差はない。


 たやすく滅ぶという一点では、なにも変わりはしない。


〈フレアセルガ〉の機体全体を守る、球状に展開した絶対焼壁。

 その範囲を一瞬で一気に拡大する。

 半径二〇メートルから三キロへ、一瞬で。

 焼壁の広域展開――〈フレアセルガ〉を中心とした半径三キロに存在する艦載機はおろか、付近の戦艦もまとめて焼滅した。

 その様はもはや極小の太陽。この状態であればただ移動するだけでも必滅の威力。


 その領域は兵器ではなく天災。

 天災への対抗策など――神に許しを乞う以外あるかどうか。


《~~~~ッッッ…………撤退じゃ! ありえへんわ……こーた馬鹿げたバケモンは……!》


 ガリカノイの判断は遅すぎた。

 最初から地球を狙うべきではなかった。

〈グァラ・ダガン〉の周囲の空間が歪みはじめる。

 空間歪曲転移。転移できれば最低でも数百光年の距離は稼げる。


 しかし、天災はそれすら許さない。


〈フレアセルガ〉の背部から、二対四枚の翼が生えていくかのように高速形成される。


 形成を終えた翼が開いた瞬間――漆黒の宇宙が灰に染まった。


 まるで宇宙そのものを別のなにかに塗り替えたかのように。


《なんじゃこりゃあ!?》

《て、転移できひんです! 空間制御が……いや、舵も利がねぇ!》


 初めて直面する事態に狼狽するガリカノイとオペレーター。

〈グァラ・ダガン〉は空間転移どころかその場から動けなくなった。それは他の艦も同様で、艦隊がすべて沈黙する。


 ――支配空間。


 摂理を改竄して編纂し特定空間を塗り替え、空間の幾何構造をも自在に操作、支配するという超高次空間制御技術。神秘の域に達した科学。

 この空間を展開した場合、ありていに言ってしまえばなんでもありとまではいかなくとも、

 空間の自在圧縮によって対象の動きを止めたり、次元を封鎖して対象の空間転移を封じるのも造作ない。


《――逃さんと言っただろう》


 数キロ離れた位置から、一瞬で〈グァラ・ダガン〉に取り付く〈フレアセルガ〉

 空間を圧縮し、それを復元した際に発生する反動を利用した疑似瞬間移動――これも支配空間によって可能となる芸当の一つ。


《先に撃ったのは貴様らだろうが。交渉に応じる余地を残していた私に理不尽を振るったのは貴様らだろうが。ならばいいだろう。私も理不尽の極致をもって貴様らを焔獄に沈めるまでだ》


〈グァラ・ダガン〉に向けて右手をかざす〈フレアセルガ〉

 それだけで、すでに空間圧縮によって動きを止められていた〈グァラ・ダガン〉周囲のがすこしずつ、しかし着実に増していく。

 水圧によって押し潰されていく潜水艦のように小さくなっていく〈グァラ・ダガン〉

 大脳艦橋では計器類が次々と警告アラート異常エラーを垂れ流していく。


〈グァラ・ダガン〉は


〈グァラ・ダガン〉は生体機動戦艦――地球圏とは別の宇宙に生息する宇宙怪獣に全体の三~四割ほどの機械改造を施した準サイボーグであり、一個の生命体である。

 生体機動戦艦として進宙してから以降二〇年余。〈グァラ・ダガン〉は無敵だった。

 自分より大きな戦艦は見たことがなかったし、数々の戦艦を沈めるのはもちろん、時には小惑星をも滅ぼしたこともあった。

 恐怖とはなにかも知らなかったし、また無縁だった。

 そんな〈グァラ・ダガン〉が、自分の一〇〇分の一にも満たない大きさの巨人に、極めて一方的に撃沈ころされそうになっている。

 己の命をつかまれ、生殺与奪権を完全に掌握されたという事実。

 動物並の知性があれば、嫌でも理解する。


 これが恐怖なのだと。


《潰れながらそこで見ていろ。貴様らの仲間が雑に散る様を。私に牙を向けたことへの悔恨と、その愚挙に仲間を巻き込んでしまったことへの謝意を抱えながら最期を迎えるがいい》


 アマネの声はどこまでも冷たい。

 命を摘み取ること、消し去ることになんの迷いも関心もないどころか、それ自体を面倒だと唾棄するような――そういった冷たさ。


〈フレアセルガ〉の空間を支配する悪魔の翼が白く輝く。

 そこから先は、児戯のような地獄だった。


 周辺の残存戦艦の内一隻が、一瞬で消える。

 次の瞬間、消えた戦艦が〈グァラ・ダガン〉に激突し、轟沈した。

〈フレアセルガ〉による

 疑似瞬間移動とは点から点への空間跳躍ではなく、あくまでも線の移動にすぎない。


 ゆえに移動方向になんらかの障害物があった場合、衝突は免れない。


 次々と戦艦が強制的に瞬間移動させられ、〈グァラ・ダガン〉にぶつけられて破壊されていく。

 ガリカノイの艦隊では〈グァラ・ダガン〉以上の巨大戦艦はない。激突すれば破壊は必至。

 そして、味方の戦艦が次々と激突する〈グァラ・ダガン〉も無事では済まない。

 轟沈はしないとしても、船体は着実に損傷していく。

 同時に、空間圧縮による圧潰も続行している。

 ガリカノイはなにもかも失った。

 許しを乞う言葉も、抗おうとする戦意も、失っていた。


 それほどまでに雑な殲滅だった。

 雑だからこそ、果てしなく残酷だった。


 ――およそ一〇数分後。最後の僚艦が〈グァラ・ダガン〉と激突し、爆発する。


 空間圧縮によって〈グァラ・ダガン〉は元の大きさから一〇分の一まで圧潰され、完全に原型を失ってもはや隕石のようになっていた。

 それでも直径約五〇〇メートル。〈フレアセルガ〉の一〇倍以上の大きさではあるが――


〈フレアセルガ〉の右掌から放たれる極熱波動の熱波は、あっけなく〈グァラ・ダガン〉だったものを焼滅させた。


《…………虚しい》


 思わず独りごちるアマネ。

 三〇〇〇隻もの大艦隊を単騎で滅ぼしてなお、アマネにはその程度の寸感しかなかった。

〈フレアセルガ〉背部の翼が霧消し、灰に染まっていた宇宙が元の色を取り戻す。

 日本時間ではもうじき午後五時。今からでも戻れば当初の目的を果たすのに遅くはないかもしれない――が、アマネの中では地球防衛を頼まれた時点で、幸せは音を立てて死んでいた。


(……まぁ、地球の安全には代えられん。今日が駄目なら明日がある)


 フルーツパフェと地球の存亡では秤にかけるまでもない。なんとか自分に言い聞かせて、アマネは地球へ向けて転進しようとした。


 その時――なんの前触れもなく宇宙空間が歪んだ。


 次元歪曲反応。位置は〈フレアセルガ〉の後方約六〇〇メートル。

 ほどなく、一つの巨影が実体化する。


 全高約一二〇キロ。全幅約三〇キロ。

 荘厳な石碑を連想させる外観の宇宙要塞。単純な大きさだけなら先ほどの〈グァラ・ダガン〉ですら比べ物にならない。


《――我ガ名ハ、鉄血機帝ナジェロザンドリガ》


 生物の肉声とは思えない、電子の第五七一宇宙創世言語。

 開放回線オープンチャンネルによる〈フレアセルガ〉に向けての宣告。


《機帝ノ名ニ於イテ天命ヲ下ス。降伏セヨ。恭順セヨ。屈従セヨ。現時ヨリ、コノ宇宙ハ我ガ叡智ニヨッテ導ク》


 有無を言わさぬ一方的な支配宣言。しかし、それだけの説得力と圧力がその要塞にはあった。

 この鉄血機帝を名乗る輩も、放置すればまたたく間に地球圏を制圧できるほどの戦力を擁しているのはアマネから見ても明白。


《……………………》


 アマネは無言のまま、〈フレアセルガ〉の右腕を上方に掲げた。

 降参を表す挙手ではない。


 ――怒りの威嚇である。


〈フレアセルガ〉の右掌から、極熱波動の奔流が放たれた。

 惑星どころか銀河すら貫く無限射程。極大熱波の超々直線放射。

 メギドの火やプロメテウスの火など比較にならない、あらゆる物質を焼灼焼滅させる究竟きゅうきょうの焔。

 ナジェロザンドリガには、その焔が「直撃あたれば絶対死ぬやつ」としか見えなかった。

 時間にしておよそ一分ほどで熱波の放出を止める〈フレアセルガ〉

 数瞬の静寂が、アマネとナジェロザンドリガを包んだ。


《――次は当てるぞ》

《――今スグ帰リマス》


 冷たい殺意をまとったアマネの言葉にさっさと白旗を揚げるナジェロザンドリガ。

〈フレアセルガ〉を前にして生き延びるには、それが最善手だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る