日々のお話
soto
2018年10月3日 【双子】
気が付くと少女は山の中にいた。そこには登山道などなく、大きな木々がうっそうと茂っているせいか、太陽の光は木の葉の群れにがんじがらめにされ、自身の内に封じ込められてしまっている。
このようなところに少女はどのようにやってきたのか。それは少女自身にも分からないことだった。今まさに生まれたばかりであるかのように、気が付くとここにいたのだ。でも、少女は何年も前に生まれていて、先ほどまではどこか違うところで母や父と笑って過ごしていた、はずだった。思い出そうと頭の中をめぐってみるが、木の葉のカサカサと揺れる音が、あともう少しでたどり着けそうな大事な記憶を攫っては散らし、隠してしまう。
考えるのに疲れてしまった少女はひとまず山の中を歩いてみることにした。柔らかな土を踏みしめる感覚は、ここが普段人の通らない場所であることを少女に教え、少女の混乱や不安を高めていく。とりあえずどこでもいいから道にでたい。その一心で少女は歩を進めた。
しばらく歩いた先には、しかし山道はなく、代わりに開けた平地と小さな池があった。池の先には川がつながっていて、そこからこの池に水が流れているようだった。しかし、その水が流れていく場所は、ない。土の中に吸い込まれているのだろうか、そう思い少女が池の近くに寄っていくと、池がブクブクと細かな泡を立てはじめ、水面から頭の大きな赤い魚が顔をのぞかせた。
「お前はいくつだ」
その魚はそう話した。少女は自分の耳を疑った。魚が言葉を話すなんて、そんなことできるはずがない。しかし確かにそう聞こえた。
「お前はいくつだ」
もう一度その魚が話した。つぶらな瞳がこちらをしっかりと見ている、ように見えた。
「13です」
少女は答えた。通じるのかよく分からなかったが、少女に聞こえているならば魚にも少女の言葉が届くのではないかと思った。しかし、なぜこんな山の中にこのような魚がいるのだろうか。少女にはこの魚がどうにも川魚には思えなかった。
「そうか、13か」
赤い魚はそう答えた。少女の言葉は通じていた。
「私は103だ」
そういうと、池の水が不穏な様子で揺れ始め、ここが海であるかのように少女に向かって波が押し寄せ、少女の足元を水で濡らした。よく見ると、その波を作っているのはたくさんの赤い魚であった。いくらかの魚は水の勢いによって陸地に揚げられたままで、ぴちぴちと虚しくはねている。驚いた彼女は魚に慌てて伝える。
「あの、そういう意味なら、私は1人です」
「いや、お前は13だ」
もう一度少女に波が押し寄せた。先ほどの波よりも大きく、今度は少女の膝から下を水が埋め尽くす。少し油断をするとそのまま水と魚の大群に押されて池の中に引き込まれそうな勢いだった。
「私は孤独だった。仲間がいないのだ。お前もそうだろう。お前は13歳で、1人だ。私はやっと仲間を見つけた」
「仲間ならいるじゃないですか。こんなにたくさん」
少女は目の端に今度は少女の頭までありそうな大きな波を捉えながら、この状況を何とかしなければと魚に向かって答えた。
「これは姿形は一緒だが、私とは違う。どんなに似ていても違うのだ。お前は姿かたちは違うが、私と同じだ。私と同じ、孤独だ」
そして、少女の頭上に波のてっぺんがやってきて、少女の体をその大きな口でのみ込もうとした。
少女はもうダメだと体を硬直させてその瞬間を待った。少女の頭上から水が降り注ぎ、少女の体はずぶぬれになった。しかし、少女の体は池の中に引きずり込まれることはなく、その場所に残された。水は波としての威力を失い、静止してしまったようだった。少女は一瞬止まった呼吸を肩で整えながら慌てて池の方を見た。そこにはもう魚の姿はなかった。
気が付くと少女は海辺にいた。目の前にはよく知った顔が並び、少女のほうを見つめている。
「お母さん、お父さん」
母親は少女が気が付いたのを見て、にこやかに話す。
「あら、おはよう。急に眠いなんて言い出すから、こんな日まで眠るなんてってお母さんびっくりしちゃった」
「あ、れ。私、さっきまで山の中に……」
「何をいってるの。今日はあなたの誕生日だからって、あなたの好きな海に遊びに来たんじゃない。もう秋だから海には入れないから、海辺で遊びましょうって。もう、きっとまだ寝ぼけているのね。もう14歳にもなるのに」
そうか、今日は海に来ていて、もう14歳になっていたのかと少女は思い出した。体を起こして伸びをする。
「そっか。今日は誕生日か」
「そうよ。ちょうど今頃だったかしら、あなたが産まれたのは」
先ほどまで見ていたのは夢だったのだなと少女は思った。こんな特別な日だからこそ、妙にリアルでいつもは見ないような特別な夢が見れたのだと、そう思うことにした。
少女はふと、父親が手に持っている釣り道具に目を向けた。少女と母親が水辺で遊んでいる間、父親は釣りをすると言っていたのを思い出す。
「お父さん、何かいいもの釣れた?」
「あぁ、今日は魚が取れなくてな。でも、近くで一緒に釣っていた人がこんな魚をくれたんだ」
父親がクーラーボックスの中から取り出したのは、少女が山の中で見た、あの魚だった。
「――っ!」
「どうした、びっくりした顔をして。まだ寝ぼけてるのか。これはただの魚だぞ。めったにお目に罹れないんだ。“テンス”っていうらしいんだけどな……」
少女の耳から父親の声が遠ざかっていく。大きな頭についたつぶらな瞳がこちらを見ているような気がした。
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