羽州探題
1560年春。
恒興は土居宗珊を家老として迎えることに成功した後、義祖父の宗達の紹介で三人の商人と茶席を共にし面識を得る。
一人は『納屋』の今井宗久、堺において天王寺屋に匹敵する豪商で茶人でもある。
鉄鋼の関連製品で財を為した人物で、武器や防具関連を主に扱う商人である。
無論鉄砲も多数取り揃えることが出来る商人であり、織田家としても縁が欲しい人物である。
もう一人は『小西屋』の小西隆佐、薬を扱う薬種問屋を経営する豪商である。
彼はフランシスコ・ザビエルの世話をしたこともあるキリシタンで、多くの宣教師達が彼を頼りにしている。
最後の一人は『魚屋』の田中与四郎、後に千宗易と名乗る茶人である。
家業は倉庫業なのだが、十代の頃から茶道にのめり込んでおり既に茶器を自作するまでに至っている。
因みに恒興の本来の茶道の師匠でもある。
彼らにとって織田家はまだ注目すべき大名ではないが、面識は得ておいて損は無いと茶会に参加してきた。
ただ恒興にとっても損の無い話である、将来的にはこの堺は必要不可欠になる。
特に南蛮貿易の拠点として。
だからこそ恒興は将来を見越して彼らと積極的に交流した。
そして恒興の堺滞在から数日が経過した頃、義祖父の宗達が血相を変えて恒興の所にやって来た。
「婿殿、一大事や!」
「どうしたのですニャ、義祖父殿」
「昨夜、京の都が三好家の軍勢に攻められたらしいで。義輝公は討ち死になされたみたいや」
一晩で情報が伝わってくること自体凄いことではあるが、どうやら早馬で届けられた情報らしい。
内容は室町幕府第13代将軍足利義輝の暗殺である。
前の歴史でも大事件だったし、恒興もよく覚えてはいる。
ただ全てが一緒とは限らない、武田家の結果などその最たる例だ。
なので恒興は現地に行って情報収集をするべきと考えた。
「スマン、お藤。ニャーは京の都で情報を集めてくる。後で合流するから・・・お土産、買っといて」
「わかったわ、気い付けてや。うちは明日、天王寺屋の商隊と出るから合流しなよ」
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馬を借りて夕刻に京の都に入った恒興は幕府御所があった二条に来た。
案の定、かなりの野次馬が集まっていた。
既に三好軍の大半が撤収しており、兵士は少数しかいない。
その向こうに焼けた御所が見えており、火は既に消えているが全焼していた。
恒興は最前列に来て、その様子を眺め感想を漏らす。
「将軍が攻め殺されるか、世も末だニャー」
「全くだね、幕府の権威も堕ちたもんだ」
恒興の感想を聞いて、隣の男が即座に相槌を返す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
とりあえず恒興は隣の男と見合わす。
年の頃は14、5で端整な顔立ちのまだ少年といってもいい男だった。
ただその腰には刀と脇差しがあり、彼が侍である事を物語っていた。
ただ知っている顔ではないので、恒興は名前を問いただす。
「誰ニャ?」
「誰だろうコン」
「・・・何ニャ、その語尾は」
「君に対抗したのさ」
10歳未満にはとても見えないが、何故かニャー語を指摘されてしまった。
となると10歳未満の法則は外れかも知れないと恒興は考え直した。
「で、いきなり話し掛けてきて誰なんだニャ」
「相手の名前を訊ねる時は自分から名乗るべきじゃないかな」
「・・・ああ、わかったよ。ニャーは池田勝三郎恒興、出身は尾張だニャ。そっちは?」
「私は白寿だよ、よろしく」
目の前の少年は笑顔で自己紹介する
だが恒興はその少年が未だにふざけていることを認識した。
「どうやら蹴飛ばされたいらしいニャー。それ幼名だろ、刀腰に差してる奴の名乗りじゃねぇギャ」
「あはは、ばれたか。仕方ないね、私は最上源五郎
彼は名前は言ったが身分や出身などは一切口にしなかった。
恐らく名前は言っても解らないと思ったのだろう。
おどけてはいるが警戒はしている様だった。
しかし恒興の方には『最上』で引っ掛かったワードがある。
「最上?・・・たしか南出羽の羽州探題の?」
「おお、遥か京の都まで我が家名が轟いていようとは」
「轟いておらん。ニャーが勝手に知っとっただけだ」
「それは残念だね」
恒興も特に最上家について知っている訳ではない。
ただ名称だけ知っているに過ぎない、流石に尾張まで東北の情報は中々届かないものだ。
とはいえその最上家の人間がいたところで恒興にとっては何の意味もないわけだが。
恒興はこの場で知りたい事は調べたので、宿を探すべく二人は並んで歩き出す。
とは言っても義光は勝手に付いて来ているだけではあるが。
「それで、これから何処に行くのかな?」
「ニャーは宿を取って休むだけだ」
「じゃあ私もそこにしよう」
「・・・何が目的だニャ」
恒興は訝しむ、先程会ったばかりの男が宿まで付いてくると言うのだから当然だろう。
恒興は彼の真意を測りかねていた。
「若い男が二人、宿でする事と言えば一つだろう」
「ニャーに衆道趣味はねぇぇぇぇギャァァァーーー!!!!」
衆道、素早く言えばBLである。
この衆道の発祥は仏教である、しかも日本仏教ではなくインドの原始仏教の方である。
実はインドにはこの衆道に関する問答が何故と言いたいくらい沢山残されている。
紀元前の当時から問題になっていた様だ。
そんなこんなで仏教が日本に本格的に伝来すると、この衆道文化も時代の最先端扱いで僧侶や高貴層で流行ってしまう。
この戦国期においても未だに根強く、さらに高貴な遊びとして大名まで真似している始末である。
だがそれが出来るのはやはり権力者に限られるので、恒興は興味ない。
「誰も衆道とは言ってないよ。君は面白いね」
「・・・(ムカッ)・・・てめえ」
どうもこの男は恒興をからかって楽しんでいる様だ。
流石に追い払おうと恒興が睨むと、義光は観念したような表情を見せて理由を話した。
「冗談だ、白状するよ。実は焼け出されて行くところが無いんだ。父や家臣ともはぐれてしまって」
「焼け出された?ってことは・・・」
「そう、あの幕府御所に滞在していたのさ。全く災難だよ」
義光は父・最上義守と家臣・氏家守棟ら数人で上洛していたのだ。
最上家が上洛したのは義光の『義』の偏諱の礼のためだという。
そして幕府御所に泊まり、今回の騒動に巻き込まれた。
(ふむ、これは詳しい話を聞けるかも)
「よし、わかった。話を聞かせてもらうことが条件で一晩、明日にはニャーも京の都を発たねばならんしニャ」
「ああ、構わないよ」
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「昨日の夜のことさ、突然軍勢に囲まれてね」
「よく抜け出せたニャー」
「どうも目当ての義輝様以外はどうでもいいみたいでね。お陰で命拾いしたけど。さ、一献」
そう言って酒の入った瓶子を恒興に差し出す。
どうやら三好家の軍は義輝のみを狙って襲撃してきたようで、関係の無い人間は直ぐに解放されたらしい。
幕府御所には公卿や高名な文化人もいるので、誰彼構わずとはいかなかった様だ。
「応、て何勝手に酒を頼んでいるんだニャー!?」
「まあまあ、いいじゃないか。全く呑まなきゃやってられないよ」
「まあいいニャー。事件の首謀者は分かるか?」
「現場に来ていたのは三好三人衆と松永久通らしいよ。噂ではね」
松永久通は松永久秀の嫡男で、彼と三好三人衆が実行犯のようだ。
彼等はそもそも三好家の新当主・三好義重の元服および偏諱の儀式のため入京していたらしい。
「松永久秀はいないのかニャ。アイツが首謀者だと思ったんだけど」
「さあ?別に首謀者が来る必要は無いんじゃないかな。・・・黒幕気取りかもね」
確かにその通りで、別に現場に居なければならない道理は無い。
何れにしても息子が関わっている段階で十分怪しい。
久通も松永家当主である父親抜きでこんな大事を起こすとは考えにくい。
「でもその松永久秀がやったにしても杜撰だね。この計画を立てた人間は3流の脚本家さ」
「何故そう思うニャ?」
「まず義輝様を目標にしたのはどうでもいいさ。ヤる必要があったのだろう。問題は場所と次の将軍だと言う事さ」
場所は京の都の下京ではない。
高級な公卿が住まう上京であり、更に此処には天皇御所がある。
殆どの公卿が此処に住んでおり、確実に彼等のヘイトを買ったという点。
応仁の乱から戦国へ武家の争乱に巻き込まれっぱなしの彼等は京の都を再び荒らした相手に不満を抱くだろう。
更に京の都の人々からもヘイトを買ったと義光は指摘した。
武家が起こした争乱での被害を目の当たりにしている民衆が、今回の暗殺劇を歓迎するはずはないと。
そして次の将軍が問題だろう。
足利将軍家の縁者は傍流も含めればかなりいる。
なので擁立はさして難しいものではない。
だが気に入らなければ暗殺される将軍に誰がなりたいだろうか。
今回の暗殺劇を実行するなら、事前に別の将軍を擁立する流れを作ってからでなければならない。
最低でも擁立した将軍の命令は必須であり、今回のやり方では大義名分も何も無いただの反逆行為となっている。
以上の観点から義光は今回の件を杜撰と言い切った。
「他に気付いたことはあるかニャ?」
「他ね、・・・んく、んく、ぷはぁー。うミャい」
「てめえ、蟒蛇みてえに呑んでんじゃねーギャ」
「・・・奴等は突然現れた、コイツが重要さ。京の都の警備はどうなってるんだか」
「知らせもなく、逃げる間もなかったってことか」
幕府御所に滞在していた義光が三好軍の存在に気付いたのは、御所を包囲された後だったという。
三好軍は一万人を超える大軍勢であり、こんな大軍の接近すら気付かないのは有り得ない。
「京の都は三好家の勢力圏じゃない。誰かが手引きしたと考えるべきだね」
「誰だと思うのニャ?」
「知らないよ、羽州人に京の都のことが解るもんか。・・・んく、ぷはぁー」
「だから呑み過ぎだニャー!!」
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「聞いてくれよう、友よ。酷いんだよ、最上家の内情はさ」
「あー、はいはい」(棒)
(絡み酒かよ、うぜぇニャ)
「天童を筆頭とした八楯は言う事聞かないし、大宝寺は調子に乗っているし。これらを制する力が最上には全く無いんだ」
「大変だニャー」(棒)
「私の初陣を知っているか?青田刈りだよ、青田刈りして帰ってきたんだ。田んぼ相手にどんな初陣だよ」
「それはショックだニャー」(棒)
「相手が籠城したからって田んぼ荒らして何が勝ち戦か。こんなんだから『東北プロレス』なんて言われるんだよ」
「それはツライニャー」(棒)
「父は幕府の権威で何とか出来ると思っているみたいだけど、そんな物は無駄さ。だって昨日の夜、消し飛んだじゃないか」
「そうだニャー」(棒)
「上洛なんて金の無駄、時間の無駄さ。何回そう言っても父上も氏家も聞きやしない」
「そうなんだニャー」(棒)
「挙げ句の果てに焼け出されるときたもんだ。何しに来たんだ、私は、はるばる羽州から」
「どうしろってんだよ、ニャーに!」
南出羽国に本拠地とする羽州探題・最上家。
元々は斯波家の分家であり、奥州管領・斯波家兼を祖とする足利家の支流でもある。
この斯波家兼の長男が奥州探題・大崎家を興し、次男が羽州探題・最上家を興した。
だが戦国期にはある勢力に圧され衰退する。
それが奥州伊達家である。
伊達家は源頼朝の御家人・常陸入道念西(藤原朝宗)を祖とする伊達郡の地頭の家柄で、コツコツと成長を続け戦国期には数郡を支配する一大勢力だった。
当時の伊達家当主・伊達植宗は積極的な婚姻養子政策で勢力を拡大。
最上家先代・義定にも戦で屈服させた上で嫁を出して、最上家の内政に干渉した。
その義定が子供を残せず早世すると、植宗は最上家の親戚・中野家から2歳の養子を連れてくる。
それが現当主・最上義守である。
最早最上家は伊達家の傀儡であり、そんな状況の主家を見限り反伊達家で結束したのが『最上八楯』と呼ばれる最上郡の豪族達である。
だが最上家も傀儡のままではない、その後の伊達家の内乱を利用して独立に成功した。
その伊達家の内乱が『天文の乱・伊達ver』である。
これは一言で言うと南奥州全域を巻き込んだ親子喧嘩で、伊達家当主植宗vs伊達家嫡男晴宗の戦いだ。
事の発端は植宗の婚姻養子政策にある。
彼はあらゆる大名や豪族に養子や嫁を押し込み伊達家の勢力を高めたが、同時に大名や豪族の諍いもそのまま内包した。
このため伊達家の内情は大名や豪族の諍いに振り回され調停に走り回る結果となり、何処も手一杯の状況であった。
そんな中、植宗は超内乱中の守護大名家に養子を出す事を画策する。
その守護大名家を『越後上杉家』という。
その頃の越後の内乱は手が付けられないほど激しいものだった。
これに干渉しようという植宗に対し晴宗がブチ切れて隠居を迫ったのが始まりである。
因みにこの手の付けられない超内乱の越後を、超々力尽くで平定するのが長尾景虎(現上杉景虎)である。
この一見はた迷惑な親子喧嘩だが多数の大名や豪族が独立を果たす事に成功、最上家もその一つである。
だが失った信頼は取り戻せず、最上八楯はほぼ独立勢力と化した。
完全独立ではないが影響力はほぼ0で、対伊達対策のみ協力する存在である。
このため現在の最上家の所領は山形城周辺のみであった。
「・・・くぅ・・・くぅ・・・」
「やっと寝やがった、全く布団で寝ろってのに。何でニャーがコイツの布団を敷いてやらなきゃいかんのか。・・・はぁ、寝よ」
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朝になり二人とも起きて朝食をとる。
義光はあれだけ呑んでいたにも関わらず二日酔いにはなっていなかった。
恒興が見ていただけでも軽く瓶子を10本以上空けているはずだ。
正に蟒蛇だなと恒興は思った。
「若、探しましたぞ!」
「おー、守棟じゃないか」
そこに最上家の家臣らしい若者が入ってくる。
どうやら義光が宿の入口に付けておいた目印を見てやってきたようだ。
「やっとお迎えが来たのかニャ」
「そうみたいだね、名残惜しいがここでお別れだ」
「申し訳ない、若を預かって頂き感謝いたす。主君を待たせておる故、此れにて失礼仕まつる」
「じゃあね」
「ま、達者でニャ」
(やれやれ、やっと蟒蛇から解放されたか。それじゃニャーもお藤と合流するかニャ)
その後宿を出ようとした恒興は驚愕の事実を知る。
「あの野郎、酒代全部ニャーに支払わせやがった」
恒興はいつか必ずこの酒代を取り立ててやることを誓った。
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京の都から出た恒興は藤と天王寺屋の商隊に無事合流、一路尾張への帰路に就いた。
その途中、桑名に寄って助五郎や藤の母親にも挨拶した。
助五郎は既に桑名の湊の一等地と呼べる場所に巨大な倉庫を建造しようとしていた。
桑名はあちらこちらで工事中であり、城はまだ出来ていない。
たが湊の方はかなり整備されていて、船も多数発着しているようだ。
だが恒興はこの光景が異常だと感じた。
(待てよ、倉庫も商店も出来てないのに何で船だけこんなに居るんだニャー)
恒興は藤を助五郎の所に預けて湊を見に行った。
桑名復興の建材を運ぶにしても、船の数が多すぎるのだ。
殆ど湊の海側を覆い尽くすほどの船が遠目からでもわかった。
だが湊まで来て真相が明らかになる。
(これは戦船だニャー。ということは九鬼嘉隆か?)
その船全てに九鬼家の家紋『七曜紋』がでかでかと描かれた帆が張られていた。
湊の周囲には海賊然とした格好の男達で溢れており、まともな格好をしている恒興が浮いてしまうほどだ。
だがその異様な集団の中に一際整った兵装の一団を見付ける。
その部隊長の男は恒興に気がつき、声を掛けるべく近づいてきた。
「勝三じゃないか。帰ってきたのか」
その部隊は鉄砲傭兵部隊の佐々衆であり、声を掛けてきた部隊長は佐々成政その人だった。
「内蔵助?何でお前が桑名にいるんだニャー」
「これから九鬼家に逆らう残りの志摩水軍を退治に行くのさ。佐々衆は殿の命令で援軍だ」
九鬼嘉隆は恒興の出した『利益』を元に、志摩水軍に取り込まれた昔の部下を再び九鬼家に呼び戻すことに成功。
更に昔の部下から他の水軍衆にも話は伝わり、現在九鬼家の勢力は志摩水軍の八割を取り込むに至った。
残りの二割の水軍衆は連合して乾坤一擲の勝負に出ようとしているらしい。
それで嘉隆は援軍合流と軍団編成のため桑名に来たようだ。
「内蔵助、海戦出来るのか?陸とは大分違うと思うニャ」
「・・・信長様の悪い癖さ、海戦での有用性を調べたいって。何とか頑張るよ」
信長は気になる事は試さずには居られない性格をしている。
だから鉄砲が何処まで役に立つか確かめようと思ったのだろう。
だが基本海戦を行わない織田軍が海戦における鉄砲の有用性を調べて何になるのか。
正に悪い癖だと恒興も思う。
まあ、九鬼嘉隆に援軍を頼まれたから、虎の子の佐々衆を出したということはあるだろうが。
「まあ、死なない程度に頑張れニャー」
水軍衆による海戦は矢戦が半分、乗り移って切り込みが半分といったところだ。
既に劣勢の相手が勝負に出るということは、勝つために必ず嘉隆の首を狙うだろう。
だがそれには切り込む必要があり、嘉隆の船に行くだけでも難しい。
更に嘉隆は佐々衆を自分の船に乗せる様だ、全く欠片も油断していない。
なので恒興は勝負あったなと思った。
程無くして結果も判るだろうが、この分なら計画通りに進みそうだ。
そう判断して恒興は清州城へ急いだ。
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清州城に登城した恒興は京の都で起こった変事を信長に報告した。
「そうか、報告ご苦労だった」
それから信長は目を閉じて黙祷する。
将軍・足利義輝の死を悼んでいた。
「信長様、あまりお気になさらず。我らにはどうにもなりませんでしたニャー」
「分かってるさ。ただ協力を約束した手前悔しくてな。オレがもっと早く美濃を取れてればと」
信長は桶狭間の戦いの前年に数人の伴を連れて上洛している。
そこで義輝に謁見し、彼の力になる事を約束していた。
恒興もこの上洛に参加しており、義輝が信長に対し友人のように接していたのを覚えている。
義輝は武人然として気さくな性格だったし、一人でも多くの支持者が欲しかったという事情もあったのだろう。
だが信長は殿上人である義輝に頼りにされたのが嬉しかったようで、義輝の力になるため尾張美濃を平定してみせると息巻いていたのを恒興は知っている。
「哀しむのはここまでだ。恒興、仕掛けはどうなってる?」
「はっ、今回の九鬼家の戦が勝利なら次の段階へ進みますニャ。あの様子なら心配は要らないでしょう」
「そうか、楽しみだな」
恒興は少し心配だった、義輝の死で目標を見失うのではと。
だが直ぐに杞憂だと解り恒興は安堵した。
既に信長の目は次の目標を見る目をしていた。
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伊勢湾において水軍衆同士の一大決戦が繰り広げられた。
とは言え戦力差は歴然としており、反九鬼軍は大将首を狙って嘉隆の船に殺到する。
だが乗り移る前に激しい銃撃に晒され切り込めなかった。
「嘉隆殿!あまり船を揺らさないでくれー!」
「ガハハ!この程度で揺れてるって言わねえよ!」
伊勢湾は三方が陸地に囲まれた湾なので波形の増減は緩い、・・・だがそれは外海に比べての話だ。
なので普段から揺れない陸地にいる佐々衆は大苦戦中であった。
何しろ船が揺れるため弾込めが上手くいかないのだ。
更に2百名程船酔いで使い物にならなくなった。
なので急遽水軍衆の若者に扱いを教えて手伝わせているが、現在彼等の方が戦力になっていた。
水軍衆の若者達は新しい玩具を面白がる様に鉄砲を扱い、敵に狙いを着け倒していく。
彼等なら揺れる船の上でも弾込めから射撃まで違和感無く扱えるようだ。
既に慣れてきて自分流の格好いい構え方みたいなものを競っているくらいだ。
成政は真面目にやれと言いたかったが、現在佐々衆より役に立っている彼等を叱る事は出来なかった。
「こりゃあいいな!ウチも稼いで鉄砲揃えるぞ!これからの海戦は鉄砲が流行る、間違いねえ!」
「たのむー、ゆらさないでくれー、ウプッ」
海戦は九鬼軍の圧倒的勝利に終わった。
そして佐々成政は最終的に船酔いに倒れ、二度と海戦に参加しないと誓った。
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