たかしはニート奨学金の不正受給者

ちびまるフォイ

やつはとんでもないものを盗んでいきました

「ねぇ、たかし。いい加減、働いてくれない?」


「俺は人の下について働くのは向いてないんだ。

 それに俺はこうして就職しないことで、

 このゆがみきった世界への新しい生き方を伝えているんだ」


「でも、私もいつまでも働けるわけじゃないし……。

 年金が入ってもたかしを養っていけるほどは入らないわ」


「俺が応募した小説が大賞取ればどーんとお金が入るよ。

 それに、毎日のゲームだって遊んでるわけじゃないんだ」


「そうなの?」


「世界じゃEスポーツって言って、ゲームの大会があるんだ。

 俺くらいの腕になればきっとスポンサーが付いてくれるはず。

 それで働かなくても生活できるんだよ」


「そんなにうまくいくかしらねぇ。

 前にもそう言って進研ゼミと仮想通貨に手を出して大損したじゃない」


「今度は本気なんだよ! この夏休みが肝心なんだ!」

「あなたは毎日夏休みじゃない」


母は長い溜息をついて、1枚の紙をテーブルにそっと出した。


「お母さん、これに申し込んだから」


「なにこれ。ニート奨学金?」


「これからあなたに一気にお金が入るけど、

 そのお金を返済しないと本当に困ることになるの。

 多少あらっぽくてもこれくらいは必要だと思ったから」


「ふーん」


男は他人事のような返事をして部屋に戻る。

そして再びもう数千時間やりこんでいるゲームの世界に戻っていった。


翌日、本当に奨学金が入ったので男は大喜びした。


「ニート奨学金ってこんなにもらえるのかよ!

 あのゲームも買えるし、あれも買えるし、最高じゃないか!!」


時間だけがあり、お金がとんとなかったニート生活に潤いが与えられ

男はここぞとばかりに豪遊しまくった。


びっくりするほどの金額だった奨学金も男の浪費でじわじわ減って、

男がゲーム内大会の上位ランカーになるころには、すっかり残高が尽きていた。


「たかし、なにか届いてるわよ」

「うっせぇババア! 今集中してるんだよ!」


ドアの僅かな隙間から1枚の封筒が差し込まれた。


【 ニート奨学金不払いのお知らせ 】


「あーー……そんなのもあったなぁ」


男は封筒でお尻をふくとまたゲームを再開した。


「返済も何も、俺は仕事してないんだから払えるわけねぇだろ。

 こういうのは親のもとに送れっつんだよな」


癖になっている大きめの独り言とともに、

銃口の先に映る他の対戦相手の頭を撃ち抜いていった。



翌日、男が目を覚まして顔を洗う。


男の日常はいつも午後からスタートする。

いつものように足でゲーム機のスイッチを入れ……。


「あ、あれ!?」


ゲーム機がなかった。

それどころか部屋にあったあらゆる趣味の財産が消えていた。


足元には1通の封筒だけが残されている。


【 奨学金不払いによる差し押さえ 】


封筒を慌てて読み進めると、血の通わない冷たい言葉で

奨学金のあてにあらゆるものを回収したと書かれていた。


そして、今後も続くようであれば差し押さえは続く、とも。


「ふざけんな! こんなの聞いてない! 文句言ってやる!!」


ここで「じゃあ働こう」という発想に到れるのであれば

そもそもニート奨学金制度を利用するわけがない。


男はニート奨学金支援機構にやってくると、あらゆる文句をまくしたてた。


「勝手に部屋のものを差し押さえるなんておかしいだろ!!」


「あなたはゴミ屋敷のゴミを撤去するときに

 家主に反対されたらすぐに撤収するんですか」


「うぐっ……」


「再三に渡って警告していたはずです。

 読まなかったのはあなたでしょう。ここに来てどうするつもりだったんですか」


「ぐぬぬ……」


「だだをこねて自分の思い通りに事が運ぶ状況じゃないんです。

 あなたが返済しない限り、我々は奨学金の糧に

 あなたからすべてを差し押さえます」


「う、うわぁーーん! ばーかばーか!!」


秒速で論破。

こと日常からコミュニケーションといえば

敗北した相手に送るゲーム内の煽りメッセージくらいだった男には

とても論理立てて相手を言葉で組み伏せる手段などなかった。


「ただいま……」


帰りに寄ったハローワークで求人ゼロを叩き出して凹んだ男は家についた。

けれど、家は電気もつかず、人の気配もない。


「母さん?」


家を探しても誰もいなかった。

足元には1通の封筒。



【 奨学金不払いによる差し押さえ 】



「そ、そんな!? 母さんが差し押さえられた!?」


この家における唯一の収入源。ここを差し押さえるのは理解できる。

ただ、ニート奨学金のために人間が差し押さえられるなんて。


「ど、どうしよう。まだ奨学金は残ってる。

 次はいったい何を差し押さえられるんだ……」


震える男にも、金になるものはすぐに浮かんだ。

頭にそれがよぎると土佐に自分の腹部を押さえた。


「いやだ……今度は臓器が差し押さえられるんじゃ!?

 うわぁぁ! 誰か、誰か就職させてくれーー!」


恐怖に負けた男は慌ててあらゆる求人に応募したが、

すでに時間も遅くどこもしまっていたり条件に合わなかった。


しまいには「仕事ください」と体に書いて街をねりあるき

そのまま警察に捕まって一晩明かすことになった。


「おまわりさん、お願いです! お金をください!

 明日までお金を用意しないと、奨学金返済のために

 今度は何が差し押さえられるかわからないんです!」


「そんなこと知るか。自業自得だろ」


「俺がここで死んでもいいっていうんですか!!

 呪ってやる―! 死んだらこの警察署に化けて出てやる―!」


「そりゃいい。犯罪者の罰ゲームになりそうだ」


まるで取り合ってもらえないまま、ついに審判の日へ。

男は寒くないのに恐怖でガタガタ震えていた。


そのまま1日を過ごし終わった。


「……あれ? 何も差し押さえられてない?」


男は5体満足だった。

まだのこているニート奨学金は返済されたのだろうか。


「よし、もう出ていいぞ」


警察署を出た男はすぐにニート奨学金支援機構へと向かった。



「あの! 俺の差し押さえは!? どうなったんですか!?」


「ああ、それでしたら全額回収させていただきましたよ。

 ちゃんとお金になるものがあるなら先に言ってくださいよ」


「ぞ、臓器じゃないですよね!?」

「あなたみたいな不健康な臓器いるわけないでしょ」


ぴしゃりと即答された。


「それじゃ、私はこれで」


「ちょっと待ってください! 俺は返済の糧に

 いったい何を差し押さえられたんですか!?」


「すみません、その話は別の人に聞いてください。

 私はこのあと、Eスポーツの大会にでなくちゃいけないんで。

 すでにスポンサーからも腕を見込まれて、契約金もらってますからね。ははは」




ニート奨学金の返済後、男はあまりゲームをやらなくなった。

どういうわけか、まるでゲームで勝てなくなったのが原因だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たかしはニート奨学金の不正受給者 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ